依頼人の誠意
ジェーンの与えた24時間から約12時間が過ぎた日本時間の翌朝。
マンションのリビングでガブリエルはアイラと共に煙草を燻らせて居た。
「すぅぅ……ふぅぅ……金塊は本物。しかも、純金ときたもんだ」
昨晩に急ぎで来て貰った盗品売買も請け負う悪い鑑定士に超特急で鑑定して貰った結果を紫煙混じりにボヤくようにガブリエルが言えば、アイラは暢気に返す。
「300キロの純金インゴットとはね……一夜にして大金持ちね」
暢気に宣うアイラにガブリエルは呆れ混じりに言う。
「俺は兎も角、お前はその大金を古巣に送るんだろ?なら、大金持ちにならんだろ?」
「当たり前じゃない。私の故郷を荒らし回るクズのダーイシュ残党とトルコの侵略者共を叩き出したり、その後の復興する為の資金は幾らあっても足りないんだから……」
アイラがロクデナシの傭兵稼業に身を窶しているのは、一言で言うなら出稼ぎの為だ。
トルコからテロ組織指定されているYPGことクルド人民防衛隊を支援する者は少ない。
それ故にアイラは10年近く在籍していたクルド人民防衛隊を離れ、他所のカネ持ち達から危ない仕事を実行する代わりに大金を巻き上げるロクデナシの傭兵稼業に自ら足を踏み入れた。
その結果。クルド人民防衛隊は幾ばくかの活動資金を獲て、今も戦闘を継続している。
そんなアイラにガブリエルは辟易とした様子で返す。
「お前の"寄進"を理由にどっかから暗殺チームが送り込まれるとか勘弁してくれよ?」
「その時は這ってでもロジャヴァに帰るわ。アンタも来てくれるなら嬉しいけどね」
楽観的なアイラにガブリエルは益々辟易しながら拒否する。
「勘弁しろよ。俺はもうロートルで戦場巡り出来る歳でも無いんだ。ロートルはロートルらしく、楽な仕事で小銭稼いでる方が良い」
「あら?私は貴方以上に勇猛果敢な精兵を見た事無いんだけど?」
煽てるアイラにガブリエルは呆れながら斬り捨てた。
「そりゃ、お前が未だ広い世界を見てないだけの話だ。俺程度の奴なんて世界中にごまんと居る。それにな?俺は来月で45だぞ?もう、若い頃みたいな無茶は出来ねぇんだわ」
年寄り臭い答えで斬り捨てたガブリエルにアイラは好奇心もあって尋ねる。
「なら、何で今も危ない橋を渡ってるのよ?」
アイラに問われると、ガブリエルは正直に答えた。今後の事も含めて。
「引き際を誤っちまったのさ。で、ズルズルと今まで危ない橋を渡り続けちまった。だから今回の仕事はハッキリ言って気が進まないが、大金を獲られる以上、俺はこの仕事を最後に完全に足を洗うつもりだ」
ガブリエルが引退する事を告げれば、アイラは反対しなかった。
「そう。勿体無いけど、貴方が決めたんなら私は文句言わないわ……正直な所、貴方には私の故郷で後進達への訓練教官して貰いたかったけどね」
「勘弁してくれ」
そう返していると、インターホンのチャイムが鳴り響いた。
ガブリエルは紫煙立ち昇る短くなった煙草を灰皿に置くと、立ち上がってインターホンの受話器の方へと赴いていく。
受話器の画面を見ると、其処にはスーツ姿の淡い金髪が目を引く若い白人の女の姿があった。
「はい、どちら様?」
「私よ。開けてもらえるかしら?」
その声を聞いた瞬間。
ガブリエルは驚きを露わにしてしまう。
「マジかよ……」
「どうしたの?」
自分の様子に気付いたアイラから問われると、ガブリエルは受話器の口を押さえて答えた。
「例の依頼人が来た」
ガブリエルから依頼人であるジェーンが来た事を聴くと、アイラはあいも変わらず暢気な様子で返した。
「あら、好都合じゃない」
「まぁ、ある意味で好都合か……」
アイラに同意したガブリエルは受話器の口から手を離すと、ジェーンを迎え入れた。
「どうぞ」
その言葉と共にマンションのエントランスの扉を開ければ、ジェーンは歩き出して開いたばかりのエントランスの扉を潜っていく。
それから3分もしない内に玄関のチャイムが鳴れば、ガブリエルは玄関に赴いて固く閉ざしていた扉を開けた。
「粗末な所ですが、どうぞ」
「お邪魔しますわ」
流暢な日本語でガブリエルに返したジェーンは中に入ると、ガブリエルに誘われるままにリビングへと歩みを進めていく。
