第82話
修正等完了しましたので投稿します。楽しんでいってね。
「ここまでは順調」
正確には比較的順調。
「ただ骨はなぁ……あいつら、あのタイミングの良さは絶対に順番待ちしてただろ」
順番待ち強化骨の存在は前から確認されていたが、ここのところはそれがより露骨である。あのユニーク豪華骨の後から増え始めたけど、初めての動画撮影から数日、完全にタイマン目的で集まった骨が居る。遭遇しても一人ずつしか構えをとらないし向かっても来ない。
「ほんと人間臭い動きするスケルトンで無限に疑ってしまう。俺はここからが勝負なんだから、今日くらい手を抜いてほしかった」
出鼻を微妙に挫かれた今日は、新しい化物が出ると思われる場所までやって来た。自転車は少し前に降りて置いてきた。何が出るか解らないので高価な物は全部避難である。調べたらあのカメラすごく高い。そんな高級品を大量に買う金があったら無理して働かなくていいんじゃないだろうか? 大輔も変な奴である。
変と言えば出現する化物の順番。
「東側と順番が似てるって事は、次はスライムだろうとは思ってるんだけど……何とかなれだな」
東側と逆なのかシンメトリーなのか、出現化物が似通っている西側。一番苦手なのが最後に北って感じだけど、これで最後だとして何があるのか、ホールの可能性は高いんじゃないかと思う。ゲームだと一定間隔で安全地帯を用意するものだ。
ゲーム脳と馬鹿にされそうだが、明らかにこの異界と言うシステムは作為的な物を感じる。そのくらいありえると思っても特におかしくはないんじゃないだろうか。
「ん? また地震か? ちょっと揺れたくらいかな?」
眩暈かと思ったら地震である。以前より小さな揺れだったからよくわからなかったけど、足元の石が少し揺れていたから地震だろう。
「揺れは治まったけど、なんなんだろうなこの揺れ? 外は揺れてないらしいし」
大きな地震は単純に怖いけど、小さな揺れは眩暈みたいで気持ち悪い。
「ん? 暗い?」
暗いのはいつも通りだけど、いつもなら見えてる範囲、前方の地面が真っ暗で見えない。もしかしてこの先もっと暗くなるのか? そうなると流石に懐中電灯の一つでも欲しくなる。
ほしく……なんだ? 何か違和感が。
「波紋? ……!? つぁ!!」
顔で風を感じて左腕に衝撃、続いて全身に、頭に、首に、視界が回る、手足に重力が、回る。
「ぐぅ……!」
痛い!!? 痛い、全身が痛い。何が起きた? 目を開けろ! 危険だ! 早く目を開けろ。
見えたのは顔の横にある地面、衝撃を受けた場所に感じる熱感、体が痺れて動かない。呼吸は? 呼吸は、出来る。大きく吸えば口の中が砂っぽい、少し土が口に入ったみたいだ。
「ぺっぺっ! ……くっそ、自転車置いて来てよかったぜ。なんなんだ……おいおい」
ゆっくりだけど体が動く。体を起こすと目の前に何が居たか分かった。これに気が付かなかったなんて流石に気が抜け過ぎである。いや、本当に気が付かなかったのか? スケルトンと同じ特性かもしれない。
「いやいやいや、スライムだろうとは思っていたけど。動かないな……射程外? 離れて歩けば……いやでかすぎる」
何メートル吹っ飛ばされた? 十メートルくらいか? いやもっとかも、 そんだけ離れても輪郭が分からないほどでかいスライムが目の前にいる。
動かずただ佇むスライムは闇、いやたぶん黒色のスライムなんだろう。目の前でスライムの体に波紋が発生しなければ全く分からなかった。暗かったのは地下道が暗かったんじゃなくて、そこに黒いスライムが居たからである。
遠くから見ればその表面にはゆっくりと波は立っているようだ。
「石でっ!?」
痛い!? ……やばい、左腕がパンパンに腫れてる。これは、たぶん折れてる。痛いし力が入らない、入れようとしても抜けていくし痛い、やばい痛い、でもまだ大丈夫な感じもしないでもない。でもぞわぞわとした不安が腕から広がって来る気がする。
最初の衝撃で逝ったか、生きてただけ御の字だと思っておこう。あれはあまりに不意打ちだった。体中が痛いのは受け身も取れずに地面を転がったからだろう。
「これは、また病院コースだ。とりあえず左腕だけ」
作業服のポケットに念のためと思って三角巾を入れておいてよかった。この手のなんにでも使える布やガーゼはサバイバル時で予想以上に役に立つ。母さんがそう言って植物を三角巾で搾って水を飲んでいたのを思い出す。
ありがとう母さん、左腕の固定に役だったよ。そんな事を言ったら泣きそうだけど、母さんって甘いんだか厳しいんだか分からないんだよな。
「そぅい! ……食った」
固定が完了すれば動けるうちに検証、大きく放物線を描いて飛んで行った石は食われた。
とても素早い動きで迫り出したふっとい触手でぱっくりと食べられたが、最初の攻撃が吹き飛ばしで本当によかったと思う。食べられたらもう終わってただろうからな。
「何度か試そう」
それから石を投げて検証し続けた。たぶん体が動くのは今のうちだけ、こういう大怪我は最初そんなに痛くない。そう言う風に脳は出来ているらしいのだが。
そんな事よりなんだこのスライム、いくら何でも厄介すぎるだろ。
「やべぇ腕が痛くなってきた。アドレナリン切れた? 冷静になって来たって事かな」
そんな事じゃなかった……これ左腕以外にもやってそう。幸い足回りは大丈夫そうなので、電動自転車の力全開で帰ろう。荷物も無いしバッテリーを気にしなければ結構早いのだ。
