第53話 外壁塗装編 ― 紺色への腐心
工場が50年を迎える年、外壁の劣化は隠しようがなくなった。
サビは浮き、板は歪み、台風が来ると鉄板が「もう無理……」と嘆いているようだった。
今年の夏は地獄、とくに地獄。
遮熱塗装で工場内温度を下げろ――そう現場から悲鳴が上がり、外壁塗装プロジェクトが始まった。
ここまでは良かった。
問題は 色 だった。
⸻
会議室に全員が集まった。
壁には色見本がズラッと貼られているが……色合いが完全に幼児向けブロック玩具のそれ。
社長が、満面の笑みで言った。
「藤井君。私はね、外壁の色というのは“会社の魂”だと思うんです」
嫌な予感しかしない。
社長が色見本を指差す。
ショッキンググリーン。
次に――
消防車のような真っ赤。
さらに――
原色ブルー。
最後に黄色(警戒色)。
(これは……LE◯Oブロックじゃねーか……)
藤井の脳内で鐘が鳴った。
これはもう、会社の建物が「玩具売り場の新作コーナー」になる未来しか見えない。
技師長が空気を吸い込んで、
「まあそんなもんだろ。原色は若返る」
と無責任に肯定。
(若返るのは色じゃなくてあなたの脳みそであってほしい……!)
加工部長は江戸っ子口調で、
「赤は景気がいいからな!」
と景気の語源すら怪しい持論で加勢。
組立部長は入れ歯をカタつかせながら、
「せやない! 原色は疲れるんや!」
(あんたの“せやない”は信用できないんだよ……!)
鼻毛爺いは鼻毛を揺らし、
「黄色がええと思うんだなぁ。なんでか分からんが」
(理由を聞くな……耳が腐る……)
最長老は達筆すぎる手帳を開き、
「私は地味な紺がいいと思いますねぇ……」
と言った。
藤井の心臓が跳ねた。
紺――落ち着きの星!
(最長老! あなたが神!!)
藤井は一気に会議を紺へ寄せようと説明を始めた。
「遮熱性能、メンテナンス性、周囲の景観――紺色はすべてにおいて……!」
そこへ社長が片手を上げた。
「藤井君。紺はね、暗いんですよ。暗さは売上を阻害する。つまり紺は売上を下げる。簡単でしょう?」
(ほんとに……簡単に破綻するなぁ……この人の論理……)
そこから“紺 VS L◯GOブロック原色連合軍”の壮絶な戦いが始まった。
⸻
まず社長が、赤を推す。
「赤は情熱です!」
調達部長も乗る。
「赤は義理と筋の色だ!」
お局は鼻で笑って言う。
「アンタら、工場を日の丸にすんの? 風情なさすぎね」
それを聞いた社長がムッ。
「私はですね、国を背負う気持ちで経営しているんですよ!」
(だったら労基法も背負ってください……)
⸻
次に緑派が反撃。
組立部長「せやない! 緑は安全色や!」
加工部長「緑はすぐ色あせる! 江戸っ子は緑は好かねえ!」
鼻毛爺い「緑は……なんでかわからんが、違うと思う」
(“なんでかわからんが違う”って、もはや宗教じゃねーかよ……)
⸻
黄色派の反撃。
「黄色は明るい! 注意喚起! 元気!」
最長老「黄色は蜂が寄りますねぇ……」
(そんな理由で黄色が消えるの!? よかったけど…)
⸻
残ったのは紺と青。
だが社長が言い放つ。
「青は冷たい! 冷たい会社になってしまいます!」
(熱い会社ってまず労基法守ってから言いましょうよ……)
⸻
藤井は腹を括った。
最長老と自分の二人で紺を守るしかない……!
だが社長は強かった。
「紺? 暗い! 暗い会社は嫌われる! 明るい会社にしましょう!!」
(明るさは外壁じゃなくて……社長の態度……!!)
藤井の魂が抜けかけたその瞬間。
最長老が手帳をスッと出した。
「社長…昔の海軍の船はね…紺に塗ってあったんですよ…紺は“冷静と気迫”の色です……」
社長が固まる。
(来た……! “昔の軍の話”は社長が弱い……!)
社長の声が震えた。
「……海軍……? 紺……?」
お局が畳み掛ける。
「そうよ。紺は“威厳の色”。L◯GOみたいな工場じゃ取引先が逃げるわよ」
(ありがとう……さすがお局さん……あなたがいて会社がギリギリ保たれてる……)
社長がゆっくり頷いた。
「……よし。藤井君。外壁は……“紺色”でいきましょう」
藤井は椅子に崩れ落ちた。
(……勝った……! 生きてる……!)
⸻
こうして外壁は無事“紺色”となり、塗装工事は始まった。
青空の下、足場が組まれ、職人たちが黙々と作業し、
ついに新しい外壁が姿を現す――
深く、静かで、威厳のある紺色。
見た瞬間、社長がうなる。
「……強い色だな。これは……会社の魂です!」
(最初からそれ言って……お願いだから……)
最長老が手帳を開き、解読不能な文字で一言添えた。
『紺は深海。深いほど静かで……魚はよく育つ』
意味不明だったが、藤井は涙が出た。
紺色の外壁は、夕日に照らされて静かに光っていた。
その静けさが――
会議室のあのカオスが本当にあったのか疑うほどの落ち着きを放っていた。




