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第2話 蹂躙

 元英雄ネルガルは夢の中で目が覚める。

 いつもの光景の中、いつもの通り使命を果たす。


 トゥルクシュという街。

 代理王の時代、魔族の王都侵攻の後に建てられた。目的は王都アトゥムを守る壁だった。だが前線を押し返すにつれて、ここは兵站の集積地へと姿を変えたのだ。

 戦後もその名残がいくつかある。主に効率化した建物の並びに軍の通行を想定した道幅、魔族からの襲撃を備えて配置された魔法塔などだ。


 魔法塔とは魔族の得意とする質量魔法を防ぐ目的で建てられた。四方に合計12基ある。一見すると鐘が吊るされただけの塔だが、実際は魔力タンクと迎撃兵器を兼ねている。今回の襲撃でも使えるだろうか。見ると塔の先端で赤い光が点滅している。機能が生きている証だ。


 街の機能は生きているようだが人の気配はない。見回しただけで100の家が目に入るが灯りはやはりない。この中のどこに人がいるか、わかる訳がない。

 だがネルガルには女神の導きがある。

 地面に這う黒い線を追って大通りを横切る。民家に入ると四人家族が眠っていた。彼らは今回の護衛対象でこの夢の主だ。


「見つけましたね」


 女神はいつの間にか向かいに佇んでいる。


「若い夫婦に双子の子供。全員に魔法の痕跡から標的である事は間違いないです」


「じゃあいつも通り」


「ええ、では」


 何時ものように女神との会話を済ませると彼らをさっき目覚めた広場に横たえる。このままでは見つかるので魔法をかけた。

のままでは見つかるので魔法をかけた。


「暗闇【クク】よ、閉じろ」


 彼らの頭上が黒い天蓋となると黒い帳が下ろされる。黒い布は彼らを包むと消えて見えなくなる。視覚と魔力探知の双方から不可視となった。

 ひとまず懸念が解消されて思わず安堵のため息をつく。


 数分後、武器や触媒の準備をしていると向こうの空に動きがあった。

 どうやら来たらしい。


 予め仕掛けた監視装置を通して見る。軍勢の列はクマと狼が合体しような魔物が多い。以前はゴーレムや機械人形を使った人海戦術だったので意外だ。今回は一味違うらしい。そう見ていると途端に視界が黒く染まる。装置が壊されたのだろう。


「導く星【サフ】よ、行け」


 唱えると黒い小さな星が手の中から飛び立つ。

『導く星』は視界を飛ばす魔法だ。日中は目立つので使えないが夜にその真価を発揮する。夜目に加えて黒色が暗闇に溶け込むのだ。敵軍からすれば存在そのものが脅威となる魔法。英雄時代から重宝している。相棒と言ってもいい。


 数カ所に設置した監視装置は破壊された。しかし『導く星』に気付く気配はない。予想通り敵の作戦を破壊したという優越感で思考を鈍らせている。

 『導く星』からは軍勢が北の大通りを進行している事が分かる。しかし他の方角に敵影は見えない。


「挟撃か」


 北にいる軍勢を囮に南から速攻作戦を仕掛けてくるのだろう。

 以前に比べればそれなりの将だろうが、それでも稚拙だ。


 彼らは街を均して前進する。その戦列を横へと延ばした。

 しかし、これが夢の中だと知っていても自分の住む街が荒らされるのは気分のいいものではない。

 そしてこの胸中は魔物の創造主である魔族にとっても関係ない事らしい。空には巨大な隕石が迫っていた。街を覆いつくすほどの質量魔法。自らの兵すら使い捨てる魔族らしい攻撃だ。呆れてため息が出てしまう。本気で俺を殺しにかかっているようだ。だが。


