第75話
修正等完了しましたので投稿します。楽しんでいってね。
「なるほど、これが特需効果か」
翌日も朝早くから、サステナブルマーケットに残っていたガソリンを搔き集めて、早朝ガソリン配達に行って帰って来たら、異界が人で賑わっていた。
昨日もそれなりに多いなと思っていたのだが、今日はさらに増えた気がする。あちこちで起きた独立宣言以降、会社の倒産も劇的に増えたらしいから、空洞化した安全な都市部への人口流入とか色々起きてハンターも増えるだろう。
と言うのは店長の談である。よくそんなことわかるよな、絶対仄暗い仕事もやってると思うんだよなあの人。でも店長の話しで分かる部分もありはする。
「ガソリンはそこまでじゃないけど、スライムなんて何倍だって言う値上がりだし、仕方ないのかなぁ」
昨日の今日でスライムの値段が更に更新されていたのだ。あれだけ上がればまぁ鼻の良い人なら動き始めるんじゃないかなとは思う。
どうせならガソリンも大幅値上げしてほしい所だけど、ガソスタの価格が今は1リットル300円らしいので今以上の値上げは無理だそうだ。と言うか昨日俺が帰ったあと、ねーちゃんがぶちぎれて愚痴を言いに来て、俺のガソリン供給をべた褒めして帰ったそうだ。
店長に感謝された。珍しい事もあるものだ。
「おっとと、あぶない」
重たい自転車は坂道を降りる時が一番気を使う。坂道を押して上がる分にはそうでもないけど、押して下りを降りると中々にこれが重い。かと言って地下道の入り口の坂道を自転車に乗って降りようものなら人身事故待ったなしである。
安全運転は大事、調子に乗った先は地獄なのだ。大輔が車で田んぼに突っ込みそうになった事があるらしく、田んぼに落ちていたらとんでもない賠償金払う事になってたぞと農家のおじさんにこっぴどく怒られたと言う話をしてくれた事がある。
お金は大事、とても大事。
「……ずいぶんカジュアル装備が多いけど、俺もあまり人のことは言えないか」
下まで降りれば右を見ても左を見ても人人人、坂道に腰を下ろして休憩している若者たちも見かけるが、今日は休日だったかな? 最近曜日の感覚が薄れてるんだよな。
ふらっと山登りに来た人が一番近いくらいにカジュアルである。ボディーアーマーを付けている人なんて誰一人いない。エコバック片手に武器は長めのメイスっぽいのが多いので、たぶんB級が多いのかな? 対スライム装備って感じだ。
「みず! 早く水を掛けて!」
「いてぇ、いてぇよ……」
自転車をゆっくり押しながら奥に進めば時折悲鳴が聞こえてくる。
「あースライムかぁ、殴っちゃったか」
今回の悲鳴はスライムに腕を焼かれてしまった人が居るようだ。ちらっと見た感じ、飛び掛かって来たスライムを腕で払ったか殴ったと言ったところか、スライムは最弱扱いされているけど、触れば薬品火傷を引き起こすので割と危ない。半袖なら当然として、長袖でも薄手の布地ならすぐにボロボロになってしまうんじゃないだろうか。
「ひぇ!?」
また悲鳴だ。
悲鳴の聞こえた方向に目を向ければ逃げてくる男性が二人、明らかに普段から体を動かす事のない様な二人が息を切らせて走ってくる。彼らの奥には複数人の人影、いやスケルトンと人だな。
「ちょっと逃げんな!」
「やばいって!」
「複数スケルトンとは珍しい……誰も見てない。うーん、困ってそうだしたすけるかぁ」
すでに怪我していても、安全に治療している人間に駆けつける必要はないが、目の前で怪我しそうになっているなら仕方ない。これだけ人が多いと警備の人も大変そうだしね。
距離は少し離れているので自転車に乗った方が早い。片足をペダルに載せて地面をけるとアシストを最大まで入れる。電動の便利なとこだ。すぐに逃げて来た男性二人とすれ違い何か見られたけど気にせず囲まれた人たちに接近、自転車のアシストを切って降りるとそのままの勢いに乗って駆け出す。
