第76話
修正等完了しましたので投稿します。楽しんでいってね。
「あぁ‥‥‥染み渡るぅ」
ただいま私、銭湯に居ます。なんでかって? それには山より深く海より高い理由があるのだ。
うん、欲望に負けてシュール缶バッタ狩りに言ったからだね。
やっぱ慣れたと言ってもあの臭いを鼻に残したまま一日過ごすとか無理無理、しかもシュール缶バッタ狩る為にお昼もほどほど、その後たっぷり晩御飯食べるとしても銭湯でリフレッシュしないと無理、臭い。
ただ、収穫は素晴らしいの一言に尽きる。今日の晩御飯が楽しみだ。
「んー……少し傷跡が残ってるな」
お湯に浸かりながら何気なく左わき腹を撫でると、小さな凹凸を指先に感じた。最近出来た男の勲章と言うやつだが、ちょっとこれがおかしい。
「火傷の跡とか全然ないのに、穴の跡は残ってるとか、薬の量をケチったか?」
薬の量をケチると傷跡が残るかどうか知らないけど、医者も最後に傷を見た時唸ってたし治りが悪いのは事実なのだろう。火傷の跡はどこにもなくつるつるなお肌に戻ったからこの違いは別の要因なのだろう。
そう言えばムダ毛が少なくなった気がするけど、もしかし毛根死滅した? 髪は大丈夫か? ちょっと心配になって来た。
「ふぃぃ……」
なんだか気になって風呂から上がってしまった。頭を拭くタオルの勢いも幾分いつもより控えめになった気がする。あまりに気にし過ぎても良くないが、例の高級治験ドロップ薬品はハゲにも効くのだろうか? 効くとしたら今より値段が跳ね上がったりしそうだ。
「まぁ今回は補助なしで10万ならまだ良い方なんだろうけど、高いなぁ……」
高いよなぁ、いや普通に考えたら死にかけからあっと言う間に復活できる薬品が10万というのは破格とも言えるわけだけど、それでも貧乏人がほいほい使える薬ではない。今後の状況次第ではどうなるか解らないし、似たようなドロップをどこかで見つけられたらいいな。
「なるべく怪我はしないようにしないと」
しばらく大怪我はごめんである。
だからと言って小さい怪我もしたいわけではないけど、ここのところ骨との格闘戦ばかりで結構打ち身が酷かったのだが、それも治っているのはありがたい。打ち身も数が増えると地味に苦痛なのだ。
「あぁ体が沈み込むぅ」
今日も銭湯のソファーは座り心地抜群である。手に入れられるならマイホームテントにも一台欲しい所だが、流石にこのソファーを自転車に積んで異界に入るのは無理だろう。こういう時に空間魔法がストレージとかアイテムボックスの恩恵だったらよかったのにと思う。
「ふぃぃ……」
「あの」
「……」
目を瞑れば気持ちよくて周囲の声が遠のいていくが、何か呼ばれたような、正面から熱い視線を感じる気がする。暗い異界で戦っていると感覚が鋭敏化するのだろうか、それともただの自意識過剰か、とてもきもちいい……。
「寝てます? あのぉ」
「おん?」
「あ!」
ぼやける視界一杯に何かが見える。これは顔、しかもおっさんとかおばさんではなく若い女の子? 驚いた声を上げているが離れるそぶりを見せないな。
……見覚えがあるんだが、遠くでババア共の歓喜の声が聞こえた気がした。
「んん?」
今度は目と鼻の先に突き出される何か、これは瓶に入ったコーヒー牛乳ですねわかります。最近のやつは紙の栓に取っ手が付いてるので開封用の使いまわし針は要らない。とっても衛生的である、取っ手だけにね! ……寒くなって来たな、ところでこのコーヒー牛乳さんは何事だ。
「あの、その……この間のお礼です」
「え? あ、うん……ありがとう?」
「どういたしまして!」
お礼、お礼……良く見たらその声、お主は我が友、牛乳少女では無いか、いや友達ではないと思うけど、寝惚けていたようである。ところでお礼って何? 特に何かした覚えはないんだけど、とりあえず受け取ったけど、視線を感じるな。
「「……」」
なんだか気まずいんですが、とりあえずコーヒー牛乳貰ったみたいだし飲むとするか、温くなっても不味いしコーヒー牛乳は鮮度が命なのだ。
あ、隣に座るんですね。なんで君はそんなに距離が近いのかな? おっさんならよく居るけど、女子学生のトナラーとかいるんだ。俺は通報されないかドキがムネムネしてくるのでもう少し距離をとって欲しいと思います。
「あの」
「ん?」
