閑話 社内新年会編 ― “鳥銀リベンジ”
一月下旬。
賀詞交換会の混乱もひと段落したころ、総務課に社長から一本の内線が入った。
「藤井くん、当社の新年会をやりましょう」
「ええと、例年通り食堂でですか?」
「いや、外でやります!昨年は“教育の場”として有意義でした」
(……あれ“出禁”食らったんですけど)
藤井はおそるおそる尋ねた。
「会場のご希望は?」
「もちろん“鳥銀”です!」
「……社長、あそこ、我々“教育対象外”扱いになってます」
「なら、教育成果を見せるチャンスじゃないですかか!」
「教育の場って、そういう意味でしたか……」
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そして迎えた金曜の夜。
駅前「鳥銀」。
看板は一部塗り直され、以前“鳥”だけになっていた部分が今度は“銀”だけ光っている。
お局がつぶやく。
「不吉ね。金だけ残ったわ」
「もう経営メタファーにしか見えません」
中に入ると、以前キレ散らかした店主が、腕組みしてこちらを睨んでいた。
「……あんたらか」
社長が満面の笑みで頭を下げる。
「旧年中はお世話になりました!」
「世話してねぇよ!」
「今年は“誠意経営2.1”です!」
「バージョンアップして来んな!!」
藤井(もう帰りたい……)
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乾杯。
社長:「今年のテーマは“対話”です!」
お局:「(去年も“説教”だったけどね)」
営業課長がグラスを掲げる。
「今年は、店とも対話を!」
「おう、静かにしてくれればそれでいい!」と店主。
「……はっ、はい!」
数分間、平和が続いた。
焼き鳥の煙がゆらぎ、ビールの泡がきらめく。
だが、その静寂は長く続かなかった。
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社長:「皆さん、昨年の誠意テストは覚えてますか!」
(出た……!)
「誠意には段階がある。まだ皆、半熟です!」
「焼き鳥と一緒にしないでください」と藤井。
「たとえるなら、“心のレバー”だ!」
「もう焼けてます!」
店主が眉をひそめた。
「お客さん、うちは食う店で、説教のステージじゃねぇんだ」
社長はにっこり。
「いや、今日のテーマは“誠意と鶏の融合”なんです」
「融合すんな!」
「見なさい、この焼き加減! 誠意には火が必要なんです!」
「……その火で前回、燃えかけたんだよ!」
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空気がまた危うくなったその時――。
調達部長が一升瓶を抱えて立ち上がった。
「社長! ここは一発、“誠意の杯”で締めましょうや!」
「おお、いいですね!」
「店主さんにも一献!」
「遠慮する!」
「いやいや、今年は仲直りを!」
店主がため息をつき、渋々盃を受け取った。
「では――“誠意乾杯”!」
一斉に杯が上がる。
店主も付き合いで口をつけた。
……その瞬間、社長が言った。
「今年の目標は“鳥銀との業務提携”です!」
「やめろぉぉ!!」
焼き鳥の串が飛び、盃が揺れる。
お局がささやく。
「…また“教育の場”ね」
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場が再び混乱しかけたところで、藤井が立ち上がった。
「社長! せっかくの席ですし、“誠意講義”は後日に!」
「そうか、じゃあ“誠意ワークショップ”にしましょう!」
「それも後日で!」
お局が助け舟を出す。
「社長、鳥銀さんの唐揚げ、評判よ。冷める前に!」
「うむ……冷める誠意は良くない!」
「じゃあ食べましょう!」
ようやく社長が箸を取る。
(助かった……)
店主は厨房で小声でぼやく。
「今年も波乱の年だな……」
アルバイト:「あのおっさん、社長らしいですよ」
「…どうりで話が長ぇと思った」
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終盤。
酔いも回り、社長がまたマイクを掴もうとした瞬間――。
店主が先に動いた。
「社長さんよ、うちの“締めのルール”知ってるか?」
「なんですか?」
「長話した客は、片づけも手伝うんだ」
「……それは新しい!」
「誠意ってのは、皿洗いから始まんだよ」
「なるほど! 名言ですね!」
社長が立ち上がる。
「では、皆で皿洗いをします!」
藤井:「違います! 象徴的な意味です!」
お局:「この会社、象徴が全部実行されるのよ」
結果――社員総出で片づけを手伝い、厨房は修羅場。
だが最後、店主がぽつりと言った。
「……まぁ、去年よりマシだったよ」
「ありがとうございます! 誠意は成長しました!」と社長。
「いや、あんたらが“疲れただけ”だよ…」
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翌朝。
社長の机の上に、鳥銀からの領収書と短いメモ。
『今年も来てくれてありがとう。
誠意はうるさいが、金払いはいい。来年も一応予約枠キープしとく。』
お局がそれを読み上げて笑った。
「“一応”ってところがミソね」
藤井:「うちの評価、永遠に仮免ですね」
最長老が手帳に書き残す。
『誠意は、火にかけると煙を上げる。
だが、その煙の向こうで、人は少し笑う。』
藤井は笑いながら頷いた。
(今年もまた、“誠意の湯気”で幕が開いたな……)




