婚約破棄
「婚約破棄!?どうしてですか!」
室内に私の叫び声が響き渡る。
ここはミズキ王国のその王様のイエナガ様の部屋。
部屋は十畳ほどの畳張りの部屋で、私たちはお互い座布団に座って向かい合っているところだ。
ミズキ王国は自然豊かな小さな島国で、王様のイエナガ様は御年三十八歳のガッチリとした体型のイケメン。日に焼けたお肌と切れ長の瞳。それからオールバックにした髪型と着崩した着物姿がワイルドでかっこいいとご婦人方によくキャアキャア言われている。
そして、私はヤマノイ伯爵家の娘のフタバ。この国ではデフォルトである黒目黒髪の女で、手間暇かけて伸ばした髪は腰にまで届いていた。そして、イエヤス様の婚約者だった。そう、『だった』。
十八歳になったら陛下の元へ輿入れする予定となっていたのに、急に婚約破棄をする旨の手紙が届いておっとり刀で城まで駆けつけた。お陰で着物の袖をたすき掛けしたままになってしまっていて、出迎えてくれたメイドさんをびっくりさせてしまったけど、なんたってこっちも大パニックの状態だ。無理矢理通り抜けてしまった。
食ってかかる私にイエナガ様はため息を吐く。
「どうしてもこうしても、仕方ないだろ」
「イヤっ!婚約破棄なんて絶対にイヤ!」
「そうは言ってもなあ……」
心底困ってますな顔で陛下は腕を組む。どうやって私を落ち着かせようか考えている顔だ。
そうはさせるかと私はますます勢いを増して食ってかかった。
一応言っておくと、イエナガ様と私は従兄弟の関係にあり、身分差はあれど気安い態度を叩くことを許されている。普通なら怒られているし、よそ行きの場所ではちゃんと取り繕っているが、二人だけならいつもこんな感じだ。
「陛下、私を奥さんにしてくれるって言ったじゃないですか!!なのにどうして今になって」
「十八になるまでにお前の嫁の貰い手がなかったらな。……来たんだよ、結婚の申し込みが」
冗談だろうがなんだろうが、陛下が私を嫁にもらってやると言った十二歳の時から、私はあらゆる手を使って自分の元に来た縁談を潰してきた。
それが功を奏して今では国内で私を娶ろうと思う男はいない。年頃の娘なのにそういう面では閑古鳥が鳴いていた。それなのに、今さらになって何故。
「いったい誰ですか!その邪魔者は」
「仮にも自分に好意を寄せてくれてる奴に邪魔者とか言うなよ……」
「だって、私のわくわくスローライフをぶち壊して!正真正銘の邪魔者じゃないですか!!」
「俺との結婚生活をスローライフとか言うなよ……」
「でも陛下、もう奥さんが十四人もいるじゃないですか。私なんかに構ってる暇ないでしょ?ペットの珍獣枠でいいです」
「自分で自分を珍獣とか言うな……」
私とイエナガ様の間に恋愛感情はない。
求められたら応じないでもないけど、兄妹くらいの関係の私たちがそうなることはまあないだろうと踏んでいた。
ヤマノイの家は跡継ぎの兄がいて、もうすでに息子もいる。私が婿を取る必要はない。
イエナガ様がうっかり子どもの私に口を滑らせたことで成った婚約話だが、どこかのお家に嫁入りするよりも王室に入って大好きな料理と土いじりをして暮らす生活をしたかった私は全力で飛びついたわけである。
あと数ヶ月ですべてうまくいくはずだった。それなのに、なぜ今になって縁談が来たというんだ。どこのどいつだそいつは!
「大陸の方にノギニアって国があるだろ?そこの第二王子がお前を見初めたんだと」
「外国の方じゃないですか!?本当になんで!?」
「さあ。お前、いろんなところほっつき歩いてるし、どこかで顔を見られたんじゃないか?ほら、黙ってさえいれば美人だし」
「こ、断れたりとかは……」
「無理だな。俺がよくても大臣たちが乗り気だ。断るのは許されん」
そんなばっさりあっさりと。もう少し悩んでくれてもよくない?
イエナガ様は顔をしかめる私なんて無視して、言葉を続ける。
「あの国と繋がりを持ちたくて嫁や婿を貰うか貰われるかを画策したことはあったんだが、あそこは自由恋愛至上主義でなあ。うまくいった試しがなかった」
「で、でも……」
「貴族の務めだ。やりなさい」
こうなるともう国王命令だ。
私は肩を落としてがっくりと頷くしか無かった。