第55話
修正等完了しましたので投稿します。楽しんでいってね。
「よし! 行くか」
栄養補給完了! 自転車のバッテリーは満タン! フライパン問題無し! 竿は若干傷ついてるけど問題無し! 手の恩恵はちゃんと発揮している。目指すはシュールストレミングバッタ、今回のミッションは出来るだけ多く倒して奥へ続く道を安全に通れるようにすること、頭から汁を被ったら即撤退! 無理、ゼッタイ、しない! と言うかしたくない。
倒し慣れる頃には鼻も慣れるだろう。離れた場所なら呼吸困難にもならないと思うし、倒し方は大胆かつ繊細に、この手があればたぶん問題はない。
「一斗缶二匹か、まぁまぁだな」
バッタエリアまで来るのに竿を使わず真っ直ぐ中央を進んで二匹、より稼げる化物を探して進むには良い調子である。
ここからはなるべくバッタを処理しながら進める方針だから、邪魔な自転車はいらない。持って行く物はフライパンと、後は万が一の場合捨てても良い様に持ってきたナイロンエコバック、百均だから捨てても大して痛くないので採用した。
もしも……もしもの時は、犠牲になってもらおう。
「自転車はここまでか」
目印で自転車を降りる。周囲を見渡してもいつも通り薄暗く、目印の吐しゃ物はカピカピに乾いていた。
匂いはこれまでと変わらず少し埃っぽい感じである。吐しゃ物の匂いもあのどぶ川のような臭いもしない。あの時しつこく感じていた匂いもきっと鼻がおかしくなってだけなのだろう。
ところでゲロってこんなに早く乾くものだったかな? 吐いたゲロなんてまじまじ観察した事なんてないけど、もう完全に乾いてしまっているな。まぁドロドロなもの見ても気持ち悪いからいいか。
気持ちを切り替え、右手でフライパンを構えて中央の辺りをジグザグに歩くこと5分、あの音が聞こえ始める。音源は一つだから多分相手は一体、集団で行動することが無いのはありがたいけど、外の化物は集団が多いと聞くが、異界と外で何が違うのか。
「……来た」
音が早くなる。明らかに真っ直ぐこちらに近付いてくるガサガサと地面を引っ掻く音。左前方から聴こえてくる音に体の正面を向けて左足を引く。右手のフライパンを体の前にそしてフライパンを後ろから支えるように左手を拳にして添える。
力の掛けかたですべてが決まるが、集中して行く頭にはもう不安はない。何故なら俺の手にはいつの間にか備わった恩恵があるから、たぶん大丈夫。
音が変わった! 弓を引き絞るようなあの音だ。
「っ! はああ!!」
攻防は一瞬、赤と黄色を中心に茶色い足が迫って来たのはいつも通り胸、そこに合わせたフライパンに衝撃が走るが左手はまったく痛くもなんともない。すごい音が鳴ってもフライパンを持つ右手は痺れず腕や体が前みたいに押し返され事もなかった。
これは!? 行ける。
フライパンを鳴らす衝撃を左に受け流したけど、完全に流しきれずに体が右に突き飛ばされるがこける事もなく、シュールバッタはそのまま跳ね返されて地面に激突。
「…………くっさ!」
地面に激突して破裂、少し近かったようで汁こそ避けることに成功したが匂いがきつい! 臭い! 臭い! ……でもこの間より全然マシだ。
真正面からフライパンで受けて手元で爆発するなら、受け流せば何とかなると思ったけどうまく行ったようだ。あとはこの受け流しの感覚を覚えてより少ない力で受け流せればもっと楽に、もっと臭くなく倒せるはずである。そうであってほしい、まじくさい。
「よし」
目まで沁みてきそうな臭いに耐えながらバッタに近付くと黒い塵になり始める。あちこちの地面からも塵が出ているので、汁もちゃんと消えているようだ。臭いもあまりしなくなってきた気がするが、これは鼻が馬鹿になっているのかそれともちゃんと消えているのか、臭気を計る機械でもないと分からない。
「前よりずっとマシか……やっぱり鼻に残るのが問題なんだな」
実際マシとは言っても鼻に少し匂いが残っているようにも感じる。薄暗い地下道で視界を遮る様なものはなるべく使いたくないので、顔を覆うガスマスクと言う選択肢は最終手段にしたい。
左手で鼻を擦ると少し鼻水が出てきたようだ。匂いの刺激に反応して出て来たのか、ポケットティッシュはバックパックに入れて自転車のカーゴの中に避難中、そのくらいは持ってきておくべきだったな。
「体の痛みは、無し」
右手を軽く回す、特に異常なし。左手を回す、特に異常はない。フライパン越しにバッタの衝突をもろに食らった左手の拳も全く怪我した様子はない。どういう原理か良く分からないけど、とりあえず問題無いなら良い事にしよう。
正直、詳しく考えれば考えるほど自分の体がおかしい事を再認識して妙な不安感が湧き出てきそうで、とりあえず便利くらいに考えておきたいと言うのが本音である。
