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第13話 採用活動編 ― 面接は宗教儀式(後半)

「社長、面接の方がお見えです」

総務課長・藤井仁(36歳)が声をかけると、社長は深々と頷いた。

その動作は、まるで神前に祈りを捧げる僧侶のように厳かだった。


「ふむ。人を見るとは、すなわち“魂”を読むこと。服装や態度に、その覚悟は現れるものだ」


背後では、お局(71歳・営業事務)が腕を組み、半笑いでつぶやいた。

「出たわね、“魂の採用”。面接じゃなくて宗教裁判のほうが近いわよ」


社長の目の前には、「カジュアル面接」と記された案内用紙。

だが、“カジュアル”という言葉は、この会社では禁句に等しい。


──夏。

環境省が推奨する“クールビズ”全盛期。

だが、この会社の空調は相変わらず28℃固定。理由は「政府が言ったから」だが「エアコンの設定温度を28度にする」ということではなく「室温が28度」であるということに対して一切受け付け無いのだった。


「入室を」

藤井の合図で、最初の面接者がドアを開けた。

若い男性――おそらく二十代後半。半袖シャツにスラックス、ノーネクタイ。一般的な夏のビジネスカジュアル。


しかし社長の目が、瞬時に細くなった。

「若いの、ネクタイはどこだね?」


「えっ、すみません。クールビズで……」


「“クールビズ”?」

社長の声が低く、静まり返る面接室に落ちた。


「その言葉は嫌いだ。冷静であれば、服装を乱さずとも涼しくあれる。つまり、“心の温度管理”こそがビジネスマナーだ」


若者の額に汗が浮かぶ。エアコンは効いていない。

お局が横でぼそりとつぶやく。

「つまり、“気合で体温調整しろ”ってことね。熱中症は自己責任よ」


藤井は心の中で悲鳴を上げた。

(……だから応募が減るんだよ……)


社長は椅子に深く腰をかけ、指先を組む。

「君は、なぜ我が社を志望した?」


若者は、喉を鳴らして答えた。

「えっと……えっと……“人を大事にする会社”と聞いて……」


「その通りだ。我が社は“人”が資産。“モノ”は減価償却、“人”は終身雇用だ」


(……“臨終雇用”の間違いだろ)

藤井は即座に突っ込みを心の中で飲み込んだ。


お局が机に肘をついて笑う。

「いいこと言うじゃない。“人は資産”。でも“メンテナンス費”には厳しいけどね」


若者の顔が引きつる。

そのまま、面接は終始“説法”のような空気で進んだ。

社長の語りは三十分を超え、結論は「人生とは企業努力」で締めくくられた。


若者は帰り際、藤井に小声で尋ねた。

「これ、ブラックジョークですよね……?」


藤井は微笑んで答えた。

「いえ、社風です」



次に現れたのは、52歳の男性、当社と取引のある金属加工屋の息子だ。

頭がツルツルに光り、青髭が妙に濃い。顔は妙に老け込み、むしろ父親のほうが若く見えそうな雰囲気。

履歴書には「前職:食品工場」とある。


「おう、旋盤経験は?」

加工部長(75歳)が低い声で聞いた。


「いえ、昔に一度機械は触りましたが親父に止められました」


「そうか、腰の落とし方がベテランに見えたもんでな」

皮肉のつもりだった。だが社長は目を輝かせた。


「見たまえ! 経験より姿勢だ! “立ち姿”が人を語る!」


(……それ、棒立ちのことでは)

藤井は机の下で拳を握った。


加工部長が苦笑いしながらも口を閉じた。

社長が暴走すると、止めるのは火に油を注ぐだけだ。


お局は腕を組み、半眼で言った。

「立ってるだけでベテラン扱いされるなら、駅の警備員も幹部候補ね」


社長は聞こえないふりをした。



三人目。営業希望、65歳。

白髪で小柄だが、眉毛だけ黒々としている。

経歴には「取引先の元社員」とあった。


「ほう、取引先の方ですか」

社長の声が弾む。

「即戦力のベテランじゃないか! うむ、実に素晴らしい!」


(……即戦力って、後半は療養で休職、年齢上限で向こう辞めて来てるんですよ)

藤井の胃が痛んだ。


お局が小声で補足する。

「つまり、あっちの再雇用期間が終わったってことね。働き先を梯子してんのよ」


社長はそれを聞いて、さらに満足げだった。

「“梯子”こそ人生の連続だ。人脈は梯子、仕事は階段、上を目指す者は常に登る!」


藤井は(……もう落ちてもいいです)と心の中でつぶやいた。



その後も数名の若者が面接を受けた。

が、社長の説法を浴びるたび、笑顔が蒸発し、退出後は二度と戻らなかった。


受付の机には、辞退メールが次々と届く。

お局はメールを読み上げるたびに爆笑していた。

「“貴社の理念に感銘を受けましたが、私にはまだ修行が足りません”って。立派な遺書みたいね」



夕方、最終会議。

社長は堂々と宣言した。


「今回の採用活動は大成功だ!」


藤井は絶句した。

「……え? 応募者、全員辞退しましたよ?」


「いや、違う。残った者こそ真の志願者だ。営業に一人、加工に一人。平均年齢が“79から76”へ下がったではないか!」


お局が呆れたように笑う。

「そりゃあ若返ったわね、誤差の範囲で」


加工部長がタバコを指で転がしながら呟く。

「社長、採用ってのは“若返り”じゃなくて“再来年も動ける人間”を探すもんで」


「わかっているとも。再来年には“次の採用”をする」


「……つまり来年はまた地獄か」

藤井は机に突っ伏した。



翌朝。

新入社員ふたりが出社した。


営業の65歳は、既に更衣室で座り込んでいた。

「ちょっと貧血でね……病院行ってきます」


加工部の52歳は、旋盤の前で仁王立ちしていた。

回転スイッチの場所を知らないまま、見事な“腰の落とし方”だけを維持している。


加工部長が頭を抱えた。

「……腰は立派だが、あのまま回したら部品もろとも飛んでくな」


お局が腕を組み、溜息をつく。

「いいじゃない。命懸けの姿勢、社長の好みでしょ」


社長は満面の笑みを浮かべていた。

「よし、うちの未来は明るい! “経験より魂”だ!」


藤井は天井を見上げた。

(……魂だけで利益が出るなら、会計帳簿は要らないよ……)


お局が最後に一言、まとめた。

「平均年齢が下がったんじゃないわ。寿命が縮まっただけよ」


面接は終わった。

だが、会社の“臨終雇用”は、まだ続いていた。

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