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第27話 品質向上プロジェクト編 ― “誰も悪くない改善活動”

クレーム騒動から三日後。

藤井仁のデスクに、また例のものが置かれていた。

白いメモ用紙に、丸い筆文字。社長直筆だ。


『品質向上プロジェクト、立ち上げる。全員出席。成果を出す事。』


(出た……。“成果を出せ”って、“何をどう出す”のか書いてないやつだ)


メモの裏には何も書かれていなかった。

それがこの会社の「方針書」らしかった。



会議室。

全員集合。

社長が腕を組み、低く響く声で開口一番。


「皆さん。私は、法令遵守の経営をしているつもりです!」


(またそれか……品質より遵守が先に来る会社って何だ)


「今回の不良は由々しき問題です。しかし、誰か一人が悪いのではありません!」


調達部長:「そりゃそうだ、営業が悪い」

営業課長:「いや調達が止めなかったからでしょ!」

組立部長:「せやない! ネジが悪いんや!」

加工部長:「ネジは悪くねぇ! 設計が甘いんだ!」

技師長:「ワシは悪くない!」

お局:「はい、全員一致。“誰も悪くない”っと」


藤井:(議事録、“責任不在の満場一致”って書いとこ)


社長の声がさらに強く響く。

「品質というのは“心”なんです!」

藤井:「(また始まった……)」

「社員一人ひとりが誇りを持って製品に接すれば、不良は出ません!」

調達部長:「それ、物理的に無理です!」

「無理を超えてください!」

お局:「無茶ぶりも“伝統品質”ね」


会議室に“熱気”だけが立ち上る。

温度は上がるが、何も固まらない。



社長:「さて、プロジェクトリーダーは――藤井くん、あなたにお願いします」


藤井:「……えっ? 私は総務なんですが⁉︎」

「あなたは総務“管理”のプロでしょう。品質も“管理”です」

「……概念が違います」

「瑣末なことは言わなくて結構です。結果を出せば、それが管理です!」

お局:「もう“言葉の暴力”ね」


こうして、総務の藤井が品質の船長になった。



初回会議。議題:「再発防止の仕組み」。


藤井:「まず現場の声を聞きましょう」

加工部長:「あぁ? 現場はやっとるよ! 図面通りだ!」

技師長:「ワシの図面通りなら問題ない!」

藤井:「その図面、昭和62年の日付なんですけど」

「歴史の重みですよ」

組立部長:「図面より勘が大事や!」

お局:「はい、“勘ピュータ”導入決定〜」


調達部長:「材料が悪いんだ! 最近の鉄は情がねぇ!」

藤井:「情がある鉄って何ですか」

「昔の鉄は光ってたんだよ!」

お局:「そりゃ磨いたからでしょ」


営業課長:「そもそもお客様が無理言うんですよ。“価格そのままで性能倍に”とか!」

社長:「顧客の要望は絶対です!」

「でもコストが――」

「誠意で補ってください!」

調達部長:「誠意で鉄は作れねぇ!」


その頃、最長老は隅で手帳にメモを取っていた。

『今日もまた、何も決まらず』



翌週。「品質向上プロジェクト 第2回」。

議題:「スローガンを決める」。


(もう実質“終わった証拠”だ……)