「フライパンも、特に問題ないな」
流石チタン製のフライパン。何が流石なのかはさっぱりだが、厚みも結構あるから耐えられたのか、それとも手の衝撃吸収がフライパンにも作用してるのか、細かい傷が増えた気はするけど今のところ目立った傷は見当たらない。
ボディアーマーも空き缶バッタは貫通しなかったけど衝撃は普通に通ったからな、やっぱりこの右手の見えざる力場とでも言えば良いのか、ピンポイントに丈夫になった手のおかげであるのは間違いないだろう。
「なんだろう、恩恵に対して素直に感謝できるの、初めてな気がする」
交換に関してはずいぶん苦しめられたし、使えるようになってからは嬉しかったけど、C級と言う現状を生み出したのもこの使い辛い能力の所為だからな、免許の更新時にどう判断されるか、免許交付を行う人や異界関係の人間を見ているとあまり期待は出来ない。
「ただまぁ、もっとわかりやすくしてくれと言う感情はある。いったいこの異変を考えたやつは何を考えてるんだ」
交換しかり、手の妙な恩恵しかり、何かと不親切仕様が目立つ。恩恵と言うのだからも少し利用者にやさしくても良いと思うんだよなぁ? 何か人類はこの異変を起こした首謀者に嫌われることでもしたのだろうか。
あの時白い世界で聞いた声は、優しそうで怒っている感じではなかったと思うんだけど、ニコニコ微笑みながら怒るやべぇタイプだったかな。
遠い昔、学生だった頃に居た、怒らせちゃだめなタイプの同級生女子が脳裏をよぎっている間に目の前の黒い塵が晴れていく。その中央にはパッと見ただけでも場違いな物が落ちている。
「これは……ニシンの缶詰? シュールじゃないだろうな」
シュールストレミングは確かニシンだったはず、まさか奴の本体がドロップしたとか言わないよな。レアドロップですとか言われても全く喜べないんだけど……膨らんでは、いないな。
「ふぅ……ドキドキさせやがる」
よかった。醤油味って書いてある。
ん? でもそうなるとこれはレアドロップになるのか? いや、ニシンの缶詰バッタから出るんだからニシンが普通でイワシがレアとか? これはもうちょっと狩ってみないと何とも言えないな。
「……がんばるか」
元々奥へと進むための安全確保が今回の予定だし、調子が良い時に進められるだけ進めておきたい。俺は苦手な食べ物は先に食べてしまうタイプなのだ。
しかしそれは普通の食べ物に限る。命の危険を感じるようなものはそもそも食べない、無理して食べて吐いたりしたら食べ物に失礼、後にも先にも吐いたのは会社の屋上で起きたあの事件の時だけだ。
ほんと、いやな思い出はどれだけ時間が経っても忘れないな。
時間は、1時間半と言ったところか、ちょっと歩けば音が聞こえるので随分と狩りが捗った。
「つかれたぁ」
感覚的には数時間狩り続けた気持ちだけどまだ2時間も経ってないのには驚きだ。自転車との間で何往復かしたんだけどな。
「ついつい楽しくなって狩り過ぎた」
楽しい時間は直ぐすぎると言うわけでは無いのか、テンションがおかしかっただけなのか、エコバッグの中身をカーゴに入れながら思わず口に笑みが浮かぶ。
「もしかしたら缶バッタ系列はガチャ要素が強いのかもしれないな」
カーゴの中には山となった缶詰め、しかもほとんど被りが無い多種多様な缶詰の山である。最近はEマーケットのおにぎりがメインだったのでこれは大変うれしい。
Eマーケットでおにぎりを買う度、収入より早く消えていくEマネーに胃が痛くなっていたが、これからは缶詰と言う食料の入手先が出来た事でその速度も緩やかに、いやむしろEマネーが溜まってEマネー富豪になれるかもしれない。
ふふふ、俺の未来は明るい。
「にしても、こんなダイレクトに食い物が出るとありがたい」
サンマ、ニシン、マグロ、アジ、イワシ、ヒラメ、カレイ。塩、醤油、油漬け、ニンニク焼き、生姜仕立て、柚子胡椒焼き。こんなにバラエティー豊富な缶詰が手に入るシュールストレミングバッタはなんて最高の化物なんだ。
……匂いはまぁ、別として。正直、2回ほど失敗してあの臭いを近距離吸引した所為で嘔吐一歩手前まで行った。喉がイガイガして正直辛い。
「とりあえずEマーケットで塩おにぎり買って今日は缶詰パーティだ」
缶詰めパーティー、何か字面はしょぼいけどすごくワクワクしている。これだけ大量のシュールバッタを狩ればもう食欲不振とか起きるわけもなく、お腹が空きすぎてさっきから足に力が入らなくなってきているのだ。……あれ? やばくないか? 普通に脱水症状とか起きてそう。
早朝の日の下で、山となった缶詰めの残骸の入ったビニール袋を自転車のカーゴから取り出す。
ゴミである。
「食いすぎたかな」
