第96話
修正等完了しましたので投稿します。楽しんでいってね。
「そんなにか」
店長が呆れた調子で呟く。その手にはとてもシンプルなパッケージの紅茶が握られている。
「ええ、この調子だと今度はダイナマイトじゃなくてスライムキューブで埋まっちゃいますね」
今日はガソリンを売却するついでに、いらない段ボール箱を貰いにサステナブルマーケットにやって来たのだが、ついでに黒スライムキューブを見せながら何があったか話せば、紅茶を飲む手を止めるほどに店長は呆れたようだ。
「てかそんな商売のネタを話して良いのか?」
「公表します?」
「…………ぐぬぬ」
公表しても良いけど、大した情報とも言えないし、それで俺からの評価を下げるのもどうかと思う。自分で言うのもあれだけど、ずいぶんとこの店には貢献していると思うんだよね。
「たぶん金と姐さんが頭の中で殴り合いしてるっす」
店員さんが笑いながらそう言うが、店長は苦悩する様に頭を抱えている。しばらくそのまま唸っていたけど、ねーちゃんの方が勝ったのか店長が諦めた様に肩を落とす。
「スライムに関しては動画出す予定だから別にね。ドロップもスライムキューブだし、黒いけど」
「いいのか?」
カウンターの上には黒いスライムキューブ、これが何になるかなどは教えていない。何の情報も無く、値段を付けてくれるかと期待したけど値段は付かず。
何がどう良いのかと聞いているのか判断に困るところではあるけど、少なくとも動画を出したからと言って特に不都合もない。何せお金にならないんだから普通の人は欲しがらないだろう。
黒スライムキューブの利用方法に詳しい人なら食い付きそうだけど、だからって今のところ何が変わるわけでもないと思う。
「来れるなら来たらいいんじゃないかな」
「余裕だな?」
余裕とは少し違うかな。
「いや、現状あまり美味しいドロップが無いし」
「確かに、査定できねぇな」
美味しいのは缶詰くらいだろう。個人的にも、今後日本の食料自給率に改善が見られなかった場合にも、知られて困るのは正直あれくらいだけど、それよりもおいしい異界がいっぱいある様なので、江戸川大地下道で活動する以上あまり気にしていない。
「一部困るものもあるけど、そこは教えないし、あれに関してはその身で苦労してこそ意味があるんですよ」
「なんだよそれ」
興味があるようだが、その先に待っているのは天国と地獄だぞ店長。しかもどんなに頑張っても最初に地獄を味わうことになるんだから、是非ともみんなには体験してもらいたいものだ。
あの臭いが大好きと言う人にとっては天国なんだろうけど、それ以前に一斗缶では事件も起きてるわけだし、中々奥まで入って来る人はいないと思う。
「さぁ? ……と言うか、一斗缶でも苦労すると思いますけどね?」
「ガソリンの元か、遠距離精密狙撃か遠距離高火力か、どの道良い恩恵でないと中々難しいだろうな」
自衛隊の調査報告から導き出された公式発表の一斗缶対処法だ。あんな薄暗い空間で無茶言うなと言うツッコミを大量に受けたが、それ以降あまり良い対策方法は出ていない。
自衛隊みたいに装備が充実していたら可能だと言われるぐらい面倒な化物である。そう考えると本当に江戸川大地下道の化物は癖が強すぎると思うし、同時に俺の運が良かったとも言えた。
「俺は運が良かったんですよね。でもスライムお前は駄目だ許さねぇ」
巨大スライムは許さない委員会発足である。
「自爆なんだろ?」
「まぁそう」
うん、なんも言えね。委員会は解散です。
「しかし、ダイナマイトなんてドロップしたら扱いに困るな、家に持ってこられても買い取れないぞ」
「その場に廃棄されても困りますし、こっそりリサイクルタワーに捨てるかですかね?」
今はまだダイナマイトも使っているから問題ないけど、正直テルミット爆弾の方が火力も携帯性も良いので、ドロップの回収と作成の好循環が生まれ始めたらダイナマイトがまた余り始めてしまうと思う。
そうなるともうリサイクルタワー行きしかないんだけど、大量に持ち運んでいるのが見つかったら確定で逮捕案件である。
「バレたらアウトだな、スライム狩りに使えるなら中に放置して帰って、また来た時に回収して使うか」
まぁそうなるだろうな、でもそれって盗られても文句言えないんだよね。そう言う意味では俺のマイホームが荒らされても泣き寝入りになる恐れがあってちょっと鬱になる。