程無くしてリビングに通されれば、ジェーンは2人がさっきまで座っていたダイニングテーブルの席に座って語り掛けて来た。
「昨晩は不躾過ぎたから、先ずはその件を謝罪させて貰うわ」
ジェーンが謝罪したいと告げれば、その場から立ったガブリエルに代わってアイラはその必要は無いと返した。
「謝罪は結構よ。それより、要件は何かしら?」
「時間の節約も兼ねて依頼内容の具体的な説明をしに来た。そう言うべきかしら?」
自ら足を運んで依頼内容の説明をしに来た。
ジェーンがそう告げると、席を外していたガブリエルが淹れたばかりのコーヒーを手に戻って来た。
「コーヒーをどうぞ」
「ありがとう」
ガブリエルからコーヒーを提供されたジェーンは感謝の言葉を返すと、依頼の具体的な内容を語り始める。
「昨晩も伝えた様に、貴方達には私の指定した者達を処理して貰いたい。その数は38名……何れも、この世界で言う所の未成年の子供よ」
ジェーンから告げられた内容に2人は思わず渋い顔を浮かべてしまった。
「まさか、子供を殺せって依頼とは思わなかったわ」
「幾ら俺達がロクデナシでも、流石に子供達を殺せって仕事は勘弁して欲しいんだが?」
予想外とも言える依頼内容にアイラとガブリエルが嘆くと、ジェーンは徐ろに大きなフォルダを2つ手に取って差し出す。
「コレは貴方達に処理して貰いたい者達が現地で行った内容よ」
ジェーンから差し出された大きなフォルダを手に取ると、2人は中に収められていた書類を読み始めた。
暫くすると、アイラは書類を読み終えたのだろう。
アイラは内容に対して思った事をそのまま口にした。
「無抵抗の市民虐殺と強姦に侵略……この内容が事実ならダーイシュのクズ共の同類ね」
ジェーンから提供された書類は被害報告書と呼べるものであった。
其処には38名の未成年の子供達によって齎されてしまった被害内容が記されていた。
ソレはアイラが毛嫌いし、故郷であるシリアにて延々と殺し続けたダーイシュの連中が行ってきた非道と同等のモノであった。
そんな被害報告書に目を向けたままのガブリエルは、確認の為に問うた。
「コレは事実なのか?」
嘘であって欲しい。そんな気持ちを感じさせるガブリエルの確認の言葉に対し、ジェーンは肯定すると共に概要も語っていく。
「残念ながら事実よ。日本人である彼、彼女達は愚か極まりないとある王国によって勇者として召喚され、その際に得た強大な力を用いて叛逆した。叛逆に成功後、その者達は王国を乗っ取ったばかりか、海に面する隣国への侵略を始めた」
ジェーンの語った概要にガブリエルは辟易とした様子でボヤいてしまう。
「話半分だとしてもやってる事が最悪過ぎる」
そんなガブリエルにジェーンは言葉を続ける。
「本来ならば、私は干渉しようとは思わなかった。その世界で起こる事は善悪問わず、その世界に生きる人々が自らの手で何とかすべき事であるべきであるから……無論、異なる世界から勇者を召喚してこうなるのも含めて」
ジェーンの言葉にアイラは疑問をぶつけた。
「それなら何故、私達にこの連中を始末させようと思ったの?貴女の言葉が真意であるなら、その世界の人々が自ら引き起こした悲劇。ならば、私達を雇って駆除させようとするのは矛盾してないかしら?」
ジェーンの言葉に矛盾を感じたアイラから問われると、ジェーンは正直に答える。
「本来であれば、私は私達の間で取り決められたルールによってその地で起こる事に干渉は出来ない。ソレ以前にする気も無かったわ……連中がある計画を進めようとしている事が解るまでは」
ジェーンの言葉にガブリエルは首を傾げると、具体的な内容を問うた。
「計画とは?」
ガブリエルの問いにジェーンは答える。
「一言で言うなら……私を始めとした神々を殺害し、元の世界へ帰る。ソレが連中の計画の最終目標と予測されるわ」
ジェーンから告げられた標的達の最終目標を聴くと、ガブリエルとアイラはゲンナリとしてしまう。
「最悪だな」
「ダーイシュの同類なクズ共が地球で好き放題するとか不愉快極まりないわね」
ゲンナリとする2人に対し、ジェーンは2人を雇って処理させる理由を述べ始めた。