「かつての魔王軍に比べれば、こんなものは脅威ではない」


 空に手を掲げ、唱える。


「天【ヌウト】よ」


 声に、応えて宙に音が鳴った。

 荘厳な鐘の音が響くと黒色の空が回転し夜が現れた。黒の半円と夜の半円が空を交代したのだ。

 空に煌めくのは天体。黒の空に慣れてしまったせいか夜だというのに随分と明るく見える。表面を赤く焦がす隕石よりも輝いて見えた。

 星の光は実際に増していた。

 危機を察知したのだろう、示すより早く星空が攻撃の意思を顕わにしたのだ。

 指で示す。敵はあれだ、と。今にも空を覆わんとする隕石に指を向ける。

 遠く、はるか遠く、それより遠い遠くにあるはずの星が光った。連なって隣の星も光る。煌めきは波紋のように夜空で広がった。

 あまりの眩さに目が眩む。

 瞬間、無数の光の線が隕石を貫いた。大小さまざまな光線が全天から注がれたのだ。

 光柱は音もなく生じるとその火力を瞬時に上げる。表面を焦がす熱よりも高い、天体創造の熱が隕石を焼き溶かす。

 瞬きをする間もなく、隕石は火にかけた雪玉のように溶けてしまう。

 隕石の飛沫が街へと降り注いだ。


「聖なる大地【カルナク】よ」


 黄金の盾で付近に落ちてきた破片を防ぐ。

 次の魔法を警戒して空を見上げる。

 目を離した時にはもう光はなく、天井は元の黒色に戻っていた。


 『導く星』で見ると敵はそれなりの被害を受けたよう。進行を止めて部隊の再編をしている。この隙に敵情を観察する。

 彼らは『天』の魔法を見て戦力を分けたようだ。

 第一陣には全体の4割程度の戦力だろう。だが装備は後続に比べて貧相な事から精鋭ではないと分かる。つまり彼らは哀れなカナリアという訳だ。

 しかし頭数だけはきっちり揃っている。

 魔族の攻撃にはセオリーがある。それはゴーレムや魔物といった被造物を壁にした遠距離からの魔法攻撃だ。今回も戦列は被造物で並んでいる。

 ゴーレムはただの人形だ。それ故に感覚が無い。だからどのような戦場であれ勇敢な兵士となるのだ。加えて機能を持たせれば破城槌や防壁となるし、行軍中には壊れた橋の代わりとなる。優れた兵器であり道なのだ。  

 対する魔物は改造しただけの生物。痛覚もあるし食事も摂る。しかも難しい言葉が分からない為指示を与えるのも一苦労のよう。だが戦場においては難敵となる。

 群れを作る彼らは狩りをする。対人しか想定していなければ一瞬の内に食い破られる。


 またゴーレムの働きは操る者の腕にかかっているのが現状だ。そもそも戦地の細かな情報を仕入れるのは難しく、それがあっても的確な動きはできない。ましてや一人で操れるゴーレムは精々が3体程度。そして操縦するには才能も必要となる。

 つまりゴーレムは頭数が足りず、しかも臨機応変な動きは取れない。この点においても魔物の方に軍配が上がる。だがこの二つの戦力が合わされば、それは移動する要塞だ。魔族が彼らを生み出した理由もこの戦術を目指したものだろうと頷ける。


 そのゴーレムと魔物が理想的に配置されている。それなりに手こずりそうだ。

 真正面からは論外。ゴーレムに阻まれて終わりだ。

 では魔法はどうだろうか。これも論外。ゴーレムには防御魔法の触媒が、魔物には弓と杖を持たせていた。これで対処されている間に接近されて終わり。

 そもそもこの人数差に対処法と言える対処方は無い。いいところ釣り野伏くらいだ。だが地形が向いていない。本来であれば撤退する状況だ。しかし護衛対象がいる現状で逃走という選択肢は無い。

 つまり詰みだ。


 だがそれは、

 尋常に戦えばの話。


 掌を杯の形にして唱える。


「陽【シュマシュ】よ」


 唱えると掌に小さい太陽があった。それを魔物の軍勢がいる方向に掲げる。たったそれだけで周囲の建物ごと数十の隊列が消滅する。

 少し力を込めると太陽の輪郭が解けて一つの線となる。次第に、線は火の蛇となって天に立ち昇る。全身を変化させた蛇は、魔物の色に埋め尽くされる地面に傾いだ。次の瞬間には魔物の形の影が石畳に残るのみ。

