第71話
修正等完了しましたので投稿します。楽しんでいってね。
「装備確認ヨシ! フライパンも大丈夫だな」
江戸川大地下道のホール東地下道入り口前で声出し確認するぼっち、若干悲しくなったが確認は大事。いつもの青い作業服の上下に軍手、スニーカー、自転車の中の取り出しやすい場所にフライパンをぶら下げている。
自転車で移動中に突然化物が出てくる場合もあるので、咄嗟に手に取れる場所にフライパンを置いておくのは重要である。今となっては缶バッタくらい自転車に乗ったまま撃墜できるが、出来る事ならそんな曲芸はしたくない。
「大目標はあると思う次なる安全地帯、中目標は風呂トイレ付き物件、小目標はたぶん次の化物だろう骨の調査だな」
今日の目標は新しい化物、予想と違っても予想通りでも短時間の調査で終わらせる予定だ。何事も新しい事と言うのは思った以上に消耗するもの、間違ってもやったことない仕事を突然長時間やらせてはいけない。俺は会社からの無茶振りで学んだんだ。
「狩りやすい化物でありますように」
走る道は静かで自転車の走りは快調である。たくさんジュース缶シリーズを狩った甲斐があると言うものだ。
「くそ、あれだけ狩ったのにまだ出るか」
フラグを建ててしまったのかエリアの境目辺りで腹マイト缶と遭遇、慌てて交換して自転車から降りると手に取ったフライパンで撃墜。もう出ないだろうと気の抜けた瞬間を狙っての襲撃とか、人間臭すぎる動きにびっくりして心臓が痛い。
ダイナマイトの威力を知った所為か、こいつらに対する脅威度が跳ね上がった気がする。
「またダイナマイトが増えてしまった」
増えてしまったが、流石に化物の切り替え境界奥までは来ないのか、静かになった地下道で周囲を警戒しながら水を飲む。
水は当然Eマーケット品である。
久しくコンビニやスーパーでおにぎりと飲料水を買っていない。最後に買ったのはここに住むことになった日に念のために買ったのが最後である。もう買う場所も少なくなっているので当然と言えば当然なんだけど、原料不足で飲めなくなったジュースなんかもあって少し寂しい。
Eマーケットの水が安ければお風呂用とかシャワー用とかに使えるんだろうけど、たぶんこの水はコンビニで買うより価値が高いと思う。
「ふぅ、それじゃ行くか」
飲みかけのボトルは自転車のカーゴに放り込み、代わりにフライパンを手に取り一振り、気合を入れる様に振って前に一歩踏み出す。この歩き始めは何時も緊張の所為か重く感じる。
「ドラム缶みたいなのが出ませんように」
薄暗く静かな空間で独りぼっち、緊張すると余計に身に染みる感覚に独り言が増えるのは、広い会社のオフィスでぼっち残業をしている時に近いだろうか? それ以上に広く天井の高い地下道では呟きでもしないと寂しい。
「……むぅ。心臓がうるさい」
進めば進むほどに化物は強くなっている事を考えると、この先にはさらに強い化物が居るわけだ。緊張しても仕方ない、仕方ないがちょっとこれは緊張し過ぎだな、適度な緊張は良いけど、ちょっと立ち止まって落ち着こう。
深呼吸でもするか……うん、落ち着いた。いつもの少し埃っぽい土の匂いがする地下道だ。薄暗いが全く見えないわけじゃない、あまりに広いから余計に暗く感じるだけ、地面と闇の境界線に気を付けて歩いて音を聴けばいい。大丈夫だ。
「!?」
音がする。耳を澄ませれば小さく音がした。
「……乾いた音と布擦れの音」
乾いた木のような音と僅かに布が擦れる音が聞こえる。落ち着くために立ち止まってみれば今まで気が付かなかった音に気が付く、運が良かったと思う。
音の出所は前方より少し左の壁側、今歩いているのが大体中央だから、ここも前回同様に中央だからと気を抜けない事になりそうだ。
「見つかったなこりゃ」
明らかに音が変わった! ゆっくりとした不規則な音が一定のテンポで近付いてくる。音はするけど姿は見えないので、ここの化物も感知範囲が広いタイプなのかもしれない。先手を取れないのは厄介なものだ。
「迎え撃つしかないよな」
右手はフライパン、左手は小石をぎゅっと握り締める。あまり握りすぎると小石が砕ける時があるのでほどほどに、ほんとこの手はどんな握力をしているのか知りたいとこだ。
うん、調子が戻って来た。
「……骨だ。もう少しで交換の?」
薄っすらと暗闇に白い人影が見え始める。骨だ。でも頭と手足くらいしか見えない。あれは今までの骨と違う。
あと急に立ち止まって何かしてる!
