第63話
修正等完了しましたので投稿します。楽しんでいってね。
「命の恩人は大袈裟だと思うけどなぁ」
命の恩人発言の後、どう言う事か聞いたら何でもない。俺の影響で発生したとも言えなくはない地下道での爆発事故、あの募集を思い留まらせたことが、命の恩人だと言うのだ。
そんなの、ただの注意喚起程度であって命の恩人なんて言われるようなものではない。
そう言ったのだが、二人とも妙に温かい目で俺を見て微笑むから気味が悪かった。まぁ、もしあの時注意しないで事件が起きて、それで怪我でもしようものなら罪悪感は免れなかっただろうが、だからと言って命の恩人は大袈裟だ。
「温泉異界、一般公開、無外化物、効能を調査する為に国が調査中」
マイホームの椅子に座りながら眺めるスマホには、異界温泉の情報がスクロールと共に流れて行く。かなり楽しそうな男女の写真が載っているが、うさん臭く感じるのは俺だけだろうか。
「へぇ、水着着用で混浴とな。完全に温泉レジャー施設だな。大江戸異界温泉か……ん? どこかで聞いたような」
無害な化物が居ると言う所にも驚きだが、掲載されている温泉に浸かる男女比は女子の方が多く、しかも若い子ばかり。こんな嬉し恥ずかし混浴パラダイスなど存在するだろうか、いいや無い。
会社の時だって俺より若い女性社員はいないんだぞ? こんな公共の場である温泉で、しかもこんなポロリしそうな水着で混浴などあるわけがない。もしかして、この効能の豊胸に釣られて来ているのだろうか? 正直それ以上でかくなってどうするのみたいな人が多いけど、本当にそんな効能あるのだろうか? あるなら、それは……革命だろうな。
「まぁ……なんだ、ちょっと楽しみだな」
男は悲しい生き物、こんなの見せられたら楽しみにならない方がおかしいのが男、だが陽キャの様には振る舞えない陰の者の悲しさよ。
「水着は、全部レンタルなんだ」
手ぶらで大丈夫だと言っていたのはこれか、レンタルって事は洗濯して使いまわしなのか? まぁ俺は潔癖症でもないし全然かまわないな。ん? 購入品もあるのか、購入品の種類が男3パターンに女性12パターンって、なんだか男女の格差を感じる。
男は貸し出しも購入もブーメランとピッチリショートとトランクスの3タイプか、ピッチリは嫌だなぁ? 履くのも見るのも……。うーん、これなら水着はいらないとして、後は何を持って行けばいいだろう。
「ん? 陽太郎か、全部奢るからマジ手ぶらで良いと……エスパーかな?」
ふむ? 陽キャの陽太郎はエスパー系の恩恵なのかな? 何を持って行こうか考えているタイミングでこれとは、ガチ手ぶらって何だろう。財布も持ってくるなと言う事か? いやいや、それは駄目だな、防水ケースに最低限のお金を入れていくか、入れるお金も大してないんだけどな!! ……、う? もう一通来た。
「円香さんからも、挨拶の定型文だな」
定型文だな、これで次節の挨拶が入っていたら社会人のメールとしては完璧だ。最近は会社間の連絡でも、色々と内容を端折ったやべぇメールが平気で来る時代だけど、ここまでしっかり書かれてると、それはそれで壁を感じるな。
ん? 追加でなにか来た。
「このスタンプは……3匹のいぬ?」
犬か? 犬か……多分犬だな。だいぶデフォルメが聞いてるがたぶん犬だと思う。
「犬が好きなのだろうか?」
円香ちゃんは犬好きと、なんだ陽太郎と良いコンビと言う事じゃないか? 付き合っていると言った感じじゃないし、あの手のコンビはその辺突っ込むと良くないって聞くし、そう言うの聞くとなんだかおっさんぽくて嫌だから聞かない様に注意しておこう。