 第一陣は文字通り消滅した。


 向こうには後続が迫っている。指先で方向を示すと火の蛇はそれ目がけて疾走した。あれは数分後には片付くだろう。


「さて、来るか。」


 抜くは英雄が佩くには不釣り合いな質素な剣。燃える街が磨かれた刀身に煌めく。だがそこに背後に迫る残像が紛れ込む。


 暗殺者は姿形以外に気配を持たない。これまでそうしたようにダガーを強く握り男の背後へ。そして地面を踏み込む。その先端はネルガルの心臓に達する、はずだった。


「遅いな」


 横に跳ぶのと同じに剣を切り上げる。暗殺者の黒い腕が体を残して舞い上がった。隙を与えず、血しぶきの中を暗殺者目がけて突撃する。

 どこに隠していたのか暗殺者の左手にはダガーがある。素早く持ち上げて振り下ろす。腕の痛みを感じさせない的確な動作でネルガルの心臓目がけて降ろされた。

 だがネルガルは避ける素振りもなく駆ける。


「んん!?」


 少し向こうで声がした。

 振り下ろされる攻撃と暗殺者の幻覚をすり抜けると予想通り本体がいた。暗殺者の腕には弓の形を作る黒の線が。口で番えた黒矢は放つ寸前だ。

 ネルガルが迫り、暗殺者は引き絞る。

 矢が放たれた。

 黒い直線が頭へと吸い込まれる。

 暗殺者の目には数秒後の光景が浮かんで、手足にかかる緊張を解いてしまった。

 その時になっても矢は空を飛んでいた。


 矢が頭へ打ち込まれる寸前、ネルガルは死を予感し行動に移す。

 足が踏み込むのと同時に体を倒したのだ。

 ネルガルは石畳を転がると矢の次弾を警戒してすぐに跳んだ。だが予想していた攻撃はなかった。暗殺者は1手遅れて魔法の弓を解くと腰に差したダガーに手を掛ける。

 だがそんな隙は与えない。ネルガルは鞘を投擲する。

 鞘は先ほどの矢の様に一直線で飛翔すると暗殺者の指を砕いた。

 ネルガルは暗殺者の次の手を思考する。

 攻撃。自爆。自害。逃走。

 その全てに対応しうる一手を打つ。そうして剣を握った。だが、


「こ、降参」


 予想外の言葉に足が止まる。だがすぐにブラフの可能性に突き当たる。

 暗殺者の振る舞いに注視する。

 脚は「く」の字に曲げて座り、両腕を上げている。右腕の切断面からは時折血を吹き出しては黒の衣装を汚している。

 敵対の意思はないらしい。だが仲間がいる可能性もある。

 しかし先ほどからそれらしい攻撃も、気配すらない。念のために探ってみるか。


「導く星【サフ】よ、戻れ」


 黒い星が頭上から降ってくると、指を回して辺りを探れ、という指示をする。

 黒い星は言われるがままに再び空に昇る。飛んで行ったのを見届けると暗殺者に向き直った。


「それで、お前は何者だ」


 今、隙を見せたが何もしてこない。本当に敵対の意思は消え失せたらしい。

 だがそんな胸中を知らない暗殺者は言葉に息を呑む。


「僕は、私はラルサという地に住まう民。名はない」


 ラルサという言葉には聞き覚えがある。たしか彼らは水の魔法に長けている魔族だ。魔王軍でもかなりの精鋭で、彼らの破壊工作には何度も手を焼いた。特に彼らの得意とする幻覚は人類史においても匹敵する者がいないほど。

 しかし違和感がある。交戦の経験はあるものの、本来は裏方に徹する動きを得意としていたはず。加えて魔族の世界において高い地位を築いた民だ。

 そんな民が何故ここにいるのか。何故暗殺者紛いの地位に身を堕としたのか。疑問は尽きない。

 だがまずは発言の虚実を質さなければ。


「その名に覚えがある。だがラルサには士族の真名があるだろう。それはどうした」


 真名というのはラルサにおいて元服に際に与えられる名前。そして真名には士族ごとに種類と傾向が異なる。もし真名がその特徴と一致すれば、さっきの言葉が真であると判明する。

