第64話
修正等完了しましたので投稿します。楽しんでいってね。
「これが温泉異界か……」
見渡す限りの湯けむり空間。
異変が起きた日、人工島の地面から生えたのは大きな岩の塊、見た目何時崩れてもおかしくない岩の塊は重機で削っても埃一つでない丈夫な物で、中に入って見れば空はどこまでも高く、周囲は湯気で遠く見通せない視界不良。そして湧き出る湯、湯、湯、大小様々な湧き出るお湯の池はどれもほどよく浅く整えらていた。
「羅糸!」
呼ばれて振り返ればそこにはブーメラン一つ身に着けた陽太郎が走ってくる。イケメンは何を着ても似合うと言うが、なんだろう? 似合うけどちょっと嫌だ。
俺は無難だと思うトランクスタイプだが、よく見ると陽太郎は両手で何かを抱えている。あれは桶だろうか。
「なにそれ?」
「お風呂セット!」
「桶とタオルと……ヒヨコ?」
渡された木の桶の中にはタオルと小さな液体石鹸が二種類、それから黄色いヒヨコが一羽入っている。
ヒヨコと言っても本物の生きているヒヨコではなく作り物のビニール製、ヒヨコじゃなくてアヒルだろとツッコミを入れられそうだが、間違いなくヒヨコだ。何故ならヒヨコと書かれているからだが、何故ヒヨコが入ってるんだろう。
「かわいいだろ?」
「うん、まぁそうだな……」
キラキラとした目で陽太郎が言ってくるが、まぁ可愛くはある。ただそれは入っている理由にはならんだろう? 大輔あたりだと可愛いは正義だとか言い始めそうだが、まぁ一人寂しく湯船に浸かる予定だし御供には良いか。
「戸惑ってるじゃない」
「かわいいのに……」
桶の中のヒヨコと見つめ合っていると円香さんの声が聞こえ、その言葉に対して陽太郎の悲しそうな声で呟く。
どうやら女性陣も来たようだと顔を上げればそこには桃源郷が広がっていた。
「おおう」
「どうかしら?」
桶を小脇に持った円香さんは特に恥ずかしがること無く、腰に手を当てポーズをとって見せてくる。
日焼けと無縁の白い肌に黒髪と黒ビキニはなんとも神秘的で、俺は思わず手を合わせてしまう。
「ありがとうございます」
そして一礼、素晴らしいものを見たら自然と感謝の言葉が出てくるのは、良い文化だと思います。なのでそんな呆れた表情をしないで貰えると助かる。俺の辞書には女性を褒める語録はそんなに多くはない。
引っ込むところはキュッと引っ込み、出るとこは程よい体形は可愛いと言うより美しいと言った方が良いだろうが、それを言うとセクハラっぽくて良くない気がする。後から来た正義君も睨んでるし、なんで睨んでるのか知らんけど。
「……拝まれるのはちょっと嫌かも」
「すまない。あまりに綺麗だったのでつい」
どうやら拝まれるのはお気に召さなかったようなので綺麗と言っておく、言ってみてなんだか恥ずかしくなったので陽太郎を見て中和しておこう。うむ、心に芽生えたドキドキが楽しそうな陽太郎のブーメランで萎えていく。良いぞ陽太郎ファインプレイだ。
「そうか? 普通だろ? いたっ!?」
「デリカシーを学びなさい」
俺知ってる。ノンデリって言うんだろ? Tの動画で多用する人が居たから調べたんだ。
「幼馴染相手に今更だろぉ」
「仲が良いな」
流石幼馴染、仲が良いな。俺にはそんな幼馴染なんて、ねーちゃんくらいだろうか? でもだいぶ年齢差があるから同じ年の幼馴染と言うのは羨ましいものだ。もしかしたら同年代の幼馴染が居ると言うのが陽キャの条件なのかもしれない。
「まぁ幼馴染だからね……羅糸さんも鍛えてるのね」
おっとそんなおじさんの体をジロジロと見るのはやめてもらおう。嫌おじさんじゃねーし! でも正直社畜の体はそんなに鍛えているとは言えないと思う。ただ最近は良く動いているので多少昔に戻った気はするが、それでもまだぷにぷにである。
いや、ちょっと痩せたか? 腹筋が浮き出てるけどなんでだろう。
