第二十五節 捜査三日目 ③『サム』の正体
「お忙しいところすみません。」
「いえ。」
短く答えた男性は、茶色の瞳で背が高く、がっしりした体つきをしていた。
商会で確認した人物像とは、ぴったり一致している。
と、思う。
自分でよく考えてお嬢様と答え合わせをしてから来たんだ。
大丈夫。この『サム』さんで合ってるはずだ。
「今日は、ローザ・ロドリゲス嬢が殺害された事件についてお伺いさせてください。」
そう言うと、彼は眉間に皺を寄せた。
「その…。自分はその日は、休みをもらっていて王宮にもいなかったんで…。協力できることは、何も…」
「いえ、聞きたいのはあなたと被害者の関係です。彼女と、その…お付き合いしてましたよね?」
彼は俺の言葉に目を見開いて驚いた。
俺は彼に『サムへ』と書かれた手紙を見せた。
紙袋に一緒に入っていたお金は、『サム』の反応を見てからどうするか決めようってお嬢様と決めた。
もしかしたら、女性を食い物にするくずかもしれんし。
「それは…?」
「これは、被害者の部屋で見つけたものです。『サムへ』って書いてあるでしょう? それで、該当する王宮中の『サム』さんの情報を確認したんです。
王宮には13人の『サム』さんが勤めています。その中で、目撃情報を基に、茶色の瞳で身長が170センチ以上の方に絞りました。」
「それで、なんで俺に? 中を…読んだんですか?」
彼は非難するような目で俺を睨んだ。
「いえ。読んでないんです。だから、どの『サム』さんにこの手紙をお渡しするべきか、調べるのが大変でした。絞っても、候補者が8人もいたんで。」
一度言葉を区切った俺をじっと、彼の茶色の瞳が見据えていた。
「現場の部屋には、たくさんの小さなごみのような遺留物がありました。それを調べたところ、ほとんどが藁と木片だったんです。見つけた藁は繊維がつぶれていました。踏んで靴に付着したものが、部屋に残されたんだろうと思います。候補者のサムさんの中で、乾燥した藁を踏む機会が多いのは厩舎で働いているサム・グリーンさん、あなたです。」
彼は、黙って顔を下に向けた。
「ロドリゲス嬢と交際していたんですよね?」
彼はしばらく黙っていた。沈黙をやぶって続ける。
「ロドリゲス嬢と、あの部屋に置かれていた調度品を処分していたんですよね? 部屋に残っていた木片はその時に出たものだと。」
俺の言葉に、顔を上げたサム・グリーンは、一度唇をぎゅっと噛むと、ゆっくりと話し始めた。
「そうです。たまたま、馬の調子が悪くて厩舎に泊まり込んだ時に、あの部屋に明かりがついているのが見えて…。見に行ったんです。そしたら、ドアに鍵がかかっていなくて。開かずの間だって有名だったんで、好奇心で部屋を確認したら、ローザが調度品を分解しようとしてたんです。」
なるほど。
彼は最初から彼女と共謀してたんじゃないんだ。
「じゃあ、それから彼女と?」
「彼女は、ただ調度品を前王妃様のために全て処分したいと言っていました。なんでなのかは知りません。でも、すごく必死で…。それで、俺が言ったんです。手伝う代わりに処分して金が入ったら、分け前が欲しいって。彼女は最初、燃やすなりで完全に処分したいんだって言ってました。俺がそれには場所がいるから難しいって言って。」
「それで、調度品の一部なんかを売ってたんですね。病気のお母様のためですか?」
俺がそう聞くと、彼は唇を噛んだだけで答えなかった。
「ロドリゲス嬢とは、その…」
眉間のしわを深めて、彼は語った。
「わかりません。最初はただ、共犯みたいなものでしたけど。俺は…。でも、調度品の処分がすべて済んで少しして、もう会わないって…突然。」
彼の表情は悲痛だった。
「…愛してましたか?」
俺の言葉に、彼は一度はっとした表示をして、
「はい。」
と言って力強く頷いた。
目には涙が滲んでいた。
うん。
「あなたは、部屋の鍵のことをロドリゲス嬢から聞いていましたか?」
俺の質問に、彼は首を振って
「いつも先にローザが部屋の鍵を開けていたので…。どうやってるのか、聞いたことがあるんですが、イザベラ様との秘密だからって。いつも鍵を使っていたので、それで開けているんだと…」
と答えた。
嘘をついているようには、見えない。
「被害者は、鍵をいくつ持ていましたか?」
彼は少し考えた後、思い出しながら
「一つ…だったと思います。」
と答えた。
まったく、嘘を言っているように見えないな。
わからん。
「あの、事件の当日は、どこに?」
「母の病院に付き添ってました。ここから、馬車で2時間半ほどの郊外です。」
ってことは、往復だけで5時間。診察の時間なんかも考えると、半日はかかっただろうな。
念のため、彼にかかりつけの先生の名前や家の場所を聞いておく。
後で、裏を取っておこう。
「あの、ローザを殺したのは付き合っていた男だって…」
俯いた彼の言葉は変に力がこもっていた。
「なんか、そう言う話で逮捕された方がいたんですけど。その方は、ロドリゲス嬢とお付き合いしていないそうです。」
タイプじゃないとか言ってたし。
「そうなんですか?」
顔を上げた彼の顔は、まだ晴れない。
俺は持っていた手紙を彼に差し出した。
「この手紙。お渡しします。何が書いてあるかわからないんですけど、きっと読んだ方がいいですよ。ロドリゲス嬢、泣いていたそうです。言葉がすべて本心だったわけじゃないと思いますよ。」
彼女がエスパーニャのスパイだったかもしれないことは、伏せておこう。
彼が知る必要がないことだろうし、彼女が伝えたいと思っていたら、手紙にかいてあるかもしれない。
「それと…」
お金の入った紙袋を彼に渡す。
「これも、手紙と一緒に入ってました。あなた宛てです。」
彼は袋の中を見た後、こちらを向いて首を振った。
「これは…」
「たぶん、調度品を処分したうちのロドリゲス嬢の取り分じゃないかと思います。彼女は、いらないって言ったんじゃないですか?」
「確かに…。でも…何で…」
「彼女は、あなたのお母様のことをご存じだったんじゃないですか? それで、あなたにお金を使ってもらいたかったんですよ。」
彼は大きな体で手紙と紙袋をぎゅっと抱きしめた。
案の定、侯爵家のタウンハウスに戻ると、お嬢様は変な顔で俺を出迎えた。
『サム』の件を報告すると、お嬢様は
「そうか。」
とだけ言った。