「お仕事は、順調ですか?」
お見合いか何かかな? その会話デッキはどうなんだろう。思わずコーヒー牛乳が変なところに入るところだ。もしかしてこの間のこと気にしてるのか? 気にしなくていいのに。
「んー……微妙かなぁ」
「びみょう?」
想定した返事と違うのかキョトンとした表情でこっちを見てくる牛乳少女。今日も牛乳を飲んでるけど、今の状況的に絶好調ともぼちぼちとも言えないよね。嘘ついても良いけど、つかなくていい嘘を言い始めたら人間は終わりだって父ちゃんが言ってた。
父ちゃんはよく嘘を言ってお母様に殴られてたから、アレが反面教師の背中なんだと思っている。
「んーちょっと怪我しちゃってねぇ。今日も湯治感覚で銭湯に来てみたんだよ」
「大丈夫なんですか!?」
おっとびっくり。そんなに大きな声だすほどの事かな、死にかけはしたけど。
「体はまぁ大丈夫だけど、財布がやばいよねぇ」
「……」
あ、すっごく心配そうな顔ですが、その顔はお金が無くてひもじい思いを経験した者の顔ですねわかります。
「そんな心配せんでも、銭湯来れるくらいには大丈夫だよ」
「そうですか……」
すぐにほっと息を吐くが、この娘はころころと表情が変わって面白いな。前回はそんなこと無かったと思うけど、やっぱ家出中で気でも張っていたのだろうか? あのおばさんが言うにはちゃんと家に帰っているそうだが、今も背後の畳スペースに奴らの気配を感じて若干不快である。
「まぁ最近ドロップの買取価格も高騰してるし、やりやすくはなってるのかなぁ?」
「そうなんですか?」
「うん、ただ俺が狩ってる化物のドロップはまだ良く分かって無いのが多くて微妙でね」
「……」
大して面白い話でもないのに食い付いてくるじゃないかお嬢さん。何やら考え込んでいるけどこちらの道は割と人の正道から踏み外した位置にあると思うのでお勧めはしないぞ? おすすめはしないけど、別に親戚でも家族でも無いから止やしないけどな。
人間自由が一番、俺はそれを社会で学んだんだ。そんな俺が自由を求める者を止める事なんて出来るだろうか、いや出来ない。
「俺は別に止めたりしないけど、安全第一だよ」
「え?」
ちょっと、いやだいぶんびっくりした顔してるね。そんなに俺って勘の鈍そうな顔をしているだろうか? ええ、そんなに勘は良くないです。なんだったら大輔より悪いのでだいぶ悪い方じゃないかと思っている。
よし、あとで大輔に暴言スタンプを送っておこう。
「あとこれお礼ね」
「え?」
そして立ち上がりざまに財布から取り出したフルーツ牛乳無料券を全部渡す。人は突然渡された物を思わず受け取ってしまう習性があるのだ。ふははは!! かかったな牛乳少女、今日からお前はフルーツ牛乳少女だ。これで要らない無料券も処理できたし余は満足である。
「それじゃね」
「あ、はい……」
そして颯爽と、そそくさとその場を後にすればミッションコンプリート。これ以上ババア共に無駄な養分をやる気はない。
チラリと畳スペースを見たら不満そうなババア共が肌をつやつやさせていた。ちょっと気持ち悪い。
「あのババア、何故フルーツ牛乳ばかり……」
だからなんであのおばさんは俺より先に駐輪場に居るんだよ。そしてなぜフルーツ牛乳の無料券、さっき処理したばかりなのに忌々しい。まぁ貰えるなら貰っておくけど、決して怒気をはらんだ笑顔に負けたわけではないんだからね! ……もしかしたら瞬間移動じゃなくて読心術系の恩恵かもしれないな。
それじゃ、先回りは素の身体能力!? ……恐ろしいババアだぜ。
「まぁいい! 今日は缶詰パーティーだ!」
とりあえずあのおばさん共の事は忘れよう。今日は最高の収穫だったんだ。乗っているのは自転車だけど、これが漁船なら大漁旗を上げてるところだ。
「しかも、たぶんレアな金色缶詰め! 絶対美味い奴! でかい!」
想定はしていたけど本当に出ると嬉しい金の缶詰! ただの色違いじゃなくて明らかに豪華な絵柄だったので期待が持てる。
「クエって魚は良く知らんけど、きっと高級なんだろうな」
書いてあった名前はクエ、絵も描いてあったけど結構ごつかった。食べたこと無いからどんな味かはさっぱりである。
帰って一休みしてご飯、考えただけでペダルを漕ぐ足に力が溢れるが、御供はどうするか……。
「…………塩だな」
