朝ごはん
「あ、朝ご飯……?なぜ……?」
「うちの朝ご飯を食べてもらったうえでお願いしたいことがあるんです。ほら、看病してあげたことのお礼だと思って!」
「ええ……?なんですか、それ……」
男性はもはや困惑を通り越して恐怖していそうな感じですらあるが、事情を知っているアヤメさんとイオリさんは「ああ……」と納得の表情。それどころか、
「いいじゃないですか。この子の作る料理は美味しいですよ。僕も大好きなんです」
「そうそう!帰る途中でまた倒れられてもあれですし!食べていきなさいって!」
やれ食えさあ食えと怒涛の追撃っぷりだ。
それのそのはず、彼らも私と同郷の人間なので故郷の味は同じだし恋しい。それを食べるためなら喜んで私に加勢してくれるというわけだ。
私の目的はお兄さんのスキルだという発酵の能力。彼が協力してくれれば、私の植物を急成長させられる能力と合わして短時間大量作成が可能だ。逃す手はない。
三人がかりで男性を食堂としても使っている部屋に連れて行く。食堂とは言っても実際は台所で、出来た料理を運ぶ手間を惜しんでその場で食べているだけである。
男性が眠っている間に食事の支度をしていたので、今はもうすぐに食べられる状態だ。
台所に着くと、背もたれのない簡素な木製椅子に座ってもらい、イオリさんとアヤメさんも彼を挟むようにして着席する。
「どうぞ召し上がってください」
今日の朝食は炊きたてのつやつやご飯に、豆腐のお味噌汁、ほうれん草のお浸しと鮭の塩焼きだ。簡単なものではあるけど、味噌も醤油も使われている料理を選んでいる。
しかし、男性は箸を取らない。両側の二人は声をかけるより先にいただきますと手を合わせて既に食事を始めているというのに。
遠慮しているのだろうか。再度食事を勧めようとして私はぎょっとしてしまう。だって、男性ははらはらと涙を流していたのだ。遅れて気づいたアヤメさんとイオリさんも驚いて箸が止まってしまっていた。
「ど、どうしたんですか!?どこか痛いんですか!?イオリさん、やっぱりどこか悪いんじゃ……」
「ええ!?そんな感じじゃなかったけどなあ……」
「……これ、ミズキの国の料理ですよね」
私とイオリさんの会話に割って入るように男性がぽつりとつぶやく。いまだ泣き続ける彼を怖々と見守りながら頷けば、「ああ」噛み締めるようにまだ泣いていた。
「あの、何かありましたか?」
さすがにこうまで泣かれると気になる。私が尋ねると、濡れた頬も拭わないまま出された食事を見つめながら答えてくれた。
「ミズキ国でとても世話になった女性が亡くなったんです。これを見たら思い出してしまって……。辛気くさい雰囲気にしてしまってすみませんでした」
「……どんな方だったんですか?あ、すみません!こんな事を訊いてしまって……」
こんな風に惜しまれるのはどんな人だったんだろう。そう思ったら自然と言葉が出てしまっていた。慌てて口を押さえながら謝ると、彼は儚く笑った。
「病気の妹のためにとある薬草を探していて、うっかり私有地に入り込んでしまったんです」
ん?
「そこで出会った女性……、いや。少女がそのとても貴重な薬草を譲ってくださったんです。おかげで妹の病状は快方へ向かっていますが、その恩も返せないままその少女は亡くなってしまったらしく……」
んんん……?
なんだか、ものすごく既視感がある。
裏山で私が侵入者の青年に薬草をあげた時から表向きの私の状況までの流れとそっくり同じだ。そういえば、やつれているし髪の色も違うけど、あの時の青年とこの人、顔立ちがとてもよく似ている気がする。
「……もしかして、その譲ってもらった薬草ってハツキートっていう薬草じゃありませんでしたか?」
「え、何故それを……」
「ってことはそうなんですね!?それ、私です!」
帽子を取ると、長い髪が溢れ隠していた顔が露わになる。青年は目玉が落っこちそうなくらい目を見開いて私を見つめていた。
そりゃあそうだろう。死んだと思っていた人間がすぐ目の前にいるのだ。普通は驚く。
「ど、どうしてここに……?」
「ご存じだと思うんですけど、この国の第二王子との婚約が決まりまして」
「え、ええ……。知っています」
「それがどうしても嫌で」
「……イエナガ陛下に未練が?」
私と陛下の婚約を知っているとは、なるほど事情はよくわかってるらしい。それならば話は早いと私は話を続けた。
「陛下自体には未練なんてありませんよ。悠々自適な側室生活には多少ありますけど」
「ならばどうしてあそこまでして逃げたのですか?そこまで政略結婚が嫌だったんでしょうか?」
「……いえ、貴族として政略結婚については文句はありません。ただ、第二王子に嫁ぐと命が危ないかもしれなくて、」
「えっ?今、なんて……」
「詳しく話すとあなたも巻き込まれてしまうかもしれないので、これ以上は話せません!それより、もし薬草のことを恩に思っているなら、発酵食品を作るお手伝いをしてくれませんか!?」
「むぐっ!?」
「美味しいでしょう!?」
有無を言わさず男性の口にお浸しを突っ込む。目を白黒させながら咀嚼する彼の手を両手で握って、私は再度懇願した。
「お願いです。どうか力を貸してくださいませんか……」




