第59話
修正等完了しましたので投稿します。楽しんでいってね。
世界が加速する、視界に見える光景がゆっくりだ。俺にはこんな恩恵も備わっていたのか、場所はサステナブルマーケット、店内入ってすぐのカウンター前、魔王はそこで背を向けて仁王立ちしていた。
俺では絶対に敵わない、だから今は逃げる事しか出来ない。奴はまだ完全に背を向けているので逃げるには今しかない、押していた自転車のハンドルから手を放す、腰の捻って上半身逃げる方向に向け、そして残った下半身の関節全てを曲げて力をためる。
「魔王が現れた。コマンド逃げる!」
行ける、この力を解き放てば逃げられる。
「ふん!」
「ぐえ!?」
思考が飛ぶ、世界が一瞬で白く染まった。
「羅糸、知らなかったのかい? 魔王からは逃げられないんだよ?」
「うん知ってた」
死ぬかと思った。え? どういう状況だって? サステナブルマーケットに来たらねーちゃんが立ってたからヤヴァイと思って逃げたら、いつの間にか服の襟を掴まれてるんですけど、超スピードとかそんなちゃちなもんじゃねぇ、何が起きたか全くわからない。
とりあえずわかる事はねーちゃんに捕まったと言う事実だけ。おかしいな、ねーちゃんとの距離は一足二足じゃ足りないくらい離れていたはずなのに、恩恵ですか? 加速系ですか? あーそんな引き摺らないでください。困ります困ります、どんだけ力強いのですかびくともしねぇや。
「それで? 何で逃げたのかな? 逃げたって事は逃げるだけの心当たりがあるんだろ?」
引き摺られて座らされた地面が冷たい、コンクリートは良く冷えているようだ。
「いやいや、大の大人二人を正座させてる魔王が居たら逃げるよね普通」
「「……」」
目の前には意気消沈の店員さんと店長が蒼い顔で正座している。
これは、アイコンタクト要請を確認、なになに? 「突然の襲撃で連絡する余裕がなかったっす、申し訳ないっす」全然いいんだよ? ねーちゃんは魔王だからね? 一般人は敵わないよね。仕方ない仕方ない、天災みたいなものだから。
「羅糸、優しく言ってるうちにちゃんと話しな?」
優しくってもう後ろ首に爪が食い込んでいるのですが、何時の間に首を掴んだのでしょうか、羅糸は驚きで声が震えてしまいます。と、報告したいですが声が出ませんよ。
「……と言ってもなぁ」
「心当たりがないって言うのかい? ん?」
隣でうんこ座りしたねーちゃんが顔を覗き込んで来て、その動きに合わせてほんのりと甘い柑橘系の香りが鼻腔を擽る。陰った顔の奥で瞬く瞳が近くて、首を動かせばすぐにキスが出来そうな距離で羅糸ドキドキしちゃう! でもこのドキドキはそれとは関係ないと思うの、なんでってじわじわと首を掴むねーちゃんの握力が上がっているんだよね! 血が止まっちゃう止まっちゃう。
それにしてもねーちゃんは何で怒っているのだろうか、店長たちが正座してるしそっち関係だろう。しかし、少し考えても分からない、なぜなら、
「いやぁ心当たりが多くてどれかなと」
心当たりが多過ぎるのだ。
正直、過保護なねーちゃんが聞けば頭に浮かんだ内容のどれでも怒りそうだし、しかし不用意な発言は余計な燃料を増やすだけで危険だ。
何か店長が慌てているが、たぶん余計な燃料を投下するなと言いたいのだろうが、ねーちゃんの一睨みで表情が死ぬ。ほんとこの人に何したんだろうね。
「……あんたね、心配するこっちの身にもなってほしいんだけど?」
あぁあぁ困りますお客様、そんな乱暴に頭を撫でられては頭が外れます、外れてしまいます。髪の毛が良い感じにぼっさぼさになってしまいますのでもっと優しく、そう言えばしばらく髪の毛を切ってないのでそろそろ切っても良い様な、でもまだ切るにはお金がもったいない様な気がしてきた。