うむ、やはり美味い魚を食べるなら米はシンプルなほど良い。そうは思わんかね残暑の陽射しよ? もう少し手加減してほしい、折角お風呂に入ったのに汗を掻きたくないのだ。
「……ほぉぉぉぉ」
これがクエ、煮付けだと言うが先ずにして缶の大きさが売ってある缶詰めとは違うし、中もぎっしりだ。
「すげぇ」
だからと言って魚の身がぎゅうぎゅうに詰められて缶の形に変形しているわけでもない。何というか、作りたての煮付けを缶の形に切り抜いて、そっと丁寧に入れた様な印象だ。特別丁寧に運んだとは言ってもカーゴに入れて土道でガタガタ揺らして持ってきたので、魚の身が崩れていてもおかしくないのに綺麗なままだ。
そう言えば今まで食べた缶詰めも、みっちり詰まっていたわけでもないのに身が崩れていなかった気がする。ドロップ品のファンタジーな謎技術だろうか……。
「うま味がすごい。ご飯が、お握りが進む! うまい! ……うまい!!」
うますぎる! なんだかよくわからんがうますぎる! 一噛みごとにうま味が溢れる! 何でもない塩おにぎりの米が何倍にもうまく感じる! そして米と合わせればまた美味い! 美味い! これが金の缶詰の実力か。
「……こんな美味い魚くったことねぇ」
なんだこれ、汁まで美味くてあっと言う間に食べてしまった。行儀が悪いが缶の中に残った汁を舐めたいとも思うが、缶の縁で舌を切りそうだから止めとこう。
「おにぎりが進みすぎる……」
多めに買ったおにぎりがもうない。おかしい、5個は買ったはずなのにもう5個目に手を付けている。
「……やっちまうのか? 本当にやっちまうのか?」
やっちまった。もう引き返せない。あとでEマネーを缶詰で補充しないと、ニ十個の塩おにぎりの代金は痛すぎる。塩おにぎりだけで1250Eマネー、日本円にしたらどのくらいの価値になるか、考えたくないな。
クエの煮付けゴールデン缶、汁をおにぎりで拭ってまで食べてしまったが、美味かった。だが、食べれば食べるほどに食欲が増して仕方がない。
「はぁぁ……次は、銀のウナギ、行くか」
次に取り出したのは銀の缶詰、しかもウナギだ。これ一個で買うならお札がいるんじゃないだろうか、平べったくて細長い缶詰めはよく見るけどサイズが違う。
「おおぉぉ」
凄い、開けたらかば焼きが綺麗に収まっていて身が全く崩れていない。しかも缶の形に変形しているわけでもなく、お高い鰻丼の上のふっくらとし丘陵の様な身である。見ただけで分かる身の厚みに甘辛いタレの香り。
「う、うまい! 溢れる油! タレのうま味! ほくほくの身! 仄かに香る山椒が鼻を抜ける!!」
こんなの食った事がねぇ! 夏に一度は食べてみるコンビニウナギと全く別物だ。身は厚いしふっくら柔らかくそれで言って噛んでる満足感がある。何より今まで感じたことが無いこの油、口の中に広がって蕩けるような油はさらりと消えて喉の奥に流れていく。そして鼻から息を吐けば鼻腔を擽る山椒に香り。
「うまい! こりゃうまい!」
もう美味いとしか表現できなくなってくる。何かやばい薬でも入っているのだろうか、もしそうだとしても俺は後悔はしない。前食べたやつより美味しいんだけど何でだろう。
「シュールストレミングバッタ、お前は最高の化物だよ」
もうあいつの居ない生活なんて考えられない。とまでは言わないが、今後はなるべく狩って行こうと思う。問題は臭いだけど、その臭いを我慢して銭湯のお世話になる価値は十分ある。
「くぅっ!! 抗えない、箸が止まらない。買っちまうのか? いいのか? Eマネーが減っていくぞ?」
あれだけあったおにぎりがまたしても消えてなくなった。そして開けられた缶詰も増えている。おかしい? 俺は何時の間にこんなに食べたんだ? 誰か一緒に食べてる? と言うか良くお腹に入るな……パンパンだけど、体はまだ食事を欲している。
「いや、これも身体の為だ! そう、良い事だ! 塩おにぎり追加だ!」
明らかにおかしい、明らかにおかしいのだが、Eマーケットでおにぎりを買う手が止まらない。そして追加の缶詰を開ける手も止まらない、まるで何かに操られているようだが、俺には抗う術がなかった。
いかがでしたでしょうか?
羅糸は暴食の呪いに掛かったようです。
目指せ書籍化、応援してもらえたら幸いです。それでは次回もお楽しみに!さようならー




