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泡となり浮かぶ世界 ~押し付けられた善意~  作者: Hekuto


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第92話

 修正等完了しましたので投稿します。楽しんでいってね。



 動けない。


「姉ちゃん、そろそろ放してくんない?」


「……」


 無言、そして締め付けがきつくなった。


 それにしても死ぬかと思ったよ。まさか姉ちゃんが帰って来てるとは思わなかったけど、まさかまさか突然抱き着いてくるなんて夢にも思わなかったよね。しかもそこから締めあげられるとか、なんでそんな事したかはまだ何も教えてくれない。


「うーん……」


「もう少し」


 もう少しとのことだが、かれこれ一時間ぐらいこの状態である。


 窒息死寸前で姉ちゃんの背中をタップしてなんとか解放された俺は、そのままリビングまで引っ張って行かれてソファに座らされると横から抱き着かれた。


「もう少しって、もう一時間ぐらいこうしてるんだけど」


 リビングに置いてある大きな姿見に映る俺は足を揃えて固まっていて、横から抱き着く姉ちゃんの姿はコアラのようである。気のせいかリビングに飾られた無数の調度品が視線を逸らしているようにも感じられた。


「……あなたは、平気なの?」


「何が?」


「……全部」


 昔と変わらない蚊の鳴くような声が頭の後ろから聞こえてくるが、全部と言うと範囲が広すぎである。あと姉ちゃんが顔を俺の頭の後ろに埋めている所為で、吐息が首筋に当たって新しい扉が開けそうだ。勘弁してほしい。


「異変以降のこと?」


「そう……」


 とりあえず話が異変以降のことに絞れた。


 まぁ父さんも母さんも居なくなったし、突然姉ちゃんはこっちに戻って来たのであろうから心細かったのも分かる。ただまぁ、俺も生きるのに必死だったし次々問題は起きるしで最近ようやく色々気を回せるようになってきたくらいだ。


 平気と言うより余裕がなかっただけなので、俺の背中で顔をぐりぐりするのをやめてください。姉ちゃん今泣いてるだろ、俺の服で涙を拭くな。


「背中で顔拭くなよぉ」


「いや」


「幼児退行してない? まぁ作業服だからいいけどさ」


「……」


 ぐりぐりが強くなった。


 姉ちゃんが平気じゃなかったのは分かったけど、俺の作業着の背中どうなってるんだろう。あとで確認しておかないと、化粧とかしてたらだいぶ大変なことになってそうだけど、甘い匂いはしても化粧っぽい匂いはしてこない。


 しかし、こんな姉は珍しいというか、幼児退行してる姿なんて一度も見たことないな。


「まぁ色々あったから平気と言うか、平気な事にしたと言うか、考える暇もなかったからよかったのかな?」


「メモだけじゃわからない、話して」


 ぐりぐりが痛くなった。どうやら俺の返答に不服なご様子。


 確かに短いメモだけじゃよく解らないだろうなけど、そんなに怒るほどのことでも無いような、十分怒るに足る理由のような? でもその原因の一端はお姉さまにもあるんですけどね。


 あと暑いのでそろそろ放してほしい。


「話すのは良いけど放してほしいなぁ」


「いや」


 嫌だそうです。電子音が聞こえるから右側に目を向ければ俺を拘束している姉ちゃんの手にエアコンのリモコン、そして左腕に感じるおっぱいの湿度、どうやら姉ちゃんも暑かったようだ。なら解放してほしい。


「いやかぁ……どっから話すかなぁ?」


 どこからどう話すべきか、ここ数ヶ月で俺の身に起きた事態は実に濃厚である。


 涼しい風が頬に当たって気持ちがいい。エアコンの風量も上げたようだ。


「最初から全部」


「長くなるよ?」


 最初から全部となると劇場版二本分くらいにはなりそうだ。俺は別に予定があるようで無いようなものだから良いけど、姉ちゃんは良いのだろうか。


 俺としても短めに納めてしまいたい。たぶん二時間も話せば尿意が来るし喉も乾く。


「いい」


 いいんだ。


「話したくないこともあるよ」


「いい」


 話したくない事はカット出来そうだ。聞かせられない事や怪我の詳しい話を除けばだいぶ短く出来るかもしれない。


 いやまてよ? 羅糸は閃きました。話したくないことを話さなくていいのであれば全部話したくないことにしてしまえば何も話さなくて良いという事実に。


 流石俺ってば天才過ぎる。


「んじゃ全部はなさないたたたたた!?」


「だめ」


「なんと言うトラ挟み……いや、アイアンメイデン?」


 体の半分で上下に引き千切られるところだった。


 あとぐりぐりが頭突きに変わったんですが、アイアンメイデンはお気に召さなかったようだ。トラ挟みが良くてアイアンメイデンが駄目だという意味が解らない。拷問器具が嫌だったのか、罠なら良いのか我が姉ながらよくわからない人だ。


「……」


「はぁ、とりあえず異変の起きた日からかな?」


 動きが止まった。首筋に姉の鼻が押し付けられる。姿見越しで睨むのやめてくださいホラーすぎます。


「うん」


 ご納得いただけたようで姿見越しに視線を合わせるとそっぽを向く姉ちゃん。


 才色兼備でクールビューティーと近所でも評判の姉のとても珍しい姿だが、弟の身としては何時もより甘えん坊と言うか、幼児退行しているというか、とても珍しいというか初めてこんな姿を見たので対応に困る。