これが二輪なら倒れてるところだが三輪なので転倒することはない。良い買い物だったと今更ながら思う。
「殴った方が早いか」
あまり人前でステゴロは止めておいた方がいいんだろうけど、交換を使うまでも無いし、最近は強化骨とやり合ってるせいで多少の刃物には恐怖を感じなくなってきた。あまり良い傾向とは言い難いが、今は関係ない。
気が付いた骨が振り上げていた腕をこちらに向ける。だが遅い! 遅すぎる! 強化骨はもっと早かった。
「いや!?」
俺が急に視界に入った所為か、驚いたような叫び声が上がるが気にしない。
骨が振り下ろそうとした腕を走り込みながら払い上げ、払うのに使った右手をそのまま引き絞り、正拳突きのような形で骨の胸に突き込めば砕けて腕に纏わりつく骨片。すぐに引き抜き斜め前方にステップする様に踏み込む。
「え?」
踏み込めば目の前には腕を振り上げた骨、そして背後に女性。どうやら女性二人の様で、背後の女性は尻餅をついた状態で長めのメイスを振り回していたようだが、それで叩かないでほしい。
倒れた仲間を立ち上がらせようと無防備になっていた女性を守る様に前に出たのだが、二人が動く気配が感じられないので、ここはさっさと狩ってしまおう。ステップの勢いを載せて平たく伸ばした手で普通のスケルトンを袈裟切りにする。痛みはなく、骨は砕け、鎖骨、肋骨、胸骨を砕き切る、その衝撃で背骨まで砕けたようだ。
カルシウム足りてる? 思いのほか脆かったけど、俺も強くなったのか、感覚がマヒしただけなのか分からん。
「うわ!?」
「怪我は無い?」
叫び声が聞こえたので振り返れば二人して転倒している。何が起きたのか分からないけど、こんなところで抱き合って百合の空気を醸し出しても、おじさんがドキドキするだけなのでやめてほしい。
誰がおじさんじゃい! の勢いで最後の一匹の肩に裏拳の様に手刀を叩き込めば肩と肋骨が砕け、その勢いで首も折れる。やっぱりカルシウム足りてないんじゃないだろうか。
「……す、すこし」
頬から少し血が出ている。高校生だろうか、ずいぶん若いが女の子が顔に怪我したのなら一大事だ。すぐに衛生兵が必要だな。
「なら今日は一度帰りなさい。管理所に行けば簡単な治療はしてくれるらしいから」
「ありがとう、ございます」
支え合って立ち上がる女性二人に興奮する内心を押し込め、努めて大人っぽく声を掛ける。
高校生くらいの子から見たら二十代以上の男はみんな大体おっさん(イケメンは除外される)、しかもスケルトンを殴り飛ばす暴力的なおっさんなど警戒対象でしかないだろう。怯えられたら俺が傷つくのだ。男の心は存外傷付きやすいので注意してほしい。
「焦らずにな、こいつら大して動きは早くないから」
基本的に焦らなければスケルトンは複数であっても逃げられない相手ではないのだが、どうしても急に現れるスケルトンの特性が関係してるのか焦る人が多い様だ。
黒い塵が消えたのでドロップを拾い上げる。特にいつもと変わらない骨キューブだ。
「あと、はい」
俺はいらないので女子高生だと思われる二人に渡す。制服ならわかりやすいのだが、私服だとパッとした見た目でしか分からないけど、二人が初心者であろう事は何となくわかる。一回やれば大体慣れるので、いくら複数の骨に囲まれたからと言って敗走することなんてないはずなのだ。
「え? えっと、良いんですか?」
「持って行きなよ、今値段上がってるらしいし」
「でも……」
やはり見知らぬおじさんからの施しは嫌な物なのだろうか、なかなか受け取ってくれない。残りのドロップも拾い上げてから、纏めて放り投げるように渡すと慌てて受け取ってくれた。と言うより受け止めたと言った方が正しい。
イケメンなら手を取って握らせるところだろうが、俺がやったらきっと通報されて警備員の女性にドロップキックされる。退院して戻って来た日は、異界に入った瞬間目が合って走って来て心配されて小言も貰ったので、そのくらいのアグレッシブさは備えてると思う。