ちょっと余裕が戻ったな、そんなに怒ってはいなさそうだ。たぶん逃げたのが悪かったのか、野生動物に背を見せるのは危険とか言うし、たぶんそれだろう。
「心配してくれるのはうれしいけど、問題は出てないよ? 多少はあるけど」
「奥で話すよ、用意しな」
「了解っす!!」
ねーちゃんの言葉に双眸を光らせた店員さんが勢いよく立ち上がった。どうやら正座から逃げるタイミングを計っていたようだ。
「あ、おめっ!」
「あんたは正座してな」
「え、いや……姐さぁん」
そして店長は犠牲になったのだ。
いったい店長はねーちゃんを何で怒らせたんだろう。あとお姉さま? 逃げないので後ろ襟を掴んだまま引っ張らないでくださいまし、数の少ないお洋服、と言うか作業服が駄目になってしまいます。え? 逃げないなら離す? 逃げない逃げない、僕絶対逃げないよ? 化物が突っ込んで来ても逃げないから放してほしいな。
羅糸説明中、所要時間20分。
「…………」
結果、ねーちゃんは頭を抱えた。
「そのくらいだよ? あとは何かあるかな」
何を話したらいいか分からず、とりあえず最近あった事を簡単に時系列で話したのだが、カウンターから少し奥に入った場所にある休憩室でローテーブルを挟んでソファーに座る俺とねーちゃん、俺の後ろには店員さんとさらに離れた床では店長がまだ正座している。
「ちょっと待って、色々追い付かない」
「ん?」
左手で顔を覆うように抑えて俯くねーちゃんが、俺を制する様に右手を突き出し手の平を見せてくる。ねーちゃんて力強いけど手が綺麗なんだよね。やっぱ女の人って男と違うのか、いや、これはねーちゃんだからだろう。お局とか手がすごくがさがさとかでクリームべったり塗ってたし、体質なのだろう。
「異界ホームレスになったかもしれないとは聞いてたけど、あんた色々巻き込まれ過ぎでしょ?」
「そう?」
そうかな? そうかも、確かに色々巻き込まれている感じわぁ……する。どうやら今回のお怒りの源は異界ホームレスについてであったようだ。
しかし訂正させてほしい、俺は許可証を持ているので異界ホームレスではなく、ではなく……何なのだろう? たぶん言ったら拳骨が飛んできそうだから言わんとこ。
「普通この短時間に警察に何度もお世話になったり、自衛隊と仲良くなったり、協会からの嫌がらせ受けたり、しかもその嫌がらせしたのが協会職員の自爆と事件の原因になったりしないだろ」
俺もそう思う。
「ちょっと知り合っただけだよ? 職質も協会からの嫌がらせだし」
「そんなに嫌われるって何したんだい……」
そう思うのだが、俺にもなんでこんなことになっているのかさっぱりわからない。俺は俺に出来る範囲で頑張っているだけだから、敢えて言うなら世界の状況が悪いとしか言えない。
ハンターをやらなくて再就職を目指しても、今のご時世じゃ次の職になんてありつけなかっただろうし、引き籠ってもどうせ追い出しを受けていただろう。そう考えると現状はずいぶんと前向きで活動的で、とてもいい結果になっているのではないだろうか、そう思わないとやってられない。
なのでなんでと聞かれても分からん。
「さぁ? あ、でも今の協会は良くしてくれるからカチコミ入れないでね」
「……入れないわよ」
あ、これは考えてたやつの顔だ。
「あ」
「っす」
どうやら店員さんも気が付いたようだが、なぜ俺の影に隠れるのでしょうか? 俺を盾にしても紙装甲なので意味ないよ。
「何よその目」
俺たちの反応がお気に召さなかったのか、ねーちゃんがむっとしてらっしゃる。でもその顔はそんなに怖くないかな、寧ろ一部界隈ならその恥ずかしそうな表情を見抜いて萌えるのではないだろうか? 美人が見せる可愛い表情っていいよね。俺大好き。
「なんでもないよ、ね?」
「何でもないっすよ、ね?」
でも言うと怒られるので、視線を逸らしておく。なんだか今日だけで店員さんとの仲がぐっと良くなった気がする。