「なんかやばい!」
これはもう戦闘が始まってる。まだ交換の範囲じゃないから距離を詰めないと、何をするかまだよく見えないから分からないけど、動かないと不味い奴だ。
「っう! 投げやり!?」
走ろうと思い咄嗟に前に出したフライパンに槍がぶつかる。金属の穂先と細身の木で作られた槍っぽい。
でも武器が無くなったら次は近接、にならないだと!?
「一本じゃねぇのかよ!」
槍に気を取られているうちにもう一本飛んでくる。今度はちゃんと見えていたのでフライパンをしっかり合わせられる。とりあえず近付かないと防戦は不味そうだ。
「ちいっ! 交換!」
足下に気をつけながら走れば骨の姿良く見える。交換の距離にちゃんと入った様で、手に木の質感を感じたのと一歩遅れて石が転がって来た。どうやら突然槍と変わった石ころを投げそこなったようだ。
「紐? なるほど投げやすくするためか」
骨に駆け寄りながら左手の槍を見ると穂先とは反対の方に紐が輪にして結ばれている。どうやらこの紐のおかげで射程を伸ばしているようだ。投石用のスリングと同じ原理だろう。ずいぶんと古風な武器の様だ。
まぁそれでも殴って使えないわけではない! が、こいつ服も来てるし楯も持っている。どう見ても古代の兵士って感じだけど、兜を被ってないだけまだマシだな。
「盾が邪魔だな、てか何本持ってるんだよ」
こいつ腰に投げ槍を何本も抱えてたのか、他に見えないから今取り出したのが最後の一本だろう。盾を前にして腰だめに槍を持って今にも突き出そうと言う構えだ。今までの骨とは明らかに動きが違う。
「フライパンはいらないな」
ちょっと怖いがフライパンを後ろに放り投げ、ついでに左手の槍も離れた場所に放り投げる。そうすればすぐに槍を持って駆け寄って来るがもう遅い。俺の両手には腰のバッグから取り出した小石。
「その盾と槍貰うぞ、交換!」
点き出される槍は消えて俺の手元に、体を守る様に引いていた楯も消えて俺の手に、正直こんなことされたら絶望ものである。だが骨は気にした様子、いや少し戸惑った様に石を手から落として距離をとる。
戸惑ったのだろうか、今はすでに格闘戦の構えをとっているのか、手を緩く広げて足を前後に広げる様な態勢でこちらを睨んでいた。いや睨んでいる様に見えるだけだろうか。
「ふん!」
槍は殴る物、大輔がそんなことを言っていたが、間違ってないと思う。しかし当たらん。入り口近くの骨と違って明らかに動きが早い。あと使ってみてわかったけど槍は左手一本で振り回せる物じゃない。
やるなら盾は持たずに両手で扱った方がいい。なので盾を捨てる。でも拾われない様に離れた場所に投げ捨てた。
少し骨が驚いたような表情で盾に目を向けた気がする。
「はあ!!」
両手で槍を振るがスカスカのお腹を素通りして服を切り裂いただけで意味が無い。と言うか。殴っても突いてもスケルトンは骨だけでうまく有効打にならない。
こっちが槍を扱いなれてないこともあるけど、この槍は投げられるようにそこまで長さが無いのだ。片手で突けば当たりはするが威力は弱く、両手で切り払えば威力はあるがリーチがみじかくなる。リーチを伸ばせば穂先がぶれてうまく当てられない。
「つ、つよいぞこいつ!?」
槍の扱いが下手と言うのもあるが、この骨の動きが明らかに良い。その上で使い慣れない槍、まったく優勢になった気がしない。
「くっ! っそ! 動きが速くて槍が活かせねぇ!」
距離を放して槍を振り回してるから攻撃こそ受けないけど、化物が疲れないならこっちが不利だ。冷静に、もっと自分に有利な状況はどんな状況なのか考えろ。
息を整えるために槍を止めたらすぐに広げていた手を握り締めてこちらに駆け寄ってくる骨、休ませるつもりは無さそうだ。拳で、こぶし……。
「……拳に自信ありってか? いいぞ、こっちも拳には自信があるんだ」
そうだよ、なんで無理に槍なんて使ってるんだ。槍なんか使った事が無いんだから、槍使ったことある骨から有利獲れるわけないじゃん。まだ拳の方がマシだ。
それに俺の拳は最強なんだから、最初から考えるまでも無かったんだよ。それじゃ邪魔な槍はもういらないな。
「ステゴロで行こうじゃねぇか」
「クカカカカカカ!!」
「うおおおおおお!!」
殴る! 硬いが問題ない! 拳が飛んでくる、拳で受ければ問題ない。
打ち返す! 打ち返す! 打ち返す!! 止まらずとにかく手数を多く、骨は疲れなくても、俺の拳も壊れないんだからな! 壊れろ壊れろ壊れろ!
