第二十四節 捜査三日目 ②鍵の秘密
「こちらが鍵を紛失した南京錠で、こちらがもともと使用していた南京錠です。」
前王妃様が作らせたという南京錠は、深い金色の光沢を持ち、ランプの光を受けて輝いて見えた。
表面にはアルビオン王家の紋章が細かく彫られており、中央には王冠と翼を持つ獅子。背面にはバラの花が精緻に刻まれている。
「見事なものだな。」
南京錠を手に取り、じっと眺めていたお嬢様は感心したように言った。
「事件の時にこの鍵を開けた錠前師が作ったものらしいです。また開けられなくならないように、ロックはしないように――」
そう言っている間に、お嬢様は南京錠のつるを下ろしてしまった。
「何やってんです――――――――! あ、イテテテ……」
「何やってるのは、お前の方だ。」
お嬢様は呆れたように言ったが、絶対ロックするなって言われてたんだよ?
盛大に叫んだせいで、昨日殴られた頭が少し痛んだ。
やれやれといった様子で、お嬢様はつるを指で軽く動かした。
「あれ?」
「ボルトロック式だ。つるを下ろしただけではロックされない。鍵を回して初めて固定される仕組みだ。」
なんだ。そうなの?
「それなら……いいんですけどね?」
そう言いながら様子をうかがう俺をよそに、お嬢様は無言で南京錠を調べ始めた。
彫刻部分をなぞり、底面を確認し、つるを回し、裏返してはまた眺める。完全に“研究モード”だ。
「ふむ。」
そう呟いてから、お嬢様は鍵穴の周囲に施されたリング状の装飾に指をかけた。
くるり。
「……回ってる?」
「この部分は可動式だな。」
「こ、壊したわけじゃ……」
「そんなわけあるか。そもそも真鍮製だ。簡単に壊れるものではない。最初から動くように作られている。」
「じゃあ、いいですけど。でも、なんでそんな細工が?」
普通に考えて無駄な機構だ。
前王妃が鍵をいじって、装飾をくるくる回すのが好きだった――なんてことも考えにくい。
お嬢様は考え込むように南京錠を手にしたまま、しばらく黙り込んだ。
「事件当時、解錠にはそれほど時間はかからなかったんだな?」
「そんなに待ってないと思います。錠前師の方が何かごそごそやってて、『カチッ』って音がしたら、すぐ外れてました。」
「そうか……」
顎に手を当て、お嬢様は宙を見る。
ランプの光を受けて、虹彩がわずかに緑色に揺らめいていた。
「この南京錠は非常に精巧だ。構造も複雑で、よく出来ている。その分――ミステリーとしては魅力的だが、安易でもある。」
また難しいことを言い出したな、と思いつつ、クレイトンさんの言葉を思い出す。
「この南京錠を作ったのが、例の錠前師らしいですよ。王都一の技術者で、王宮の鍵の整備や補修も何年も任されてるとか。」
「そうか。」
「もう一つの南京錠は鍵もあります。」
そう言うと、
「そちらは極めて一般的なものだ。鍵も問題なく使えるだろう。試してみろ。」
と言われた。
正直、試して開かなかったら怖いが、やってみる。
こちらの南京錠は、つるを差し込むだけで固定された。
さっきのお嬢様の言っていたボルトロック式ではないようだ。
鍵を差し込み、回す。
カチッ。
音とともに、つるが外れた。
「確かに、普通のやつですね。鍵も使えましたし。」
そう言って顔を上げると、お嬢様はまったくこちらを見ていない。
完全に思考の海に潜っている。
しばらくして、ふいにこちらを見た。
「前王妃の交友関係は調べたか? 特に、親しかった使用人などだ。」
急に話題が変わったな。
「うーん。今回のロドリゲス嬢くらいですね。彼女だけがエスパーニャから一緒で、他の前王妃様付きの使用人は全員アルビオン人だったそうです。評判はあまり良くなかったみたいですね。今の王妃様はお優しいって評判ですけど。」
「前王妃様の部屋に行く時も、ロドリゲス嬢しか連れていかなかったらしくて、使用人の間では『エスパーニャが何か企んでいるんじゃないか』なんて噂もあったみたいです。」
実際、ロドリゲス嬢がスパイだった可能性は高いわけだけど。
「そうか。仕方ない話ではあるな。王宮の儀礼は国によってまるで違う。苦労しただろう。」
お嬢様は再び宙を見て、思案に沈んだ。
母国語を話せる相手も、文化を共有できる相手も、ロドリゲス嬢しかいなかった。
どんな人物だったのか、もう知ることはできないけれど――
彼女の肖像画を思い出す。
部屋に飾られていたものと、秘密の部屋で見つけたもの。
同じ人物とは思えないほど、雰囲気が違っていた。
少しして、お嬢様は大きく息を吐いた。
「やはり……動機というのは、難しい謎だな。」
動機、と言えば。
昨日の出来事が頭をよぎる。
「昨日のやつら、なんでロドリゲス嬢の日記を欲しがったんですかね?」
「雇われただけだろう。雇い主は、日記から機密が漏れることを恐れたんだ。」
「でも、難しい暗号で書かれてたんですよね?」
「難しいが、解けないわけではない。完全ではない。」
つまり、それだけ重要なことが書かれていた可能性があるってことか。
「何が書いてあったんでしょうね……」
「さぁな。」
興味なさそうに答えるお嬢様を見て、少し不安になる。
日記、渡しちゃって本当に大丈夫だったんだろうか。
――俺がもっと強ければ。
剣術でも習おうかな。
そうすれば、お嬢様を守れるかもしれないし。
侯爵家の私兵団に、訓練の参加を頼んでみよう。
「……面倒なことを考えていないだろうな?」
気づくと、お嬢様がじっと俺を見ていた。
「考えてないですよ!」
「ならいい。今日は、おとなしくしていろ。」
まだ疑わしそうな目で見られたまま、俺は黙ってうなずいた。




