閑話 鳥銀・第三幕 ― 天敵どうしの三たびの夜
鳥銀――。
藤井仁(36歳)にとっては、社内以上にストレス値が跳ね上がる店である。
第1回、社長が店主を怒らせ 出禁。
第2回、店主と運良く和解(ただし「仮免」)。
そして今日の第3回――。
社長が唐突に言った。
「藤井君、今日は“誠意交流3.0”をするために鳥銀に行きます」
(やめましょうよ……2.1の時も“バージョンアップしてくんな”って怒られてたのに……)
藤井の胃が、キリキリと音を立てる。
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店に着くと、鳥銀の暖簾の“銀”だけが今日もムダに光っていた。
お局がつぶやく。
「……やっぱり金だけ残るのねぇ」
「お局さん、それ不吉なんでやめてもらえます?」
中に入ると、店主がカウンター越しにこちらを睨んだ。
「……来たか、“騒音装置”」
社長は満面の笑みで深々と頭を下げる。
「前回の“誠意2.1”ではお世話になりました!」
「だからバージョンアップして来んなって言ってんだよ」
藤井(……お願いします、今日は静かに……)
店主は藤井を見ると、少しだけ目つきを緩めた。
「藤井ちゃんはいいよ。問題は“隣”のこいつだ」
隣を見る。
社長だ。
(知ってる、店主の“天敵”です……)
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席に着くと、社長がさっそく語り出した。
「皆さん! 本日は“誠意と鶏肉の未来”を語り合う日です!」
店主の眉がピクつく。
「頼むから今日こそ食いに来てくれ」
藤井(店主、心からの叫び……)
飲み物が届く。
乾杯。
10分ほどは平和だった。
焼き鳥の香ばしい煙、静かな店内……。
だが、その静寂は社長がビールを一口飲んだ瞬間に破られた。
「皆さん、昨年は“焼き鳥から誠意を学ぶ”テーマでしたが――
今年は“串の並びから組織運営を学ぶ”のです!!」
店主、ぴたりと動きを止める。
「……お客さんよ……うちは焼き鳥屋なんだよ……」
社長は嬉々として語る。
「この“ねぎま”を見なさい! 肉とねぎが交互に並ぶ……
これは“人と数字の調和”ですよ!」
店主:
「……そんな哲学、串に背負わせんな」
藤井(やっぱり始まった……!)
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そこに、悪いタイミングで営業課長が酔って参戦。
「社長! 次は“ぼんじり哲学”をお願いします!」
店主:「お前も燃料投下すんな!」
社長はノリノリ。
「ぼんじりの丸みは“組織の柔軟性”です!」
店主がカウンターを叩く。
「誰がケツで組織語れって言った!!!」
藤井(店主、過去イチの本気だ……!)
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議論は膨張した。
串→味→仕入れ→経営論→人生論→“社長の武勇伝”
そしてとうとう店主が怒鳴った。
「表出ろ!」
社長も負けずに怒鳴る。
「いいでしょう! しかし私は丁寧に申し上げますが…私は! 一切悪くありません!!!」
(丁寧に怒鳴るな!!)
即外に出そうとする店主。
藤井は慌てて間に入り、両者の胸を押さえる。
「待ってください店主! 社長は悪気がないんです!!
ただ……ただ……声が大きいだけで!」
店主
「分かってるよ!!そこが一番タチ悪いんだよ!!!」
お局
「まぁまぁ店主さん、うちの社長は“反省しない方の珍獣”だから」
社長
「私は珍獣ではありません!」
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そこへ――
社長のスマホが鳴る。
画面を見ると 社長夫人。
藤井(……助かった?)
電話を取る社長。
「はい、私です……ええ……はい……はい……承知しました……」
さっきまで荒ぶっていた声が、びっくりするほど小さくなる。
電話を切った後、社長は無表情で言った。
「……帰ります」
藤井(救世主……! もはや国家公安の介入レベル……!)
店主はポカンとしたあと、
「……奥さん強ぇな……」
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社長が姿を消すと、店主は藤井に寄ってきた。
「藤井ちゃん。あんたはな……努力してんの、知ってる」
藤井
「ありがとうございます……本当にすみません……」
店主
「でもよ……あの社長と飲むとよ……なんかこう……“血が沸く”んだよ」
藤井
「…………え?」
店主
「ストレス発散っていうか……
あの天敵とぶつかると、逆に体が軽くなるんだよ」
(まさかの健康効果……!?)
店員
「大将、この店で一番元気なの、社長さんが来た後ですよ」
(鳥銀の繁栄、社長依存……!?)
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帰り道。
藤井は夜風に吹かれながら歩く。
(……なんで毎回、こうなるんだろう)
そのポケットの中には、店主から渡されたメモがあった。
『また来い。
社長を連れて来るな…とは言わねぇ。
あいつが来ると、なんかスイッチ入るんだわ。
人間って不思議だな。』
藤井は笑った。
(……鳥銀だけはうちの“誠意”を利用しきってるな……)
地獄の夜は、なぜか少しだけ温かかった。