人間いつの間にかおっさんになって、自分が嫌っていたおっさんの言動をするものだからな、俺は大輔で学んだんだ。同僚の女の人に言われてマジで凹んで休んでたからな、その時の埋め合わせは梅サワーだったのを思い出す。
大輔曰く、埋め合わせだけに梅サワーなんだそうな、その梅サワーを飲んだ俺は、次の日の休みに風邪を引いた。
「何も持たなくていいならまぁ楽かな、ここで拾ってくれるらしいし」
車で異界管理の敷地外まで来てくれるそうだ。至れり尽くせりである。あまりの好待遇に不安になって来るが、これが陽キャと言う生き物なのだろう。
俺には解らない生き物だ。
「温泉の異界か……何か面白い物手に入るかな」
新しい異界、温泉。異界がどういう理由でどう言う理論で成り立ってるかなんて解らないないけど、もしかしたら温泉に因んだものでも手に入るかもしれない。
ちょっと今の考え方、父さんと母さんみたいだったな。
「げっ」
数日後、異界温泉に行く日、俺は陽太郎が運転する迎えの車から変な声を聞くこととなっていた。
「ん?」
「あ」
目と目で通じ合うなんてことは滅多にないけど、一目見ただけで俺はあの日の恐怖を思い出した。
陽太郎が運転する車は、偶に会社の工事で来ていた工事業者の人が乗ってくる様な大きな車、車種なんて知らないけど、人も道具もいっぱい乗るから大体その手の業者はこの車が好きなんだと、工事に来ていた職人の人に教えてもらった覚えがある。
「お知り合いですか?」
そんな車の後部座席に座っているのは円香さんと、女子三人男子一人の若い男女、最初に声を上げたのは男の子だが、この顔には見覚えがあるし、驚いた表情を浮かべた黒髪ロングな女の子にも見覚えがあった。
「あー! 飛び降りのお姉さん助けた人じゃん」
「……」
そう、飛び降りOL着弾未遂事件の時の正義マンとその仲間達である。奥に座っている明るい赤に見える茶髪少女も一番後ろの席に座る小柄黒髪少女もあの時正義マンと一緒にいた女の子達だ。
あの時飛び降りた女性はその後無事なのだろうか? 即死無効恩恵とやらを体験したことが無いのでわからないが、後遺症とかなかったのだろうか? 別にあれ以上関係が続くとも思ってなかったし、事実何の連絡も無かったので今の今まで忘れていたよ。
「え? 羅糸どういう事?」
車の中で驚き固まる男の子に黒髪ロング少女、その姿に小首を傾げる円香さん、そんな後部座席の状況に俺の顔と後部座席を見比べているのは陽太郎。困惑と言う言葉が実に似合う仕草を見せる陽太郎に目を向けた俺は、思いもよらぬ組み合わせについ溜息を洩らしてしまったが、悪くないと思います。
「いやー凄い偶然だな、と言うか災難だな」
「まったくだな、直撃してたら死んでなくても大怪我はしてただろうし」
あれから俺は陽太郎の乗る車に乗って何があったのかを一通り説明した。
その説明に対する陽太郎は終始驚きと疑問に満ちており、今は一周回って落ち着いているが、背景を宇宙にしたらよく似合いそうな顔になっている。俺も自分で説明していてなんでそんなことになったのか理解出来ないでいるので、気持ちも分からないでもない。
あの時、落下OLにぶつかっていたら人生は変わっていただろうか? もしかしたら異世界に転生していただろうか、それはそれでちょっと惜しい事をしてしまった気もする。
「なんと言うか、一度お祓いに行った方が良いんじゃないかと思いますね」
「わかる」
「わかるんかい!」
元気よく突っ込みありがとう陽太郎君、しかし俺も出来る事ならお祓いに行きたいところなのだよ。しかしだ、円香ちゃんが心配そうに言ってくれるが、いろいろと調べてみたけど割と良いお値段するのがお祓いと言うものらしい。そのお金を稼ぐにも狩りをしなければならないが、無理をしたらまた……借金が増えてしまう。