「俺はいくらでも狩れるからね。帰りはもっと中央を歩くんだよ」
「ありがとうございます!」
一声かけて自転車を取りに歩き出せば後ろからお礼の声が聞こえて来た。ずいぶんと元気が良いお礼でびっくりしたけど、ちょこっと振り返って小さく頷いておく。別に照れてない、わけではないのでさっさと自転車を回収して帰ろう。
「うむ、まるでベテランみたいだ。それにしても手刀か……有りだな」
拳で殴るのも良いが手刀と言うのも非常に使い勝手が良かった。切って良し、払って良し、突いて良しでリーチも僅かに長くて俺にぴったりである。よくよく考えたら俺がおなかに開けられたのも手刀なのだ、あの時拳で殴らず手刀で突いていれば僅かな差で腹も刺されなかったかもしれない。
練習してみよう。何せ俺のおてては最強なのだ。痛みに怯えることはない。
「でも骨相手だと攻撃カ所が限られるな?」
肉の体があるならどこに攻撃しても意味があるけど、スケルトンは頭を潰さないと行動不能とはいかない。まぁ胸や腰を砕けば動気が鈍くなって塵になっていくけど、少しでも楽に狩るとなる首かなぁ……難しいな。
「よいしょっと」
拳での戦い方考えながら自転車で走る事数十分、マイホームに帰って来た。途中で缶バッタと一斗缶に遭遇したけど問題なく撃退、収穫は割れメタル二つにガソリンタンクが一つ。ガソリンはテントから少し離れたガソリン置き場に置いて、割れメタルは作業スペースとなっているブルーシートの上に重ねて置いておく。
うん、散らかってるな。
「…………少し強くなったかな?」
一息ついたらついさっきの狩りを思い出した。
救助のために戦った骨だが、あまりにスムーズに狩れてしまったのを今更ながら不思議に思う。強化骨との格闘経験が活かされていたのか、やけに体が軽く動いた気がするし、戦っている時に頭がクリーンな気がした。
あれは残業中たまに起きる謎の超集中タイムと似ていた気がする。
「しばらくは慣らしつつ、ガソリンで稼いで缶詰生活だな」
まぁ調子に乗ってもしょうがないし、お金も無いので先に進む気にはならない。
たぶんもう少し頑張れば骨エリアを抜けそうだけど、急ぐと言っても余裕を持てないほどじゃないのだ。安全に進めて行こう。
「外も少しは涼しくなってきたとは言え、まだ暑いし風呂は日が落ちてからか」
まだ午前中だがやることが無くなった。ガソリンを狩りに行ってもいいけど、今からだと微妙に時間が悪い。流石に怪我したばかりだから無理せず三食しっかり食べていく方針でいる、今から狩りに出かけたら気分が乗って昼が遅くなりそうだ。
お腹はもうそんなに痛くないし体の動きも良いけど、どこか体の芯の部分が怠い感じがするので絶対無理はしたくない。となると、やるべきことは一つ。
「よし! 缶詰だ!」
そう、早めのお昼御飯だね! 朝ごはんも今日はほどほどにしたから缶詰で豪華なお昼ごはんにしよう。
どうしても動く前にたくさん食べるとお腹が痛くなるのだ。仕事していた時も満員電車でお腹痛くなるのが嫌で朝ごはんは出勤してから食べていた。決して朝早く起きて食事の準備が出来なかったわけじゃなく、早めに出勤して優雅に菓子パンを齧りたかっただけだ。
尚、早く出勤してもその分は残業代に反映されない、働いたとしても反映されない、控えめに言って糞である。
「どこかの怪盗も血は肉を食えば良いと言っていたし、明日狩ってくるか」
魚肉でも肉は肉、しかも割と高級で健康的なのだから、狩らない理由はないのだ。待っててねシュール缶バッタ、君の熱いハグを殴り返してあげるから。
いかがでしたでしょうか?
シュール缶バッタは羅糸の血と肉になる運命なのだ。
目指せ書籍化、応援してもらえたら幸いです。それでは次回もお楽しみに!さようならー