 後ろから痛くない頭突きが来たので、暑さ以外の変な汗が流れるのを感じながらこれまでの事を話し始めるのだった。





「てな感じで、明日はスライム爆破作戦予定だったけど、ずれそうかな?」


 ずいぶん時間がかかった。


 ある程度話すと納得してくれた、と言うわけではなく、俺のお腹が腹減ったと不満を訴えた音に気が付いた姉ちゃんがご飯を準備する為に立ち上がった事で解放されたのが一時間前ほど。


 逃げようかとも思ったけど、姉の無言の指示によりキッチンカウンターの椅子に座らされると三十分ほどそのまま話し、現在はダイニングテーブルに座って久しぶりに食べる姉の御飯を食べながらようやく全部話し終えたところだ。


「…………羅糸」


「なに? あ、この卵焼き美味しい」


 卵焼きが美味い。出汁と塩だけの卵焼きが白米とよく合う。ミートボールより少し大きいミニハンバーグと茸多めの野菜炒め、ホウレンソウの胡麻和え、これが30分である。姉の女子力の高さがうかがえるが、それよりこんなに真面ご飯を食べたのは温泉以来だろうか、とても温かい気持ちになる。


 病院食? あれは、良く冷めたご飯に冷たくなったおかず、温かさとはだいぶ遠かった。


「そう……お祓いに行こう。お金は出すから」


「よく言われるやつぅ」


 姉ちゃんの顔がガチで真剣な奴である。


 冗談とか一切なく心配しての言葉なんだろうけど、最近はもうこの運の悪さには諦めているところがあるので、何とも言えない気持ちになってしまう。


「可及的速やかに」


「でも意味ないと思うんだよね」


「どうして?」


 心の弱い人なら凍えてしまいそうな鋭い視線が丸くなる。基本的に姉ちゃんの顔は可愛い系だが真剣になればなるほど鋭くなるのでもう少し肩の力を抜いてほしい。


「だって大半が異変に関係することじゃん? 日本の神様も困るんじゃない? 神様もきっと異変で困ってるだろうし」


「……一理あるわね」


 おお、流石お姉さま理解がある。


 動画修正の話をしている時に大輔にも同じ話をしたけど、話したら百面相した後にそう言う問題かと頭を傾げていた。俺にとってはしっくりくる考えなのだ。


 部署違いで管轄外の仕事をやらされる神様の気持ちにもなれと言ったら大いに納得していた辺り、社畜と言う悲しき生き物の姿を見た気がする。


「だから今は強くなることに専念してると言うか、目指せ完全自立かな」


 運が悪ければその悪い運を吹き飛ばせるぐらいに強くなればいいのだ。実に脳筋な考えだけどこの世界の真理だと思う。この世界と言うのは異変の前からずっとと言う意味だけど、異変後の世界はその傾向が顕著の様な気もする。


 化物相手に力は最低限必要な交渉手段なのだ。あの骨とか骨とか骨とか、まったく拳を交える時の嬉しそうな顔と来たら……ムカついてきた。


「……フロンティアに行くつもり?」


「あぁ、それは少しは考えたけど化物が強いらしいからなぁ」


「……あまり危険なこと、して欲しくない」


 姉ちゃんはあまり冗談とか嘘はつかない。と言うか苦手な方だろう。寂しそうなその姿は見慣れた姿からは想像もできないけど、本心なのだろう。俺も危険なんて冒したくない。なるべく安全に、しかし楽しくなって来た未知への探求はもう止められない。


「つってもこうなっちゃったからなぁ……でもフロンティアは考えてないよ。海渡らないといけないんでしょ? 俺船酔うもん」


「そうだったわね」


 今度は珍しく笑っている。そんなに俺の船酔いが面白いのか、確かに昔止まらないゲロに姉ちゃんは心底心配していた記憶がある。あの顔は過去の黒歴史を思い出している顔なのだろう。


 くすくすと言った感じの笑い方が良くお似合いで……。


「まぁ姉ちゃんも元気そうでよかったよ」


 本心である。両親二人は信じるほかないけど、姉ちゃんの元気な姿を見れてほっとした。


「元気、そうね元気になったわ」


「父さんと母さんはどうせどっかで元気にしてるだろうし、少しは安心したかな」


「そう思う?」


 ん? 父さんと母さんのことだよね? うーん、正直言えば気持ちは半々だけど、真面目に考えてもあの二人が何も出来ずにいる姿は想像できない。姉ちゃんは違うのだろうか、少し心配そうにしている。


「元気だろ……どこにいるか知らないけど、あの二人が生き残れない環境ってあるのか? それこそ今頃フロンティア駆け巡ってるんじゃないかなぁ?」


「…………なにも否定できない。あの二人の事は私より羅糸の方が詳しいから、きっとそうね」


 普段全く感情が表情に出ない姉ちゃんが微妙に百面相する姿が見れるとは、今日は珍しい物が良く見れる日だ。


「振り回されただけで詳しくはないと思うけどな」


 あまりうれしくない評価を貰ったけど、半分くらいはあの二人の癖から逃げ回っていたお姉さまの所為でもあるんだが。最後の辺りはもうあきらめて俺だけ拉致してたし、まったく困った家族である。



 いかがでしたでしょうか?


 弟とは姉の犠牲になる者のことである。


 目指せ書籍化、応援してもらえたら幸いです。それでは次回もお楽しみに!さようならー

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