「異界で動き回ってるからかな? いや、食生活の所為だろうか?」
「食? ヘルシー志向的な?」
「いや、単純にお金が無くて暴飲暴食とか酒飲むことが少なくなったから」
「「……」」
うん、たぶんちゃんと食べて無いからだな。大体食事はEマーケットのおにぎりメインだし、ヘルシーと言えば缶詰めが食べられるようになったけど最近のことだし、単純に摂取カロリーが少ないから痩せて来たんだと思う。なんでも腹筋が見えるようにしたければ筋肉をつけるより痩せろと言われるらしいからな、部長が痩せられたら苦労はしないと愚痴っていたのを覚えている。
「羅糸、異界併設のステーキハウスがあるから帰り奢るぜ!」
「パフェも美味しいですからデザートは私が奢りますね」
「えぇ……」
嫌嬉しいけど、なんでそんな優しい目をしてるんだい? 別に毎日空腹で倒れそうとかそう言うんじゃないんだ。ただ、よく飲んでいたお酒も飲むタイミングが無くて飲めてないし、深夜のカップラーメンとかも売ってないから食えてないだけ、残業も無くなったので夜遅くの半額総菜祭りも無くなったのが原因なだけである。
うん、とても健康的。だからやめなされ、二人してそんな捨てられた子犬を見る様な目はやめなされ。
「ちっ……」
睨んでるのに飽きたのか、正義君が舌打ちを始めた。何が気に喰わないのか知らないけど、俺も早く温泉に行きたいよ、この二人と一緒に居ると調子が狂いっぱなしなんだ。
「ん? おお揃ったか! みんな美人だな!」
「まぁねぇ! でも私の体は正義だけのものだから先輩ごめんねー?」
正義君の方に目を向けると視界には女子高校生の水着が飛び込んでくる。幼馴染は褒めなかったのに女子高生は褒めるのか陽太郎、背後にジト目の鬼が居るぞ? こわいなぁこわいなぁ、全然怖い顔してないのになんだか恐ろしい気配が伝わってくるんですよ。
それにしても正義君は彼女持ちか、うん敵だな。なるべく近くに寄らないで貰いたい、悲しくなるから。
「あ、ありがとうございます」
女子高生三人は色違いのワンピースタイプの水着を着ているが、色が違うだけでだいぶ印象が変わるものだ。ギャル子ちゃんは明るい赤ベースの水着で陽キャ感がマシマシで近寄りがたいが、黒髪ロングちゃんは円香さんと同じ様な黒い水着だが、この子も肌が健康的に肌が白いので良く映える。
「ウゥゥゥ」
「唸られているぞ?」
「えー普通に褒めただけなのに……」
陽太郎に唸っている。そしてその腕は薫子ちゃんの腕をからめとっていて、その薫子ちゃんは陽太郎に褒められて嬉し恥ずかしと言った様子で頬を赤くしていると……。
肌が白いとすぐ赤くなったのが分かるよね! そりゃ顔も隠したくなるわ、陽太郎お前も敵だ! 大輔ほどじゃないが俺もモテる男にはそれなりの敵愾心を持つんだぞ。これだから陽キャイケメンは嫌いなんだ。
「……」
「えー何その目ぇ?」
ほら、幼馴染も怒っているぞ? くそ! こんなところに居られるか、俺は一人で温泉で癒されてくる。
「先輩早く行きましょう!」
「え? うん? そうだね」
あれ? 俺が動くよりも早く正義君が陽介を攫って行ってしまった。ここは俺が一人この場を離れた後に変死体で見つかる流れじゃないのか。
女の子たちもそれに続いてぞろぞろついて行っている。俺の方は見てない。いや、美麗ちゃんだけこちらにちらりと目を向けたが、俺が見つめ返して首を傾げると慌てて視線を背けた。
つらい……。
「……広いなぁ」
どうやら女子高生は俺に興味がなさそうだし、陽太郎も引っ張って行かれて、呆れた様に円香さんもその後ろに続いている。逃げるなら今だな、これは敗走ではない、自由への旅立ちである。
あっちに行こう。
「やっぱり一人が落ち着くな」
十数分ほど歩いただろうか、みんなとはちょこっと違う方向に歩いて到着したのは少しだけ盛り上がった地面の上にある小さめの温泉、5人も入れば窮屈に感じ始めるくらいの程よいサイズ感、とても落ち着く。
