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総務課長・藤井仁の憂鬱 ― 臨終雇用は日本の縮図  作者: みえない糸


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エピローグ やっぱり変われない日々

四菱重工との取引が正式に始まった翌月、

会社は目に見えて忙しくなった。


見積書、発注書、工程管理、納期調整。

すべてが“急”で、“重”で、“逃げ場がない”仕事だった。


そして、

社長が――戻ってきた。


社長室から聞こえていた泣き声と唸り声は消え、

代わりに聞こえてきたのは、あの声だった。


「藤井課長!

 会社というのはですね、“動いている時”が一番美しいんです!」


 完全回復。

 しかも妙に前向き。


「四菱重工との取引はですね、

 “日本経済の血流”に我々が入り込んだということです。

 藤井くんは今、血管の中央に立っているんです」


「詰まりませんかね、私……」


「詰まるのは覚悟です!」


 意味はよく分からなかったが、

 社長はもう鬱ではなかった。


 ただ、躁に振り切れていた。


工場では仕事が激増した。


「この図面、四菱規格なんで一人では見れません」


「藤井課長!」


「はい」


「見てください!」


 こうして藤井の机には、

 段ボール単位で書類が積まれるようになった。


そんなある日。

辞令が出た。


藤井仁

総務部長 兼

人事部長 兼

経理部長 兼

法務部長 兼

危機対策室長


「……兼、ばっかりですね」


「藤井部長は多面体ですから」


 社長は誇らしそうだった。

 人事異動は、それだけだった。


部下は、いない。


デスクも、変わらない。


ただ、

仕事は……

倍になった。


「あなたはこれからは“部長”ですからね」


「はい。でも一人なんですけどね…」


「良いじゃないですか!孤高の部長です」


 そんな称号、聞いたこともない。


その日の夕方、

工場の端で最長老が、相変わらず手帳に何か書いていた。


「最長老、今日は何を書いたんですか」


「ん? あぁ…これですか…」


 藤井に見せてくれたページには、こうあった。


『人は肩書きで働かん

 背中と机で働く』


 藤井は、ふっと笑った。


(あぁ……

 うちはやっぱり、普通じゃない)


 四菱の仕事。

 社長の復活。

 肩書きだけ立派な部長。


 だが――

 工場の音は止まらない。


 昭和のやり方も、

 属人の流れも、

 まだ、続く。


 そして藤井仁は今日も、

 誰にも気づかれないまま、

 一人で会社を回していた。


 机の上には、

 新しい業務マニュアルの白紙と、

 相変わらずの、赤ペン一本。


(……まあ、倒産よりマシか)


 そう思えたなら、

 きっとこれは、勝ちだった。


── 完 ──


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