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総務課長・藤井仁の憂鬱 ― 臨終雇用は日本の縮図  作者: みえない糸


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最終話その完 東都重機崩壊と業界再編編

 東都重機産業の社長は、消えた。

 正確に言えば、対応はすでに「会社の仕事」ではなく「警察の仕事」になっていた。


 収賄。

 下請法違反。

 計画倒産の関与。


 すべての指示系統は、最終的に社長の名前にたどり着いた。


 調達部幹部のキックバック口座。

 東洋メガ機工を利用した売掛金踏み倒しの構図。

 従業員の受け皿としての東都重機への転籍誘導。


 内部告発、供給業者の証言、公取の調査、警察の捜索、金融庁の監査。

 連日ニュースになり、株価はゼロに近づき、社屋の明かりは順に消えていった。


 そして、逃亡。


 「海外に出たらしいぞ」


 調達部長が低く吐いた。

 きつい口調は変わらなかったが、その声には、妙な虚しさが滲んでいた。


「でけぇ会社の頭ってのはな、

 いざってとき、船から一番に飛び込むもんだな…」


「……沈みかけた船、ですね」


 藤井が静かに応じた。


 だが、問題はそこじゃない。

 こちらにはまだ“山”が残っていた。


 在庫三億。


 東洋メガ機工専用品。

 他に流せない、行き場のない、鉄の塊。


 資金は持ち直した。

 信用も戻りつつある。

 だが、この在庫をどうにかしない限り、一年後また首は締まる。


 そんな時だった。


 総務に電話が入った。


 ―― 四菱重工です。


 室内の空気が、一瞬、止まった。


「……あの、四菱の“重工”ですか?」


 四菱重工、日本最大の電機大手


「はい。

 本日、調達部の責任者が御社を訪問させていただきます」


 藤井は、黙って受話器を置いた。


 今度は一体…何が来るんだ。


 午後、工場の正門前に黒塗りの社用車が停まった。

 降りてきたのは、五十代半ばの男。背筋の伸びた、疲れを知っている顔。


「四菱重工業・調達責任者の佐伯と申します」


 名刺を受け取った瞬間、

 近くにいた最長老がふっと顔を上げた。


「……おや?」


「あ……?」


 佐伯が一瞬、言葉を失う。


 そして、次の瞬間、ゆっくりと笑った。


「……まさか……

 最長老さんじゃないですか」


「おぉ……誰さんでしたか?」


「ゼロ系新幹線ですよ!

 初号機の部品トラブルの!」


 工場内が、妙に静まった。


「当時、納入三日前に部品が破損して、

 工期が完全に詰んだとき……

 あなたが大丈夫と励ましてくれ、

 三日間徹夜して代替部品を持ってきてくれた」


「……あぁ」


 最長老が、ぽんと膝を叩いた。


「そんなこともありましたか…

 夜中に削り続けた記憶だけは残っとります…」


「その時、御社の技師長も一緒でしたよ」


 全員の視線が、技師長に集まった。


「……あの三日か」


 技師長は、相変わらずの低い声で言った。


「…徹夜で金属削らされて、

 それ以来、湿気と騒音が嫌いになったんだわ」


「…まだ根に持っておるんですか」


「当たり前だ!そんなもんだろっとは言えん!」


 佐伯は、深く頭を下げた。


「当時、まだ私は現場主任でしてね。

 あの時のことは、うちの調達部の“伝説”ですよ」


 藤井は、口を挟まずに聞いていた。


 佐伯がこちらに向き直る。


「東都重機の事業を、弊社が引き継ぎます。

 それに伴い、優良供給者の選定を進めております」


「……うちは、ただの中小企業ですが」


「ええ。だから来ました」


 そう言って、ニヤリと笑った。


「最長老さんに徹夜で怒鳴られた会社ですから」


 最長老はケロッとした顔で言った。


「怒鳴っていません…ただの激励です…」


「こちらは命令だと思いましたよ」


 一同、小さく笑った。


 佐伯は続けた。


「御社に、直接取引をご提案します」


 室内が、完全に止まった。


「条件は、エンドユーザー価格で結構です!」


 藤井の頭が、一瞬白くなった。


 原価ではない。

 卸値でもない。

 最終市場価格。


「……その条件だと」


「御社の利益率は、これまでの約三倍になります」


 沈黙のあと、

 工場内に静かなざわめきが走った。


 在庫は救われる。

 会社も救われる。


「この話、受けるかどうかは…」


「受けます!是非お願いします!」


 藤井は、即答していた。


「迷ってる時間が、

 もう、うちにはないんです」


 佐伯は頷き、手を差し出した。


「では、今日から同じ船ですね」


 最長老が、それを見て、そっと手帳を開いた。


 そこには、達筆な字でこう書かれた。


『仕事は道具じゃない。

 人が残した熱の上に、次が立つ』


 藤井は、その文字を見て、静かに息を吐いた。


 (ようやく、ここまで来たな)


 工場の外では、夕陽が鉄板の壁に反射している。

 銀色の外壁が、今日だけは少しだけ温かく見えた。


 そして、

 藤井仁は思った。


 この会社は、

 しぶとい。


 最悪の底から、

 まだ、立っている。


── 完 ──

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