「私は独断で今回の件を解決する為に必要な善良でありながら冷酷非情と言う矛盾する人殺しの技術に長け、死しても悲しむ者が居らぬ者……即ち、貴方達を雇い、貴方達に処理させる形で解決する事にした」
ジェーンの語った理由にアイラは納得。
しかし、ガブリエルは未だ乗り気ではなかった。
「アンタの独断と言う事は下手すると、仕事中にアンタの同僚や上司に始末される可能性があるって事か?ソレ以前に、この報告書の内容とアンタの語った標的達の計画が真実なのか?俺達には確認する術が無い」
乗り気ではないガブリエルをジェーンは責める事無く肯定すると、提案する。
「貴方の言う通りよガブリエル。だから、こうしましょう……私はもう一度、貴方達を現地に移送する。移送後に貴方達は自分達の目で実際に私の指定した標的達の行いを確認する。確認した後に私の依頼を引き受けるか?否か?決めて」
ジェーンの提案にアイラは是とした。
「私は構わないわ。アンタはガブ?」
アイラから水を向けられると、ガブリエルはもう1つの疑問を投げた。
「昨日は俺達に拒否権を与えなかった。だが、今は心変わりした様に拒否権を与えてくれている……その理由は何だ?」
そう。
ジェーンはミャンマーの密林から拉致した後に強制的にやれと、高圧的に命令してきた。
だが、今は打って変わって2人に拒否権も含めて選択肢を与えている。
唐突な心変わりの理由をガブリエルが問えば、ジェーンは正直に己の想いを答えた。
「あの時、私は内心でに強い焦りがあった。だから、高圧的になってしまった。でも、時間が経ってから冷静に人の心や感情を踏まえる事が自省と共に出来た。気分最悪になるだろう汚い仕事を無関係の赤の他人にさせたいなら、私は私の誠意を見せると共に納得して貰うしかないと理解するのも含めて……」
ジェーンの本心からの言葉をガブリエルは認めた。
「マジだったら俺の余生が最悪なモノになっちまうのは避けられない訳か……そうなると、実際に確認して手を汚すべきか?決めた方が良いって事だ」
「では!?」
ジェーンの短い問いにガブリエルはハッキリと告げる。
「勘違いしないでくれ。俺は俺の余生の為に動くだけだ。アンタや異世界の為じゃない」
「それでも構いません」
ジェーンがガブリエルの利己的な理由を責める事無く認めると、アイラは呆れ混じりに言う。
「アンタって芝居じみてるわよね」
呆れるアイラにガブリエルは笑みを浮かべながら返す。
「男は歳食ってもカッコつけたい時があるんだよ……さて、アンタの指定した時間は未だタップリ残ってる。予定通り、時間になったら俺達をあの場所へ送ってくれ。実際に確認した上で依頼を引き受けるか?否か?を決めさせて貰う」
アイラに笑って返した後。
ガブリエルはジェーンに昨日取り決めた通りに時間になったら異世界へ自分達を送って欲しいと要望すると、確認した上で依頼を受けるか?否か?を決める旨を告げた。
そんなガブリエルの言葉をジェーンは承知する。
「解りました」
「引き受ける際だが……俺達の遣り方で殺らせて貰う。嫌なら他を当たってくれ」
「それで構いません」
「後、仕事の内容的に色々と必要になる物がある可能性が濃厚だ。御宅からの支援は望めるのか?」
この仕事は38名を暗殺すれば終わりだ。
だが、暗殺するにしても異世界と言う現地に疎いばかりか、コネクションも無い以上は依頼人側から支援が無ければ成功はあり得ない。
それ故にガブリエルは支援はして貰えるのか?ジェーンに確認した。
そんなガブリエルの問いにジェーンは支援する事を確約する。
「可能な限り支援する事を確約致します」
確約してくれる事を聞けば、ガブリエルは早速要求した。
「なら、手始めに現地の地図を用意して欲しい」
「現地へ送り次第直ぐに提供致します」
「助かる。さっきも言った様に色々と必要になる。武器弾薬を始めとした物資や現地のカネ、情報……挙げたら切りが無いが、そこら辺も提供してくれるのか?」
「可能な限り致します。しかし、この世界の禁忌たる核兵器なる品は提供致しません」
ジェーンから核兵器は提供しない事を告げられれば、ガブリエルは呆れ混じりに返す。
「あんな置物は要らんよ。だが、航空機が使う航空爆弾は欲しくなるかもしれんがね」
「ソレでしたら何とか致しましょう」
「助かるよ」
