プロローグ
藤井仁(36歳)は、履歴書の束を封筒から抜くとき、今でも無意識に指先で角をそろえる。就職氷河期に身に付いた癖だ。大学四年の春、メガバンクの説明会は予約の段階で満席、税理士法人は筆記すら通らない。掲示板に貼られた「採用終了」の紙が風にめくれて、次の瞬間には別の会社の「採用終了」を隠す。黒いスーツの列は行き場をなくし、藤井仁のポケットには「今後のご健闘をお祈りします」の紙切れだけが増えていった。
それでも藤井仁には、数字で人を助けるというささやかな信念があった。大手が無理なら小さく始めればいい――そうして拾ってくれたのが、商店街の外れにある個人の会計事務所だった。木の引き戸、四角いガラス、呼び鈴は飾りで、戸をガラリと開けて「先生いますか」と声を張る。奥から「おう」と返ってくるのが合図だった。
所長は白髪をぴしりと撫で付けた小柄な人で、顧客からは親しみを込めて「先生」と呼ばれていた。朝一番、観葉植物に霧吹きをし、ついでに紙詰まりのコピー機にも霧を吹く。「湿り気は仲直りの合図です」と真顔で言う。昼すぎ、顧客が置いていった菓子折りを「冷やしたほうがうまいですよ」と冷凍庫に詰め込み、夕方には湯のみを片手に「数字は冷たいふりをして、人間臭いものですよ」と笑う。
藤井仁は、帳簿の向こうに暮らしの手触りを感じるようになった。仕入の伝票には油染み、電気代の明細には家族の影。支払いに眉をひそめた翌朝も、店のシャッターは変わらず上がる。――数字は、たしかに誰かの生活だった。
だが、そのささやかな温度は、ある日を境に容赦なく奪われる。個人事務所が持ち回りで上場企業を監査するという、今では信じがたい慣行の末路である。担当先の不正が発覚した瞬間、責任の矢印は政治力の弱いところへ一気に流れた。所長は誠実に走り回ったが、会議室の席順が「真実」を決め、口の大きさが「正義」を上書きしていく。
事務所は静かに店じまいした。最後の日、所長は冷凍庫の饅頭を近所に配りながら、「冷たいのも、悪くないですよ」と笑った。澄んだ笑顔はどこか遠く、藤井仁には「ここから先は自分で行きなさい」と告げているように見えた。
夢を畳む音は小さい。資格のテキストを紐で縛り、電卓を箱にしまい、机の上に残った消しゴムのかけらを指で集める。藤井仁は、数字で人を守るという幻想をそっと捨てた。代わりに拾ったのは、ありふれた願いだった――安心して働ける場所がほしい。
こうしてたどり着いたのが、地方に根を張る創業百年の産業電気メーカーである。写真付きの求人票には、年季の入った旋盤、火花、厚い手のひらが並び、「歴史」「安定」「地域密着」といった、冬の朝に湯気の立つ言葉が並んでいた。なかでも藤井仁の胸を強く叩いたのは一行――「厚生年金基金あり」。中小でそれを維持する余力は珍しい。ここなら、長く働ける。そう思わせるには十分だった。
面接の日、社長は恰幅の良い身体を椅子に収め、丁寧語で機関銃のように話した。
「私は、社員の安心を第一に考えております。ですから、お客様の信頼も厚いのです」
「私は、お客様のご要望にお応えするのが善だと信じます。ですので、短納期にも誠心誠意で向き合います」
内容は角材、語尾は綿。独特の話し方だった。年齢を尋ねると、「私はドナルド・トランプ氏と同い年でして、まだまだこれから大物になれます」と胸を張る。根拠はないが、勢いはあった。藤井仁は(勢いがあるのは悪いことじゃない)と自分に言い聞かせながら、握手を受けた。
入社して最初の月。
藤井仁は封筒を破り、給与明細を取り出した。保険、税金、諸々の控除――どこを見ても、**「厚生年金基金」**の文字がない。目を細めてもう一度、欄をたどる。ない。もう一度。ない。
胸の奥がじわりと冷える。求人票のコピーを引き出しから出し、並べて見比べる。そこには、たしかに「厚生年金基金あり」と印字されている。誤植にしては堂々としていた。
経理に確かめる――が、経理を担当するのは入社数か月後の自分になるはずで、今はまだ「新入り」の立場だ。確認できる相手は一人しかいない。藤井仁は、明細を持って社長室の扉をノックした。
「失礼します。あの……求人票に“厚生年金基金あり”とありましたが、明細にその項目が見当たらなくて」
社長は湯のみを置き、にこりと笑った。
「私は、そのような細かい文言は存じ上げません。しかし、厚生年金があるのですから、十分でしょう? たいした違いはありません」
覚えていないのだ。誰が、いつ、どう間違えたのか。社長は「過去の丸印」に頓着がない。そもそも求人票の版下は社長の老眼が生んだ産物だと、のちに耳にする。「厚生年金」に大きな丸をつけた勢いで、隣の「基金」まで一緒に囲んだ。そのまま誰も直さなかった。
藤井仁は、笑うべきか、怒るべきか分からず、ただ「そうですか」とだけ返した。騙す気がないのに騙されるという、新しい種類の地獄があると知ったからだ。
