食事は大切
「いやあ、美味い!お嬢様が来てくれて本当に良かった!他の奴らも喜んでいますよ!」
「はは……、それはよかった……」
がつがつと祖国の料理をかきこんでいるのはヤマノイ商会ノギニア支店長のゼノ。背が高く人懐こい雰囲気の男で、以前はヤマノイ家の執事をしていたのだけど、兄が引き抜いて商人にしたのだ。でも、本人もこちらの方が性に合っていたようで活き活きと働いている。
そんな彼は山盛りご飯を頬張り、私はその食事をこしらえていた。
おかしいなあ。私、薬草を作りに来たのであってご飯係をしに来たんじゃなかったと思うんだけど。
無事祖国を脱出した私は船を使ってノギニア王国にたどり着いた。そこで、私を出迎えたのはぐったり疲れた顔のゼノと部下の皆さん方。
商会では薬を作って販売している。どうも、近頃たちの悪い風邪が流行っていたようで、彼らはその対応に奔走していたらしかった。
その風邪のたちの悪いところは、治すためには特定の薬草しか効果がないこと。熱冷ましや咳止めなどでの対症療法をして凌いでいた彼らはその薬草を心待ちにしていたものだから、本国から私だけしか届けられなかったことに落胆を隠せていなかった。
だがしかし、薬草の生産者は私である。
一つの種から患者の数を補って余りある数の薬草を生み出すと、ころりと態度を変えた。
その後はそれはもう丁重な扱いをしてもらって、けれどもじっとしているのが性に合わない私が何か仕事がないか尋ねたところ、与えられた仕事が社員食堂のコックだったというわけだ。
料理は好きだ。
好きだけど伯爵家のお嬢様という以上、調理場に入り浸ることは使用人の迷惑になることもあって難しく、自由に料理をすることは出来なかった。
だから今の状況は嬉しくはあるのだけど、てっきり薬草を量産しまくる日々になると思っていただけにちょっと肩透かしを食らった気分だった。
そんな私にゼノは言う。
「あんまり流し過ぎても値崩れを起こしますし、そもそも処理も追いつきませんからね。駄目にしたら勿体ないですから」
「そういうものなんだ」
「商売ですからね」
すごい勢いで煮物を食べながらゼノは頷いた。
こうまで彼が私の作った食事にがっついているのはお腹が空いていたせいだけじゃなくて、故郷の味が恋しかったというのもあるようだ。ゼノって料理ができないらしいし、その他数人のミズキ王国出身の商会員も料理はからきしだったり、そもそも料理する暇がなかったりだったらしい。可哀想に。
「それにしても、こういう仕事をさせるなら先に教えてほしかったな」
「やっぱり飯炊きなんて不満が……?」
「いや、そうじゃなくてね。この仕事は楽しいし好きなんだけど、それならあっちの食材をもっと持ってきたのにって思って」
「ああ」
次の船はひと月は先だ。醤油や味噌などの調味料は私が念の為持ってきた少ししかないから、ちょっと心もとない。
スキルのおかげで原材料の宛はあるけれど、それを作るにも時間がかかる。そして料理をすることがなかったゼノたちのもとにそれらがあるわけもなく。
瓶に半分以下になった醤油を振って見せながら、私は渋い顔をしてしまう。
「作れないこともないけど、時間がかかるのよね」
材料はある。というか作れる。
その様子をみて、ご飯の最後の一粒まですっかり口に入れたゼノが「なら!」明るい声を上げた。
「うってつけの人間がいますよ」
「うってつけ?」
「はい。病弱な妹のために薬を買いに来る常連の男なんですがね、そいつのスキルが発酵なんですよ。普段から色々と融通をきかせてあげていますから、交渉の余地はあると思いますよ」
「そうなの!?発酵だなんてすごいわ。いろんなものが作れちゃうじゃない!」
その話が本当なら、調味料だけでなく、鰹節や納豆、それからお酒だって作れてしまう。もしかしたら、商会の商品にも出来るかもしれない。
その発酵の君は月に二、三度海沿いのこの町を訪れ、この店にも来るとのこと。時期的にもうすぐらしく、彼が来たときには頼んでみようという話になったのだった。