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予期せぬ拾い物

ヤマノイ商会ノギニア支店は市街地から少し離れた閑静な場所にある。

私がノギニアに来る以前からも店では薬草を育てていて、その薬草畑の土地を確保するためそこに店を構えていた。

今、私は長い髪は帽子に詰め込み、体の線を誤魔化せるブカブカの服を着ていた。男装である。

商会員たちのご飯を作る役目を負っているので、朝は市場で買い物をしていたのだけど、一応逃亡中の身なので、人前では正体を隠すために出かける時は必ずこの格好をしていた。

お店のあるシーザリアは漁港があることもあり、朝市は特に活気がある。立ち並ぶ賑やかな露店は見て回るだけでも楽しかった。

そして、今はその帰り。目の前には男がうつ伏せで倒れていた。行きにはいなかったから、買い物をしている途中にここで行き倒れたのだろう。

茶色い髪の男で、外套のフードをしっかりかぶっているせいで顔はよく見えなかった。


「お、お兄さん……、大丈夫ですか〜?」


声をかけてみても返事はない。手を伸ばしてつついてみたが、反応もない。まさか死んでいるのかとひっくり返して口に手を当ててみると、幸い息はあったのでほっと胸を撫で下ろした。

しかし、それにしたってこんなところに倒れているんだなんて病人なのではないのだろうか。なんせ、ここらに建物らしい建物はうちの薬屋くらいしかない。もしかしたら、薬を買い求めに来てその途中で……。


「ぜ、ゼノ〜〜!!」


さすがに成人男性を運ぶ力はない。私はその場に荷物を放り出して、お店の方へと駆け出した。


「眠っているだけのようですね」

「よ、よかった……。てっきり重病人かと……」

「はっきりとは言えませんが、すぐさま命に関わる様子ではなさそうですよ」


店の応接間のソファーに寝かされた男性の診察をしていたイオリさんがそう言って、私は倒れ込むようにその対面のソファーに座り込んだ。

この眼鏡をかけた青白い肌の男はイオリさんだ。彼は医者なのだけど、血がとんでもなく苦手で見るだけで卒倒してしまう。そのため医者を続けられなくなって、紆余曲折あって兄が雇ってここで薬学の研究をしてもらっている。でも、医学自体は好きらしくよく食事も忘れるくらい医学書にかじりついている。心配になるくらい細いのはきっとそのせいだろう。


「フタバちゃんも驚いたわね」

「本当にびっくりしました……」


横たわる男性に毛布をかけてあげていた女性が私の方を振り返って微笑む。こちらのショートカットの優しい雰囲気の女性はアヤメさん。彼女は薬剤師で、イオリさんと共に薬作りに携わってくれていた。

ちなみに、ここにいないゼノはお店の開店準備をしている。


「この人って、やっぱりお客さんなんですか?」


私は男性の顔を覗き込みながら尋ねる。こちらに知り合いはいないはずなのに、なんだか見覚えがある気がしたのだ。しかし、それに対して思いがけない返事が返ってきた。


「常連さんよ。ほら、支店長から聞いてなかった?発酵のスキルを持つお客さんがいるって。この人よ」

「えっ!?本当ですか!?」

「う……」


アヤメさんの言葉に思わず大きな声が出てしまう。すると、眠る男性がまつ毛を震わせた。私の声で起こしてしまったらしい。ゆっくりした動きで身体を起こした彼は周りを見回していた。


「ここは……?」


それにすかさず、私と男性の間に体を割り込ませたイオリさんが答える。商会の皆は私の事情を知っている。おそらく、私を隠すために盾になってくれたのだろう。

 

「起きましたか?ここはヤマノイ商会の薬屋。あなたはここに来る途中の道で倒れていたんですよ」

「そう、だったのか……。すまない、面倒をかけた」

「体調はどうですか?」

「なんともない。申し訳ないが、礼は後日。早く戻らないと心配をかけてしまっているかも……」

「待って!ちょっとだけ待って!」


私は、ふらつきながらも部屋を出ようとする男性の腕をイオリさん越しに掴んだ。男性だけでなく、イオリさんとアヤメさんも戸惑ったように私を見ていた。 

しかし、私はここで退けない理由があった。そう、彼の発酵の能力である。こんな体調の悪そうな人、次はいつ来てくれるかわからない。その前に約束だけでも取り付けておきたかったのだ。


「朝ご飯、食べていきませんか!?」


そのために私の口から飛び出したのはこの言葉だった。

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