 だが真名には信じた者にしか告げてはならないという掟もある。

 だからこれは選択肢だ。

 掟を破って生きるか。守って死ぬか。


 その選択を突き付けた筈だが一向に反応が無い。

 待っている間に『導く星』が戻ってきた。どうやら暗殺者の仲間はいなかったようだ。ついでに魔族の軍勢の状況を見るようにと北に指をさす。黒い星は黒い空へと消えていった。

 視線を戻しても身動ぎ一つしてないようで光景は変わらない。暗殺者は相変わらず口を噤んだまま。

 仕方ないとネルガルは首を振る。揺さぶって情報を引き出すつもりだったが別のやり方に変えよう。

 暴れないよう、ネルガルは暗殺者の華奢な左腕を掴む。「何するの!?」という声を無視して右腕に手をかざす。


「治癒【グラ】よ」


 切断面に黒が纏った。それは次第に手の形を模る。ネルガルは魔法の終了を判断すると、かざした手を引いた。手に釣られて黒が布のように落ちる。

 少しの痛みが暗殺者の右腕に走る。右腕に?

「え」と呆け顔で右腕を見る。右腕がある。切られた腕が、ある。

 なぜ。

 そう言いたげな表情がネルガルを見上げる。


「別に、俺はラルサの民に恩がある。それを返しただけだ。」


 だからもう良い。と払うように手を仰ぐ。

 気付けば指も治っていた。

 暗殺者の少女は今までにないほど混乱していた。さっきは命の取り合いをしていた相手が、今は救世主に見えたのだ。唯一分かるのはもう敵対の意思は無いという事。そしてこの身分でありながら、ラルサの民として扱って頂いたという感謝の念。


 暗殺者は両足を前で組んで座ると膝を両手で抑えた。その居住まいを暗殺者からラルサの民へと変える。そして頭を下げた。

 ただそれだけで荘厳な宮殿へと場の空気を変えてしまう。


「感謝を。拙い身ながらラルサの民、その士族の一人として感謝を」


「そして」とフードを脱ぐ。短い黒髪が零れた。褐色の肌に黒の瞳。少女の華奢な喉がごくりと唾をのむ。


「そして身勝手ながらお願いがあります。」


 少女は更に伏す。


「我らラルサの民をお救いください。」


 今度はネルガルが混乱していた。襲ってきた暗殺者から情報を聞き出そうとしたら突然に頭を下げてきたのだ。

 断ろうにも、ここまでされて引き下がるのは失礼ではないか。そんな雰囲気がネルガルの背を押した。

 ネルガルは向き直ると膝をつく。右手を膝に、左手を胸に置き最大の敬意を示す。


「私、ネルガルは勇者カラクサの意思を継ぐ者、その一人として、あなたの要請をお受け致します」


「あ、ありがとうございます。感謝の至りでございます」


 ふう、とお互いが同時に息をついた。同じことを考えていたのだろう。

 可笑しくもないのに笑ってしまう。それとも飯事のように思えて微笑ましく思ったのだろうか。どちらにせよ殺し合うことをせずに良かった。


 一しきり笑った後、彼女は夢魔法の時限に合わせて去っていった。「ではまた後ほど」と言う表情は、少し前まで暗殺者であったとは思えない晴れ晴れとしたものだった。

 色々と聞きたいことはあるが今は良いだろう。あの年若い魔族がどれ程の理不尽に耐えてきたか。欠片しか分からない自分でも優しい気持ちになる。だから今は良いだろう、少しでも安心を与えられたのならそれで。


 戦場を『導く星』で確認する。読み通りあれから抵抗もなく殲滅されたようだった。北は文字通り灰塵と化している。動くものと言えば火の粉くらいだ。

 他の方角も隈なく探したが何もいなかった。


 呪文を呟く。


「暗闇【クク】よ、解けろ」


 言葉に従って帳が上がった。

 四人家族は変わらずに寝息を立てて寝ている。

 確認すると世界が解けるのが分かる。

 今日の夢が終わる。


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