それでも最初の頃の藤井仁は、まだ「普通」を信じていた。老舗の看板、真面目な社員たち、古びた工場の匂い。どれもが彼を落ち着かせた。
だが、半年、一年と過ぎるうちに、会社の“普通”は、世間の“普通”とは相当ずれていると気づく。会議では**「お客様のために赤字でも頑張りましょう」が称賛され、短納期の依頼は宗教行事のように神聖視される。社長はいつも丁寧語で、しかし命令は荒っぽい。
「私は納期を最優先と考えます。ですから、一週間の仕事を三日で、三日の仕事を明日**にいたしましょう」
いたしましょう――誰が、どうやって、とは言わない。言わないまま、言い切る。藤井仁は、心の中でスケジュール帳を破り捨て、白紙にしてからまた書き直す作業を覚えた。
人事の風通しは良すぎた。つまり、常に誰かが辞め、誰かの仕事が宙に浮く。ある日、人事担当が去り、翌月には経理担当が去った。法務はそもそも人影が薄く、総務は影すらない。
「私は、間接部門は身軽であるべきだと考えます。ですので、藤井くんにまとめてお願いしたいのです」
気づけば藤井仁は、人事・経理・法務・総務を一人で回すことになっていた。肩書は課長だが、部下はいない。椅子だけが増え、座るのは自分ひとり。電話は四方向から鳴る。片方で給与計算、片方で労基署からの照会、もう片方で契約書の確認、残りの片方で社長の「至急」――手は二本しかないのに、電話は四本鳴るという物理の敗北。
やがて藤井仁は、社内の語彙に妙な言葉が紛れ込んでいるのに気づく。「終身雇用」ではなく、「臨終雇用」。笑いながら言う人ほど目の下にクマがあり、真顔で言う人ほど、遠くを見る癖がある。
社長は丁寧に言う。
「私は、働けるうちは働くのが美徳だと存じます。ですから、退職は各人のご意思にお任せいたします」
ですからの先に、現実が連結される。退職の線引きは消え、年齢の上限はゆるゆると空に溶ける。工場の平均年齢はいつの間にか七十に近づき、日々の段取りは「経験」と呼ばれる勘に寄りかかっていく。
「まあ、なんとかなる」「まあ、だいたい大丈夫」――大丈夫ではない時ほどこの言葉が出る。最初は冗談かと思ったが、どうやら儀式らしい。言えば安心、言わなければ不安。言葉で守る会社に、藤井仁は少しずつ慣れていった。
慣れる、というのは怖い。求人票の一行に胸を叩かれ、給与明細の一行で現実に引き戻された男が、今度は言い切りの一行に日常を委ね始める。
それでも藤井仁は、普通を手放しきらない。昼にコンビニのおにぎりを食べながら、取引先の小さな工場に電話を入れ、夜には社内の規程を少しずつ書き換える。押印のルール、稟議の順番、休日の管理。ひとつひとつ、当たり前を当たり前に直していく。
ときどき社長に呼ばれ、丁寧な口調で角材を渡される。
「私は、この件はすぐに片付けるべきだと考えます。ですので、今日中に」
角材は重いが、言葉は柔らかい。柔らかい言葉は肩に食い込みにくい分、遠くまで運びがちだ。藤井仁は、肩の皮を厚くするほうを選んだ。
入社から六年。
藤井仁は、あの日の給与明細を机の奥にしまい込んだままにしている。**「基金なし」**の現実を示した紙切れは、今や彼の安全ピンのようなものだ。冷たい針先で自分をちくりと刺し、「油断するな」と教えてくれる。
老舗の看板は、風雪に耐えることの証しだが、風雪に晒すのは人間だ。看板の裏側では、人が配置換えで擦り切れ、言葉が曖昧さで磨り減り、ルールが善意で穴だらけになる。藤井仁がそこに居続ける理由は、理想でも忠義でもない。崩れそうな棚を、とりあえず今日だけ支えるためだ。支えれば明日が来る。明日が来れば、また支えられるかもしれない。支えながら笑える日も、ときどきある。
社長は相変わらず丁寧だ。
「私は、君のような人材を大切に思っております。ですから、皆のためにもう少し踏ん張ってください」
藤井仁は、にこりと笑って頷く。はい、踏ん張ります――心の中でだけ、そっと付け加える。(制度と事実は同じではありません。丸印と現実も)。
そして、机の引き出しを閉める。奥に眠る最初の給与明細が微かに音を立てた気がする。あの紙は、今も小さく尖っている。痛みを忘れないように。
安定を求めて門を叩いた会社で、安定そのものを整える係になった。
この先に待っているのは、滑稽とため息が入り混じる日常だろう。だが、滑稽は救いにもなる。笑えるうちは、まだ立っていられる。
藤井仁は深呼吸をひとつして、椅子を引いた。背筋のこわばりがほどける。遠くで機械の音が再開する。現場が動き出す合図だ。今日もまた、いくつかの「言い切り」を「段取り」に変えていく仕事が始まる。
――ここではただ、彼がこの会社に腰を下ろすまでの事情だけを記しておきたい。
基金の一行に誘われ、明細の一行で目が覚め、丁寧語の角材を担いで歩き出した男がいる。
名前は藤井仁。
普通を信じ、普通を作り、普通を守りたいと願う、ごく普通の男である。普通がいちばん難しいことを、誰よりもよく知っている男でもある。