「落とし物として回収されなきゃいいですけど」
「ひでぇな」
「俺はやらないよ、自分で狩れるから……。てか今もいっぱい余ってるし」
まるで俺が盗むみたいな目で見て来るけど、そんなことしても俺には全く利点が無いんだから、そう言う目で見るのはやめてほしい。むしろあそこに財産置いてるのは俺くらいなんだから、あるとしたら被害者側である。
……トラップが必要かな。
「あぶねぇなぁ」
危なくないよー余ってる危険物の有効利用だよー。
「でも、着火方法がな」
「導火線が無いのか? 雷管か?」
今のところアレに着火できたのはレアドロップのライターだけだ。ガソリン狩りながらレアがまた出ないかと思っているけど、今のところ収穫はない。条件があるのか、単純に確率が低い……俺の運の問題な様な気もして来た。
「普通の導火線じゃないんだよ。その辺は秘密にしておこうかな」
「おいおいマジかよ」
「中途半端な情報じゃ危なくて売れないっすね」
「それが狙いか、いくらだ!」
そんなつもりで言ったわけじゃないのに、店長がカウンターに手を突き睨むように俺を見てくる。本当にそんなつもりは無いんだけど、情報も売ってるのか店長の目は真剣そのものだ。
俺が言いたくない理由は着火の条件が分からないからである。ライターはライターでもドロップ品でないといけないのか、それとも単純に火力が足りないのかもよくわからない。
レアドロップライターの火力は強い、チャッカメンの数倍は熱そうな火が噴き出るのだ。他に同じくらい火力が出る物なんて持ってないし、あるとしたらガストーチとかになるんじゃないだろうか? そんな物を用意してまで試す気は無い。
あとは異界からのドロップだから、異変で手に入れた恩恵の火でも点きそうな気もしている。それも試しようがない。なぜなら俺の恩恵は交換であって火を使える恩恵持ちの知り合いなんて居ないからだ。
けしてぼっちだからではない。
「そういう商売はちょっと……現物見つけて試したらわかるんじゃない? 俺も完全に把握してるわけじゃないし」
下手な情報流して恨まれるとかごめんである。店長やねーちゃんはそんなことしないと思うけど、世の中どんな逆恨みをする人間がいるか分からない。
なにせ人助けしただけで犯罪者呼ばわりされる世の中なのだ。未だにTの一部界隈では俺のことを窃盗犯だのイキリ野郎だのNTR野郎だなんだと言っている人が居るらしい。後半は特に訳が分からないけど、まだ実害が出て無いから無視している。
もし実害が出たらその時は山本のおっさんに頼もう。きっと喜んで引き受けてくれるはずだ。なんでも最近は張り合いが無いとかなんとか愚痴のメッセージが届いていた。異変後の会社関係でお世話になった人の連絡先は一応今もスマホの中にあるし、近況報告と謝罪が届いている。
謝罪は全部山本のおっさんの部下からだ。
「そこまで行けるハンターか、まだだいぶ先になりそうだな」
「人が増えてるんでしょ?」
人が増えれば異界の攻略速度も上がりそうなものだけど、あちこちの地方から少しでも人が多い都会に人口が流入しているらしいので、その中の何人か優秀なハンターが来てくれたら、江戸川大地下道の状況も変わるんじゃないだろうか。
「江戸川大地下道は不人気異界だぞ? 近場の人間以外こねぇよ」
「そっかぁ」
駄目なようだ。
俺も自分で今後の江戸川大地下道について想像して無理だろうなと思った口である。少しだけハンターが増えた様にも思える江戸川大地下道だけど、狙いは他より多く出てくるらしいスライムなのだ。
長い坂を下りた少し先にはたくさんの人がスライムを追いかけている。最近値段がまた上がったとかでスライムキューブ狩りは盛況の様だ。しかしさらに進むと人は次第に少なくなり、ジュース缶の危険性がある骨エリアの奥にはほとんど人影がない。
たまに大学生コンビとかも見るけど、その程度。自転車の音に気が付いたハスキー犬が手を振ってくる以外は、自宅であるマイホームテントに付くまで特にイベントは起きない。自衛隊が居た頃が懐かしく思える。
いかがでしたでしょうか?
江戸川大地下道はまだまだ変わりそうにないようです。
目指せ書籍化、応援してもらえたら幸いです。それでは次回もお楽しみに!さようならー




