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総務課長・藤井仁の憂鬱 ― 臨終雇用は日本の縮図  作者: みえない糸


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最終話その2 銀行地獄編 ― 第二メイン地銀・逃走編

藤井仁(36歳)は、その日の朝、デスクに肘をつきながら、資金繰り表を三度も見返していた。

数字は冷酷で、優しくはならない。むしろ、眺めれば眺めるほど凶暴性を増し、「死にかけの会社の呼吸音」のような不吉なリズムを刻んでくる。


——東洋メガ機工倒産、売掛金2億円消滅。

さらに地獄なのは、同社向けに仕掛かっていた受注品(専門品)3億円分の在庫。

返品不可、代替不可、再利用不可。

ちょうど“会社が沈むための重り”として最適な形をしている。


倒産直後から社長は情緒の失速を始め、昨日は「会社は終わりだ……」と机に突っ伏し、今日は「やってやる……! わしは戦う……!」と叫び、夕方には「いややっぱ無理……」と呟く。


藤井は既にこの情緒乱高下を “地獄メリーゴーランド” と名付けていた。


だが、もっと地獄なのが今日だ。

会社の資金ショート予定まであと 3カ月。

融資を引っ張れなければ即死。


そして社長から出された指示は——


「藤井課長!メインに行くな。まず第二メインに行きなさい」


理由は意味不明だった。


「メインに相談して断られると、第二メイン以下も逃げる。

だからまず第二メインに行け。」


(……いや逆では?)


もはやツッコミを入れる気力もなく、藤井はその教えを忠実に守るため、第二メイン地銀へ向かった。


地銀本店営業部。

担当者は、いつ見ても“無表情の能面”のような男——小田切。


年齢は50手前。眼光だけ鋭い。

怒っているのか喜んでいるのか、人生を楽しんでいるのか絶望しているのか、全く分からない。


藤井は挨拶も早々に、資料を机に並べた。


「実は……東洋メガ機工が……倒産しまして……」


小田切の眉毛が1ミリ動いた気がしたが、気のせいかもしれない。


「ふむ。で、御社の被害額は?」

「売掛金2億に加えて、受注品在庫が――」

「合計5億ですね」


藤井は内心、(あ、数字だけで見たな)と悟った。


「融資のご相談に……」


そう言い終える前に、小田切が静かに言った。


「御社、売上10億規模ですよね」

「はい……」

「5億なら倒れます」


(言ったーーー!!)


藤井の喉が渇いた。

この銀行、客の前で“倒れます”の一点突破をする勇気がすごい。


しかし小田切は淡々と続ける。


「ところで御社、資金繰り表の詳細を提出できますか?」

「はい、こちらが――」

「いや、もっと細かいものです。日繰りで過去三年、将来六ヶ月。

あと、社長の資産状況と借入履歴、各担当者の責任区分、そして倒産企業の詳細な売掛構造を」


(なんだこの“会社丸裸セット”……!)


「あと、棚卸の実態も。御社は数字が合わないと有名なので」


(有名なの!?)


藤井は肩を震わせながら資料を次々に出した。

小田切は資料を受け取りもせず、ひとこと。


「これ、全部スキャンしてメールでください」


(紙で出させといて……!)


そこから質問の雨。

いや、雨どころではない。

ゲリラ豪雨の上で雹が降り、さらに背後で爆発が起こる。そんな連続質問。


「倒産した取引先の設備はどの程度稼働していましたか」

「東洋メガの前社長と現社長の確執は?」

「御社の受注製品は代替不可能とのことですが、他社設備で代替可能では?」


(無理だよ! だから困ってるんだよ!!)


「社長の今の精神状態は?」


(最悪です!!)


言えないが。


2時間の尋問が終わり、小田切は結論だけを落とした。


「現段階では融資はできません」


——来た。


「セーフティネット保証の対象になりますので、その発令を待ちましょう」


「いつ出るんでしょうか……?」


「大体1ヶ月くらいです」


(そんな……僕の会社の寿命は3カ月なのに……!)


小田切は席を立ち、淡々と告げた。


「情報が揃い次第、また連絡します」


——そして、それっきり連絡は来なかった。


完全に逃げられた。


藤井はその日の夜、メインバンクにも相談しようとしたが、

社長が急に覚醒し、叫んだ。


「メインには行くな!!

ここで相談したら、終わりなんです!!!」


何が“終わり”なのか分からないが、

社長の声が震えていたので、それ以上逆らえなかった。


藤井は仕方なく第三メインへ行った。

そこではさらに悲惨だった。


第三メイン担当者(新人らしく妙に爽やか)が深刻そうに言う。


「いやぁ……他行はなんていってますか?……うち単体では何とも……」


「……資料は必要ですか?」


「いえ、見ても我々だけでの融資は難しいので……」


(見ろよ!!)


調達部長に相談しても、


「客なんざ裏切るときは一瞬よ。金は逃げる、以上だ!」


と、地獄みたいなアドバイスをくれるだけ。


政府系金融機関ではもっと酷かった。


「メインバンクが協調しない以上、

うち単独では貸せません」


「メインには……相談できなくて……」


「では無理です」


(詰んだ……!!)


その日の夜、藤井は資金繰り表の前で硬直したまま動けなくなった。


売掛金消失5億。

融資ゼロ。

東洋メガ機工の在庫は完全にゴミ。

社長は躁鬱の“鬱”側に急降下し、

営業部は不安で電話すらまともに取れなくなり、

お局は「こうなると思ったわ」と真顔で言い、

最長老は「まあ…覚悟を決める時かもしれません…」と静かに手帳に書いていた。


藤井は深く息をついた。


(……倒産まで、あと90日)


その夜、社長室から嗚咽が聞こえてきた。


「……わしは……終わりだ……

全部、全部、あの裏切りの会社のせいだ……

なぜだ……なぜ……」


そして突然、


「いや! わしは立ち上がる!!

東洋の分まで、十倍返しだ!!!!!」


藤井は思った。


(絶望とハイテンションを、1分で切り替える人を初めて見た)


その声を聞きながら、藤井は静かに机に突っ伏した。


目の前の資金繰り表は、

赤字で塗りつぶされていた。


まるで見えないトンネルの先は崖という地獄だった…


——続く。


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