そうしてガブリエルとの打ち合わせが終わると、ジェーンは立ち上がってガブリエルに向かって深々と頭を下げて感謝した。
「ありがとうございます」
そうしてジェーンが依頼人として誠意を見せると一時解散し、ジェーンが立ち去った後。
アイラは煙草を燻らせながらガブリエルに問うた。
「すぅぅ……ふぅぅ……実際に確認して、ジェーンの話が事実なら引き受けるの?」
アイラの問いにガブリエルは紫煙と共に肯定すると、理由も述べていく。
「すぅぅ……ふぅぅ……うんにゃ。マジじゃなくても引き受ける。支払い能力があるのも確認出来てるし、依頼内容も真実なら俺の日本での余生が台無しにならない為にも厄介事の芽を根刮ぎ焼き払う方が良い。それによ?アホみてぇに数え切れない莫大なカネが入るんだ。なら、断る理由が見当たらない」
ガブリエルの利己的ながらも理路整然と理由を聞けば、アイラは呆れながらも笑ってしまう。
「クス……アンタって根っからのロクデナシね」
「褒めても何も無いぞ」
「褒めてないわよ」
短い言葉を交わすと、2人は顔を見合わせて笑い始めた。
2人は愉快そうに一頻り笑うと、互いに真剣な表情を浮かべて真剣な眼差しと共に言葉を交わしていく。
「それで?具体的な処理方法は?」
アイラの問いにガブリエルは答える。
「其処は未だ何とも言えん。だが、1人ずつ確実に処理するのが無難だろう。中盤……否、最初の1人目の時点で連中が警戒態勢に移行する可能性は否めないがな」
歴戦の猛者と言っても過言ではないベテランの感覚からガブリエルがそう見立てると、アイラは楽観的な意見を返した。
「案外、中盤まで警戒態勢に入らなさそうだったりして?」
アイラの楽観に満ちた言葉にガブリエルは呆れてしまう。
「そんな訳あるかよ……日本のアニメよろしくチートって強大な力を持った奴が殺されたって知ったら、チート持ちを殺せるヤベェ奴が居るのか!?って具合に警戒するだろ?つか、しなかったら流石にどうかと思うぞ?」
ガブリエルが常識的な思考と共に呆れ混じりに反論すると、アイラは嗤って返す。
「標的達は元々は単なる高校生。私や貴方みたいに軍事訓練を一切受けた事が無いんだったらさ、チートに胡座かいて、無警戒で無策な動きしか出来なかったりするんじゃない?」
アイラの言わんとしている事は分かる。
だが、それでもガブリエルには警戒しない理由が無かった。
「だとしても、慎重に事を運びたい。俺は未だ死にたくねぇし、生きて大金掴みたいんでな……」
ガブリエルの言葉にアイラも自戒する様に同意した。
「ま、警戒し過ぎる事は無いわね。欲に目が眩んでたら、あっという間に死んじゃうし……」
「つーわけで、実際に現地で連中が本当に非道しているか?確認。確認後に依頼人の言葉が真実なら、最初の内は偵察を繰り返して情報収集に専念する方針で良いな?」
引き受けた際に於ける当面の方針をガブリエルから告げられれば、アイラが反対する事は無かった。
「異論は無いわ。情報収集は大事だしね」
「情報収集同時に物資や拠点の確保もしないとならない。恐らくだが、長期戦になるだろう。場合によっては強硬手段も取らざる得ない。気は抜くなよ……」
ガブリエルの言葉にアイラはにこやかに返した。
「えぇ、解ってるわ大尉殿」
「今度、俺を大尉って呼んだらブッ飛ばすぞ」
簡単ながらに方針を定め終えると、2人は此処へ戻って来た時に纏っていた戦闘服と装具を洗い始めた。勿論、銃器も含めてだ。
そんな整備が完了すると、2人は地球で過ごす最後になる可能性を踏まえた上で思い思いに有意義に過ごしていくのであった。
アイラは今は亡き船戸与一先生の幾つもある代表作の1つである「山猫の夏」の山猫みたいな目的でカネを稼ぐ為に出稼ぎしてる
その為に10年近くも居た故郷と組織から抜けた
どんぶり勘定でも500キロの純金インゴットはアホみてぇな金額のカネになる
それだけあれば、少しは故郷の戦費と戦災復興資金の足しになる……かもしれない
因みにであるが、この物語の舞台となってる年代は2023年の春を過ぎて初夏に差し掛かり始めたぐらいなので、未だイスラエルが完全にトチ狂ったり、シリアで政権が崩壊していない事を記しておく
ウクライナ侵攻は起きてるけど←