「俺も行こうかなと思ったけど、金がない」
そう言うわけでままならないのだ。
「んだよ貧乏人かっ!?」
ん? 何やら後方から鋭い言葉が飛んできたけどすぐに消えたな、死んだか? すごい鈍い音が聞こえたけど、バックミラーで後ろを見て見たらお腹を押さえて俯く男の子、名前は正義君、とても正義感溢れる名前の高校生だ。
でもなんで俺のことを必死に睨んでるのかさっぱりわからない。接点と言えば落下OLさん用の救急車を待っていた時に犯罪者扱いされたくらいの関係で、睨まれる理由は不明である。
「ごめんなさい」
「まぁ……貧乏野宿なのは事実だな」
俯きながらもこちらを睨んでいる正義君を撃沈したのは、黒髪ロング美少女高校生の薫子ちゃん。俺みたいな貧乏野宿にも気を使ってくれる良い子であるが、その完璧ストレートな髪の毛は天然ものだろうか? 毎月ストレートパーマなるものにお金がかかると愚痴っていたお局が見たら羨ましがるだろう。
「え?」
驚いた表情も美少女ですね? やっぱ美人やイケメンの知り合いというものはみんなイケメンや美少女なのだろうか? そうなると俺もその仲間ぁ……いやないな、昔から俺は不細工と言われてたからな、そんな俺には美醜なんてわからん。
俺のことを唯一かっこいいと言ってくれたのは大輔くらいだ。なんだ良い奴じゃないか、よしメッセージでやつのことを褒めておこう。
「え? ホームレスってやつ? ヤヴァ!」
「貴方達、言葉は選びなさい?」
『は、はい!?』
「こえー」
俺も怖いと思ったけどお口チャックです。もし怖いなどと呟いていたら陽太郎の様にバックミラー越しに睨まれてしまう。陽太郎も蒼い顔してるが、怒られた赤茶ギャルっぽい少女の理央ちゃんも蒼い顔で震えてるし、完全とばっちりの小柄黒髪ショート少女の美麗ちゃんも振るえている。
こう言うのを蛇に睨まれた蛙と言うのか、おっと? こっちにも視線が飛んできそうだから他所向いていよう。ホームレスなことには変わりないし、あまり気にしてないんだけどね。
「ところでなんで俺は助手席なんだ?」
あと気になってたんですが、なんで俺って助手席に座らされてるんだろう。こういう時って俺みたいなおっさん臭がしそうな元社畜って最後尾に押しやられる者じゃないの? そこんとこどうなんだい陽太郎君。
「特等席だぜ!」
「子供か」
特等席ってなんだ。わからないでもないと思ってしまう自分の心のキッズが恨めしい。電車とかバスの一番前の席ってそんなに嫌いじゃない。一番好きなのはぐっすり眠れる一番後ろの席で、一番嫌いな席は狭くて座り辛いバスのタイヤの上の席である。
「色々話もしたいしな」
「そう言う事にしておこう」
話ねぇ? 何の話する? 言っておくが俺の会話デッキは枚数少ない上に最初の方で天気の話題を上げるくらいにネタがないぞ? どう考えてもこれじゃ陽キャのデッキに太刀打ちできる気がしない。
「ごめんなさい羅糸、この子たち後輩なんだけど礼儀なってなくて」
「お、お姉さま!?」
お姉さまだと!? そんな呼ばれ方漫画やアニメの中でしか聞いたことないぞ!? しかもそう呼ばれることに全く抵抗のないその顔、注意されている黒髪ロングの薫子ちゃんの方が恥ずかしそうにしているんだが、注意されて少し嬉しそうじゃない?? え、まさかそう言う。
おっと睨まないでください円香さん、私は何も変な事は考えていません。
「気にしてないから大丈夫、社会に出たらもっと礼儀のなって無い大人がわんさかいるから」