社長:「良いスローガンが品質を生むのです!」

お局:「そうね、“気合いで勝つ品質”とか?」

調達部長:「“作って出して謝って”じゃねぇか!」

営業課長:「“ゼロ不良、ゼロ納期、ゼロ給料”」

藤井:「最後のやつ、現実味あるのが怖いです」


社長:「よし、“魂で作るモノづくり”にしましょう!」

お局:「魂で作って、火ぃ出すのね…」


翌日、全社にポスターが貼られた。

『品質とは、心でつくるもの。ミスは成長の糧。』

藤井:「……誰がこれ作ったんです?」

「社長直筆です!」と営業課長。

お局:「もう“品質”って言葉が可哀想になってきたわ」



議題:「報告書フォーマット」。


藤井:「原因と対策を書く欄を――」

社長:「形式主義はいけません。感じたまま書きなさい」

「感じたまま……?」

「たとえば、思いがあるでしょう!その時“悔しかった”“泣いた”とか!」

お局:「もう作文コンクールね」

藤井:「このフォーマット、どこに提出すればいいんですか」

「心に提出してください」

藤井:「(心の回覧板か……)」


最長老:「“品質”とは、“記憶に残らない努力”のことかもしれませんな」

藤井:「(たぶんそれが一番正確)」



数日後。社長直々の現場視察。

ヘルメットのかぶり方が間違っている。


「おお、これが魂の現場ですか!」

組立部長:「せやない!これが魂で締めたボルトですわ」

「おお……(意味はわからないが感動している)」

技師長:「これは昭和型の魂ボルトです」

「そうですか、魂にも型があるんですね!」

藤井:「(いや、型違いって不良のことでは…)」


調達部長:「社長!この鉄板、心が通っとりません!」

「感じますねぇ……冷たい!」

藤井:「ただのアルミです」

お局:「視察終わっても“心”しか残らなかったわね」



帰り際、社長がふと語り出した。


「私はね、若いころに奇跡を見たんです」

藤井:「(出た、伝説パート)」

「入社三年目のとき、不良品が山のように出た夜がありました。皆が焦っていました。ですが私は、心を込めてボルトを磨いたんです」

「磨いた?」

「すると、不良が消えたんですよ!」

「……それ、朝になって交換しただけでは」

「違います。あの瞬間、製品に魂が宿ったんです」

お局:「“宿った”じゃなくて“見えなくなった”んじゃないの?」

「それ以来、私は確信しました。“心が品質を作る”のだと」

藤井:「(その確信が、今の不良の親玉なんですよ……)」



クレーム先への訪問。

社長・営業課長・藤井の三人。


顧客の応接室に入った瞬間、社長は満面の笑みで言った。

「B工業さん、いつもありがとうございます。このたびはうちの“魂”が少々暴走いたしまして」

顧客は思わず笑ってしまう。空気が和んだ。

藤井はその時点で背筋が少し冷えた。


顧客:「また同じ不良です。説明をお願いします」

社長:「誠意で対応いたします!」

藤井:「具体的には?」

「誠意をもって全身全霊、です!」

「……やっぱりそうきたか」


顧客:「前回も“誠意”でしたよ」

営業課長:「誠意は更新制です」

顧客:「ライセンスみたいに言うな!」


それでも社長は終始、柔らかな笑顔を崩さず、身振り手振りで顧客の不満を“吸収”していく。

「お客様の声、すべて心で受け止めました。必ずご期待以上の結果をお返しいたします!」


応接室を出たあと、顧客担当がつぶやいた。

「……なんか、許しちゃうんだよな、あの人」

藤井:(それが一番の問題なんだよ……)


その日の夕方、工場にFAXが届いた。

「社長が“全部直す”って約束したらしいぞ!」

「マジかよ! 納期どうすんだ!」

「知らん! 魂でやれってさ!」

お局:「はい、また“魂残業”始まりまーす」

藤井:(顧客満足の裏で、社員不満が倍増中……)



翌日の昼休み。

社長が食堂で、若手社員(当社では)たちを前に語っていた。

穏やかな声だが、どこか圧がある。


「皆さん。営業というのは“信じる力”なんです」

若手たちは姿勢を正した。


「私がまだ三十代の頃、あの大手造船会社に初めて取引をお願いしたときの話です」

お局:(出たわね)

藤井:(やっぱり始まった……)


藤井は心の中でつぶやいた。

(社長はもともと、うちの“お客様側”の人間だった。商社出身。だから製造の苦労が分からない)


社長は元々、当社の主要取引先の商社出身だった。

先代社長が「営業力を上げたい」と思い、破格の条件で引き抜いたのだ。

だが一年後、先代は嘆いた。

「笑顔の裏で人を追い詰める。あの男は“誠意の鬼”だ」と。


「そのとき、先方の部長が“取引は無理です”と言いました。ですから私は申し上げたんです。『私を信じてください』と」

若手:「……それで?」

「信じてくださいました」

お局:「信仰が早いわね」


「握手した瞬間に分かりました。“この人とは心が通じた”と」

藤井:「……契約書より早く心が動くのは危険ですよ」


「その後、三週間納期が遅れましたが、笑って許していただきました」

お局:「被害者が仏のような人だったのね」


社長の声が少し低くなる。

「人は理屈では動きません。心です。誠意です。魂です」

その“です”の一語ごとに空気が張りつめた。


「営業とは、科学ではありません。誠意です。私は“顧客のために嘘も誠にする”覚悟でやってきました」

お局:「信仰というより、宗教ね」

藤井:「祭壇が工場、祈祷が朝礼……」

お局:「供物が納期」

藤井:「そして犠牲が、現場」


営業課長が拍手した。

「社長、感動しました!」

社長は穏やかに笑った。

「ありがとう。君たちも“魂営業”を目指してくださいね。結果が出なければ意味がありませんから」


静かな“ですます調”の一言一言が、なぜか雷鳴のように響いた。


その日の午後、営業課長が工場に駆け込んだ。

「至急、新しい仕様書だ! 社長が“今朝のひらめき”で決めた!」

現場が一斉にため息をついた。


お局:「ひらめきのたびに、鉄が泣くのよね」

藤井:「(社長の営業伝説、いまも更新中……)」



数週間後、最終会議。


社長:「皆さん、私は満足しております」

藤井:「……何が改善したんですか?」

「雰囲気です」

お局:「出た、“空気品質保証”」

調達部長:「空気清浄機でも置けよ」


「この成果を踏まえて、次は“人間力改革”に移ります」

藤井:(品質が人間に転生した……)

技師長:「まあそんなもんだろ」

最長老:「記録する価値は…ありませんね……」


社長は胸を張って言った。

「我々は“誰も悪くない”という素晴らしい文化を守り続けるのです」

お局:「不良も文化かぁ」

藤井:「それ、産業廃棄物のほうの文化ですよ」



会議後、藤井は机に戻り、日報を書いた。

『本日の成果:雰囲気が改善。

明日の予定:雰囲気を維持。』


外では工場のモーター音。

静かに、しかし確実に、また同じ不良を生み出していた。


最長老の手帳には、最後の一行。

『今日もまた、何も決まらず。

だが、皆が笑っている。

それが、この会社の品質。』


――“誰も悪くない改善活動”は、

今日も元気に、不良を育てている。


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