拳を拳で打ち返せば次第に拳はひび割れ、腕は砕け、そうなればもうこっちが圧倒的に有利。それまでに何発も顔やボディに受けても死ななければ相手は壊れていく。最後は顔をぶんなぐって膝から崩れ落ちる骨。
「…………」
「はぁはぁ……くそ、笑ってやがるな」
気のせいか、崩れ落ちてこちらに目を向ける骨が嬉しそうに見える。半分壊れた顎もカタカタ揺れて笑っているみたいだ。
「はぁ、拳以外ボロボロだぜまったく。なんか……今までの骨と違ったな、人間臭かった」
赤スライムとの交流の所為か、少し化物の気持ちを考えてしまっているのだろうか。
あまり良い事ではないと思うけど、少し緊張が、いやかなり緊張が抜けた気がする。おかげで疲れていても遠くから聞こえてくる足音を見逃すことはなかった。
どうやら連戦の様だけど問題はない。フライパンは邪魔にならないところに、攻略方法は分かった。近付いて奪って殴る。単純でとてもいい、燃やされたり爆発しないし殴られても即死はない。
ある意味缶ジュースシリーズより安全だ。駆け出せば相手もすぐに動き出す。
「はっ! そりゃ蹴りもありだよな!」
楯も槍も奪って殴り掛かれば蹴りが飛んできた。前蹴りと言うやつだが当たらなければどうと言う事はない。避けて殴ればいい。蹴りとかしない、大振りもしない、とにかく手数でせめて腕を壊す。
「避けなくても良いのかよ!!」
「!?」
片腕無くなれば十分、後は残った腕を殴って弾いて、その勢いで思いっきり顔を殴ればいい。そうすれば顎と首から骨の欠片が飛び散って膝を付く。まるでプレス機にかけて弾けるコンクリートブロックの様な音がするけどかまわない。俺の拳には傷一つ付いていない。
何でもプレスで壊す動画、嫌いじゃないんだ。ただ勿体ないと思うだけで、あんまり高価なものを壊すのは心に来るので、コンクリートブロックくらいが丁度いい。
「いっつ!? ……おらぁ!」
どのくらいたった? 1時間? 2時間? 次から次に骨がやって来てこれで5匹目か、これならまだ30分も経ってない気がする。でも数時間戦い続けたんじゃないかってくらい疲れた。
「はぁはぁ、くっそこれまでで一番疲れる相手だな……」
音はもうしない、最初に骨と遭遇した場所からほぼ移動してないんだから、近くの骨はみんな狩れたのだろう。
足下を見れば最後に殴り飛ばした骨の顔。
「おまえ、笑ってるだろ」
「カカカ……」
俺の言葉に答える様に少し残った下顎の奥歯と上顎の奥歯を噛み鳴らす骨。
そんな骨が急に動き出す。今までになかった行動だ。すでに黒い塵が出始めているのにまだやる気なのか、生きてるのか死んでるのか分からないがすごい根性だ。
骨が真っ直ぐこちらに腕を伸ばした。
「ん? それは敬礼か? 一般人はしないんだけど、ほれ」
残った左の片腕をまっすぐ伸ばして指もそろえる骨、どっかの国の敬礼と同じポーズに向かってこっちも警察や自衛隊っぽい敬礼を返せばあっと言う間に黒い塵となって消えた。
「……満足そうな顔なんだろうか。骸骨だけど」
塵と消えた赤い衣服の骸骨は何となく、笑っていた気がした。
「これでドロップは骨キューブか、割に合わねぇな」
残されているのは骨キューブ、今までの骨キューブより一回り大きい。正直割に合わないドロップである。
「……あぁでも、訓練と思えばありか? 刃物で刺されるよりはマシか」
槍と盾を奪ってしまえば基本拳なので刃物で切られて即死なんてことなない。かと言って骨なので尖っていて危なく、顔に当たれは出血するだろう。実際作業服はあちこち解れてしまっている。それに比べて一番酷使した拳はまったく損傷が無く、ちょっと気持ち悪いくらいだ。
「赤い布の服に投げ槍と一部欠けたような丸盾、どっかで見たことあるな? 父さんの持ってる本だったかな?」
骨の共通点を思い返せば父親の書斎が思い浮かぶ。
世界中から集めたらしい本が大量に置かれた一階の書斎。昔は二階にあったらしいけど、本やら資料の置き過ぎで床が抜けたそうで、それ以降は一階に夫婦の書斎と子供部屋に風呂トイレ、二階にキッチンとリビングと言う変な家になったらしい。
昔それでいじめられたことがあるので良い思い出ではない。
いかがでしたでしょうか?
羅糸流異界攻略法、骨の化物は拳で殴る。
目指せ書籍化、応援してもらえたら幸いです。それでは次回もお楽しみに!さようならー