「湯気で程よく視認距離が短く、ある程度離れればまるで個室温泉のような小さな温泉」
素晴らしい。ここまで歩いてくる間にもあちこちに温泉を見かけたが結構なお客さんの数である。やはり広告通りとはいかないのか、男の方が圧倒的に多いが、それなりに美人なお姉さんも見かけた。
あと見た範囲でだけど、思っていたほどバカ騒ぎする人間も少なかった。割と入場料も高かったので、変な人は少ないのだろうか。ナンパするくらいはまだかわいい方だろう。
「無害らしい化物」
それに治安が良いのはもう一つ理由があるんだけど、それが目の前の化物。そう、目の前に化物が居るのだ。しかも周囲を見渡せば必ず視界に入るくらいに化物が居る。攻撃してこないし倒されることも無いから均等に分布しているのかもしれない。
「……スピーカーヘッドだったか、君はボディ金属なのに錆びないのか?」
俺が見上げる先には、海水浴場や市民プールなんかにありそうなスピーカーが取り付けられた背の高いポールが立っている。これが化物、通称スピーカーヘッド。
スピーカーの数は最低でも四つ付いていて、自ら移動することができないタイプの化物で、突然地面から生えて来るらしい彼のボディは金属製で、あまり温泉地に向いたボディには見えないが全く錆びた様子も無く鈍色に光を反射している。
「それに赤スライム……赤いなぁ」
赤いスライムが温泉の縁で揺れ、その動きに合わせて光がスライムを透けた先の温泉に反射して揺れる。
この常に明るく光が照り、程よく蒸気が陽射しを遮る異界温泉は、特に化物のテリトリーはないのか同じ場所でも数種類の化物が見られるのだが、この二種類以外は結構移動するらしくまだ見かけていない。
「一応条件次第では襲い掛かって来るらしいけど、俺には倒せる気がしないな……」
条件を満たす方が難しいので早々襲われることが無いからこそ、一般人も条件付きで入場可能である異界温泉。予想外の高校生集団も一般人であるが、陽太郎が保護者と言う事で彼等も温泉に入れているのだ。
だから何か問題があった場合は、陽太郎が責任をもって保護しないといけない。ずっと監視しとく必要はないとだいぶ緩い決まりだが、向こうは大丈夫だろうか。
「いってぇ!?」
「ん?」
事故か? 誰か転倒した様な音が聞こえたが、ここの地面は石だからこければ普通に出血もする。出血したら入浴禁止になるのだが、大丈夫かな。
「くそ! 邪魔なんだよ雑魚が!」
「こいつら温泉に入れると溺れて死ぬらしいですよ」
「いいな、死ね死ね!!」
なんだ? なんか不穏な言葉が聞こえ……ん?
「あいた!? ちょ、いて!?」
「あ? 人が居たのかよ、邪魔なんだよ!」
「邪魔って……」
いやいや、なんだあの入れ墨男、普通に謝る事も出来ないのかよ。てか投げたの赤スライムか、大丈夫かお前? お前ら水没すると死ぬの? なんで温泉地に居るんだよ危ないなぁ。
「文句あっか!!」
「おっと? いやいや、あるに決まってるだろ馬鹿か?」
狙ってきやがったんだけど、俺じゃなきゃ当たってたね! とは言わない。だいぶノーコンらしく至近弾にもちょっと遠い場所にスライムが次々と飛んで来ては沈んでいく。おぉスライムよ沈んでしまうとは情けない。
しかし大丈夫だろうか、条件。
「……ジジジッ」
「ん? なんの音だ?」
何か音が……スライム投げ男達は気が付いてないみたいだが、何か頭上からノイズが聞こえてくる。良く分からないが、良くない事の様な気はするので、俺は飛ばされてくるスライムが当たらない様に水面近くまで頭を下げると温泉の縁に身を寄せ、頭の上に温泉から拾い上げたスライムを載せた。
いかがでしたでしょうか?
羅糸は頭に赤スライムを装備した。
目指せ書籍化、応援してもらえたら幸いです。それでは次回もお楽しみに!さようならー