でも陽キャの波動を感じるので俺は一枚心の壁を張る。陰キャはすぐ勘違いして火傷してしまうのだから陽キャには気をつけておかないといけないのだが、ねーちゃん溜息なんて吐いてどうしたんだい? 話し聞こか? ん? 今度はそんなじっと見詰めてきてどうしたのさ。
「もう少し相談とかしてくれてもよかったんじゃないかい?」
「する前にアドバイス貰えて解決したし」
店長が色々教えてくれたなぁと思い出して思わず店長に目を向ける。店員さんも思い当たったのか一緒に店長を見ているが、どうやらそれは良くなかったようだ。
「……ちょま!? 俺何もしてないですよ姐さん!?」
背後で殺気が膨れ上がる。あれだ、生贄になってくれ店長。
俺は後ろを振り向かないで事実だけを述べることにした。
「異界ホームレスなんて発想は無かったから」
「なかなかアグレッシブな考えっす」
「やめろ!?」
事実として異界ホームレスなんて発想はなかった。暗い土の床が広がる江戸川大地下道になんか変な匂いがする廃墟と言った様相の青山霊園地下大墳墓、俺の知ってる異界はどっちも居住性が良くなかった。だから思いつきもしなかったんだ。
でも、前提に異界でホームレスになる人が居ると知っていた状態で、あのホールを見つけたのは運命と言っていいだろう。この選択は最近の俺の人生の中でもかなりアグレッシブだけどぴったり決まった判断だと思っている。綺麗にパズルのピースがはまったような気持ちい感覚すらあった。
「……お金出してやるから安全な場所に泊まりなって」
「いや、それが意外と快適でさ? 問題はトイレぐらいなんだよね」
トイレを買おうと思った日からすでに数日が過ぎているのだが、中々良さそうな簡易トイレが見つからない。物流の停滞に、今後何が起きるか分からないと言う事でそう言った非常用の物品が売り切れているらしいのだ。
ホームセンターの店員さんも困っているらしく、最近だと自作する為に木材を買っていく人も居るらしい。その木材とかも手に入らなくなって来ているとかで、店を閉めるのもそんなに遠い未来じゃないかもしれないと愚痴られた。
「いやあんた……あぁでもそうか、とばりさんと雷蔵さんの血は引いてるしね」
なんだろう、すごく解せない事を言われた気がするんだけど、まぁ言いたい事は理解している。
とばりは母親の名前、望月とばりと言って息子から言わせても結構美人である。美人だけど付き合う男性は直ぐに離れて行くのだと不思議そうに語っていた母の趣味は、最低限の装備で行うキャンプである。
学生の頃から父、雷蔵とあちこちに行っていたらしく、そこで姉がデキたらしい。その割に姉はキャンプとか好きじゃない。
まぁそんな親のおかげで、昔からアウトドア知識は教えられてきたし連れていかれた。その所為で野宿と言われてもあぁキャンプかと言った感じで、大輔にそれはキャンプじゃないと指摘されたことがある。
「どっちかと言うと教えかな、一通り野宿は教えられたし、と言っても今の場所はかなりイージーだけど」
「はぁ……」
両親と行ったキャンプに比べたら、今はキャンプ用品も充実してるのでとても楽である。
雪の中に穴を掘らなくてもいいし、食糧確保に蛇を捕まえたりカエルを捕まえたりしなくていい。むしろ臭いバッタを狩ればおいしい缶詰が出るのだ。そう考えると良い世界になったのか? いやいや、たぶん実の姉なら険しい表情で否定するだろう。なにせ姉はキャンプから全力で逃げてたからな。
今の状況になった原因は少なからず両親の影響があるのだろう。そして逃げるための生贄に俺を使った姉も原因の一端を担っていると思う。
なので俺は何も悪くないのである。
いかがでしたでしょうか?
羅糸の過去に問題あり。
目指せ書籍化、応援してもらえたら幸いです。それでは次回もお楽しみに!さようならー