そうなのだ。あのくらい棘のある言葉でどうこうなるほど俺の心は綺麗じゃない。すでに圧迫面接から始まり無縁慮なおじさん達の暴言にパワハラ、世の中の大人は君たちが思うほど礼儀正しくはないのだ。むしろ、なんであんなに自信もって大人やっていけていたのか疑問に思う。
まぁ大輔曰く、俺も大概らしい。大人たちの口の悪さについて、なんでだろうと率直な疑問を話した時、大輔にお前も大概だなと言われた。意味は良く分からない。俺は普段そんなに暴言は吐かない方だと思うんだよね。
「大丈夫な気が全くしない!?」
「そうね……」
おや? どうしたんだい大学生コンビ、そんな未来に希望が持てない就活生みたいな顔して……そうか就活生か、でも現実って幸運ばかりじゃないから仕方ない。君らの上司や先輩が心優しく清廉潔白である事を祈ろう。うちは真っ黒だったわけだけどね。
「ねぇねぇお兄さん!」
「んー?」
はいはいお兄さんですよ? ギャルっぽい子からお兄さんとか呼ばれたらなんだかいけないことしてるような気分になるな、え? 俺だけ? でもそんなシチュエーションほぼ無いから、ちょっと嬉しくなっちゃうね。言ったらドン引きされそうだから言わないし、直接目を合わせたらドキドキしそうでバックミラー越しだけど。
「お兄さん仕事してるのに貧乏なの?」
「ちょっと!」
薫子ちゃんに頭を叩かれる美白ギャルな理央ちゃん、仲良さそうだね。仕事してるのにってのは、以前あった時のスーツ姿からの推測かな? 良い観察眼じゃないか、その観察眼をもう少し円香さんの方に向けてみようか、怖いよ円香さん、その鋭い目からは冷気が漂っている気がする。
だが、世の中とは常に更新されているのだよ。以前スーツ姿で出勤していたからと今も働いているとは限らない。特に今はあちこちで会社が潰れているからね。
「あー会社が異変で潰れたからな?」
『え……』
目を見開き、そして気まずそうに目を逸らし、そして円香さんと目が合って顔を蒼くする。まったく同じ動きを見せる四人、とても仲良しさんだ。
「円香ちゃんいいから、それで今の本業はハンターだよ」
俺が声を掛けたら視線をこっちに向けて申し訳なさそうにするも、ちゃん付けに気が付いたのかジト目を向けてくる。かわいいね。
でもあまり深刻に考えてもらっても困るので明るめの声で話す。今の現状を俺は結構楽しんでいるし、これから行く異界温泉も楽しみなのだ。なのであまり変に身構えられたりして雰囲気を悪くしたくはない。
と行ってもここで部外者は俺だけ、温泉に着いたらこっそりみんなから離れて静かな温泉を楽しもうと思う。静かな場所があればいいんだけど、異界と言う事もあって未だ全て確認されたわけでは無い温泉異界だ、少し探せば静かな穴場もあるんじゃないだろうか。
「羅糸は凄いハンターだからな! 今のうちにサイン貰っとけ!」
「そうね、最前線ハンターだものね」
「いやまぁそうなんだろうけど、最弱枠だから煽るのやめてくれ」
俺は別にすごくないただ運の良い最弱ハンターである。サインを貰ったところで価値は無いし、そんなニコニコ顔を向けられても反応に困ってしまう。あまり調子に載せて怪我なんてしたらどうするんだ。もうすでに一回丸焼きになってるんだ。これ以上の高額医療は勘弁願いたい。
「…………」
そして何が気に喰わないのか、正義君はずっと睨んでいる。こりゃ向こうに着いたらすぐに姿消した方が良いな。
いかがでしたでしょうか?
何故か睨まれる羅糸をまつ温泉は如何に……。
目指せ書籍化、応援してもらえたら幸いです。それでは次回もお楽しみに!さようならー




