味方
「フタバ、ご飯も食べないでどうしたの?」
「ごめんなさい、お母様。食欲がないの……」
「そっとしておいてやれ。気持ちの整理も必要だろう」
「あなた……」
部屋に閉じこもる私を心配したお母様とお父様が扉の側で話しているのが聞こえる。家族は私が婚約破棄されたショックで塞ぎ込んでいると思っているようだけど、実際はビビり散らしているだけ。
そりゃあ婚約破棄されたことはショックだったけど、私と陛下の間に恋愛感情はなかったし、貴族として政略結婚を受け止める心構えはあった。でも、それが嫁いびり確定ルートなら話は変わってくるっていうか。死にたくないっていうか。
わざわざ国際問題にしないで嫁にもらおうとするあたり、自分の手で仕返しをしたいという気持ちを感じる。なんて嫌な熱意だろう。
嫁ぎたくない。バックレたい。
でも、そんなことをしたら家族に迷惑がかかるだろう。
家族のことは好きだ。私を大事にしてくれるし、愛してくれている。絶対に陛下に嫁ぐと言って縁談をぶち壊してまわっても、彼らは私の意思を尊重してくれた。
家族のためを思うなら嫁ぐべきなのだろうか。
そう考えこんで、一昼夜。今度は両親ではない人物が部屋のドアを叩いた。
「大丈夫?フタバちゃん」
「ツバキちゃん……」
ドアを細く開くとそこにいたのは義姉だ。追い詰められ憔悴した様子の私を見て、普段気の強そうな顔を不安そうな形に変えている。
彼女は貴族ではないものの、裕福な商家の娘で兄と私の幼馴染だ。
兄はツバキちゃんに心底惚れ込んでおり、ほとんど頼むような形で一緒になってもらった。見た目通り気の強い彼女の尻に敷かれているようではあるが、兄は喜んで座布団になっているみたいなので家庭円満ではある。
「フタバちゃんが婚約破棄だけでそんなことにはならないよね?いったい何があったの?」
「ヅバギぢゃん!!」
自分の仕出かしたことを家族に白状する勇気が出なかった。
でも、家族には言えないけど友だちになら言えることもある。私の涙腺はみるみるうちに決壊し、泣きながら彼女に抱きついていた。そして、一切合切の事情を話したのである。
「馬鹿だねえ、お前は」
兄が一番遠慮がない。家族に囲まれる形で白状した私を兄がぴしゃりと一刀両断した。
兄が弱いのは嫁にだけで、その他にはだいたい強い。能力は無駄に高い男なのだ。むしろ、クールな外見も相まって姉にデレデレなことの方が他人には信じてもらえない。
「人助けは偉いけど、せめて顔を見られないようにやるべきだったね」
「そこ……?」
「一番大事だよ。バレなければこんなことにはならなかった」
そこではない気がするけど、私も兄もあの状況に直面したら見ないふりは絶対に出来ないから、あながち間違いでもないのかもしれない。
「やっぱり私、嫁ぐしかないのかな……」
しょんぼり肩を落として言うと、兄は「いや、」と真面目な顔のまま一言。
「この話を聞いて僕たちがお前をそんなところにやるとでも?」
「でも、皆に迷惑がかかるだろうし」
「方法はある。ただ、お前には死んでもらうが」
「し、私刑!?」
「違う。フタバ・ヤマノイという人間を殺すだけ。死んだふりだ」
「言い方が悪いよ!!でも、そんなにうまくいくかなあ……」
「口約束とはいえ、婚約破棄をしたのはあちらだ。そのショックでフタバが自ら死を選んだと聞いたら深くは追求できないだろうさ」
たぶん、追求できないというかさせないんだと思う。ねちねちと責め立てられて死ぬほど気まずそうな顔をする陛下の顔が今から頭に浮かぶ。
「ほら、お前がよく行く山に一度落ちたら死体すら上がらないと評判の滝があったろう。そこに身を投げたことにして、ほとぼりが済んだら奇跡的に生きていて下流のどこかの家で保護されていたことにでもして戻ってくればいい」
「本当にうまくいく……?」
「うまくいかせる。それまではノギニアへ行って身を隠しなさい」
「ノギニアに!?なんで!?」
「灯台下暗しというだろう?まさかそこにいるだろうとは思わないだろうし、そこに支店があるんだ。商品が足りなくて困ってるらしいから、ちょっと働いてきなさい」
「労働力ってこと……?」
兄は無言で笑顔を浮かべる。
うちは兄がいくつかの事業をしており、それは国外にも展開している。その中の一つに薬草の販売がある。
私がそこへ直接赴けば、運送費が浮いてラッキーとか思ってるんだろうなあ……。我が兄ながら抜け目がない人だ。