「動かないビッグすぎるスライムか、しかも黒いから輪郭が良く分からん」
自転車を置いた場所まで向かう間もスライムから完全には目を離さないが全く大きさが分からない。体中が痛い所為で集中も出来ないから考えても意味は無さそうだ。
「でも動かないならアウトレンジで行ける? いや、食うからな?」
自転車に乗れば後は右のハンドルに取り付けてある電動アシストの出力を最大まで上げて走るだけ、化物は全部無視だ。槍と盾を放り投げて少し寂しそうにしている骨も無視である。
「足元は横薙ぎの巨大鞭、高い所の攻撃は喰う」
石を投げてわかった事はそれでけ、とりあえず近付いて戦う相手でも無ければ交換が聞く相手でもない。腰から下が無事な理由は革帯のおかげだろう。これが無ければ最悪動けず死んでいたまである。
「あとは何に反応するか……これならまだ倒せそうだ。こっちにはアレがあるからな」
そう、こっちにはアレがある。日本の法律など通用しない異界だからこそできる戦い方だ。問題はちゃんと使えるかだが、その辺は怪我が治ってから考えた方が良いな、頭が痛みで回らない。
「いつつぅ……とりあえず病院だ」
お腹に穴が開いた時に比べれば全然問題ないけど、痛い物は痛い。自転車が石を踏んで跳ねる度に全身が痛む。あのユニークスケルトンには感謝するしかないな、今度遺影でも飾って拝んでやろうか? 写真でも撮っておけばよかった。
「素晴らしい、君は何て素晴らしいひけん……患者なんだ」
「今なんて言おうとした?」
だめだ、こいつの目はマッドの目だ。絶対今俺のこと見て非検体って言おうとしたな? 治験薬品を投与されているから間違ってないのが腹立たしい。だが今回は普通の治療だからな? そこんとこ理解してる? いや、理解してそうにない。
「んんん? さて分からないな? ところで、今回もドロップ治療薬を使うよね?」
「使わんが?」
ドロップ治療薬って名前なのか、それとも俗称なのか知らんが使わないぞ。すぐ直るのはありがたいが怪しいからな、お腹の傷跡も消えて無いし連続使用に不安がある。
「な、何故だね!? アレを使えばすぐに完全に治るのだぞ!」
「たけぇよ、骨折だろ? 固定して治るだろ」
その分高いんだよ、治験なんだから寧ろ俺が金払ってもらいてぇよ。先を急ぐ身ではあるけど命を粗末にするほど生き急いでいると言うわけじゃないんだ。
だからその血走った目をこっち向けんな。
「しかしだね? どう考えてもコスパが良いと思わないか?」
「コスパ良くても払う金が無いんだからそれ以前の問題だろ……」
確かにコスパが良いと言えば良いかもしれないけど、それはお金がある人の理論である。すでに十万の借金状態である俺にとってはなるべく安い方がいい。骨折の治療ならまだ普通に治療した方が安いだろうし、その間も稼げないわけではないので無理に高額治療薬品を使う必要はない、と言うか財布にお金がないのだ。
「ぐぬぬ、ならば私が肩代わりしよう! どうだね良い話だ利子もいらないし最悪返せなくてもかまわん」
「なんでそんなに?」
こだわる理由は何だ? いや元が100万超えるらしいから儲けになるんだろうけど、何か違和感がある。
「……ふぅむ、君なら良いか」
「ん?」
「この治験薬のデータは今後必ず必要になって来るんだが、どうしてか受けてくれる人が少なくてね」
ずいぶんと真剣な表情で話し始めたけど、なんで俺なら良いんだ。よく怪我するからかな? それとも別の理由があるのか。それにしても今後必要になるか、もしかして量産体制が整って一般販売も視野に入ってるとか? それなら少しでも多くデータは欲しい所だけど、それだと俺は関係ないな。
「それで無理矢理?」
「前回の事について悪意はない。必ず助けたいと思った故の行動だ……望月さん、いや羅糸君の懐を痛めてしまったのは申し訳ないと思っている」
むむ、そんな事言われたら信じるしかないじゃないか。しかしそんなにこの治験薬使う人間は少ないのだろうか? 使いたくないと言ってる俺が言うのもなんだけど、お金持ちだったらいくらでも払うんじゃないだろうか? かなりすごい薬なのは事実だし、どうなんだろう。
「俺以外にも使う人いないの?」
「居はするが少ない、それに条件と言うものがある。今の君は私が欲するデータの条件に合致しているんだ」
どう合致しているのか分かんないけど、是非とも使いたいと言うのは見ればなんとなくわかる。たぶん誰だってわかるくらいだろう、何故なら今その顔はまったく見えないくらいに下げられているのだ。直角どころか鋭角である。
あと、この人の俺を見る時の目にどうにも違和感があるんだよな。もしかしてどっかで知り合っていたとかあるのか、変に親し気な感じがする。
「……どこかであったことあります?」
「……いや? この病院で会っただけだと思うよ?」
顔を上げればキョトン顔、小首をかしげてさも訝し気と言った表情だ。あと、お医者さんの後ろから入って来た女性の看護師が顔を赤くしているが、何故そんな顔をしているんだい? お邪魔でしたかじゃないんだよ仕事しろ。
いかがでしたでしょうか?
病院での治療から始まるラブロマンスなんて無いのである。
目指せ書籍化、応援してもらえたら幸いです。それでは次回もお楽しみに!さようならー