大きなタイプのレジ袋いっぱいになっているのは、昨日異界のテントで開いたパーティーの残骸。特に美味しかったのはウナギのかば焼きと鯛の煮つけ、普通に買ったらたぶん千円や二千円じゃ買えない様な缶詰めの味に食が進んでお腹が幸せ苦しい。念のために持ってきた開けてないイワシの缶詰も容量が普通の缶詰よりずっと多い気がする。
「リサイクルタワーがありがたい」
先ず入れるのはゴミ、空き缶全部でおにぎり一個分になった。十数個の缶詰の残骸がおにぎり一個になると考えると美味しい。食べて捨ててと二度美味しいとは最高の化物だよシュールストレミングバッタ、今日も狩ってあげるからね。
それじゃこのイワシの缶詰は1個いくらなんだい! っと。
「ん? なんだこのマーク……うお高!?」
魚だけにうおってちゃうわ! 一番ショボそうだったイワシの缶詰が200Eマネーなんだけど、もしかして缶詰めかなり高級品なのか? 緑の壁を何度見返しても200Eがプラスされている。
残りの缶詰もいくらになるか調べたい、一律200Eなのかそれとも魚の種類で変わるのか、すぐにでも調べたいけど今日はこの後カーゴに入れて持ってきたガソリンを売りに行く予定、それに缶詰をここに入れるのは、勿体ない。いやしかし、安定して狩れるならここに入れておにぎりとお茶の分を稼いで……食環境が、改善、いやランクアップ。
や、やった! やったぜっとお? なんだ。
「少しよろしいでしょうか?」
「え?」
お姉さんはどなたですか? 妙に距離が近いんですけど、なんでそんなに私を睨んでいるのでしょう。何か通報された? いやいやいや、心の中で小躍りしてはいたけど現実ではちょっと叫んだだけだぞ? 今日も江戸川大地下道は人気が無いのか人が少ないし、通報されるようなことはしてないのですが。
「少しお話を伺いたいのですが」
「えっと、はい?」
まさか!? つつもたせと言うやつなのでは、まぁ……違うよね。明らかにパリッとしたスーツに綺麗な姿勢でまっすぐこっちを睨む、というより警戒してる感じだろうか? 胸元にはどっかで見たことあるバッジ、大きいからっておっぱいを見たわけじゃないので、そんなに睨まないでほしい。
いややっぱ睨んでるわけじゃなさそうだ。視線を顔に戻したら深呼吸してるし、俺ってそんなに怖いか? はっ!? まさかシュールを狩りすぎて顔が険しくなるほど臭いが……。
「初めまして、私は官民合同異界管理会社でこちらの責任者をさせてもらっています。西野 涼子と言います」
「えっと、どうも」
初めまして望月羅糸です。
しまった、緊張して言葉が出なかった。そしてそのおっぱ……胸のバッジ思い出したよ、警備のお姉さんもお……いや、まな……うん、制服に付けてた気がする。
「少し込み入った話をしたいので、事務所に来て貰えないでしょうか?」
「え……いまから買取り所に行くので」
「買取りですか……民間へ?」
「はい」
込み入った話を責任者がしたいなんて真面な話じゃないのは明らか、俺は華麗にサステナブルマーケットに逃げさせてもらうぜ。そんな困った表情でこっちを見たって心はちょっとしか揺らがないんだからね! それにその事務所に行ったらまたあの頭のおかしい眼鏡が出てくるに違いない。
まさか、それが狙い!? やっぱり俺みたいな陰キャに話しかけてくる美人は危険だ。学生のころも女の子に話しかけられる事はあったけど、実はよからぬことを企てていたことがある。まぁ実際に何かされたわけじゃなく噂だけど、毎回そんな感じでそのうち話しかけてこなくなったので、きっと飽きられたのだろう。
「分かりました。では戻りましたら事務所に来て頂けますか?」
「……」
ぐぬぬ、粘るな……。
「いくつか確認のようなものです。例えば異界の中で寝泊まりしているとか」
「っ!?」
まさか、バレただと!? いやまぁバレはするよな、監視カメラとかあるし、まさかそれで俺を脅して、脅してどうするんだ? まさかあの男に売り渡して俺を奴隷のように扱き使おうと言う腹では!? 最近妙に運が良いのか悪いのか分からなかったが、昨日の缶詰めパーティーに高額ドロップの缶詰と言う幸運の揺り戻しと言う事なのか。
こうなったら逃げるしか、行くぞ我が愛馬よ。
「あっ! 勘違いしないでくださいね? 異界の中での活動は自由ですので、寝泊まりしていようとこちらから何か言う事ではないんです」
「え?」
え? いいの? でも問題になってるんじゃないのか? 俺は店長に聞いたから詳しいだ。
「良く勘違いされるのですが、所謂異界ホームレスなどと呼ばれる人たちは許可証を取得していない方々で、許可証があれば何の問題も無いんですよ」
「そうなんですか?」
そうなの? それじゃ許可証を持っている俺ってなにも悪いことしてない感じ? あれ? 一人で不安になってたとかちょっと恥ずかしいんですが。
「ええ、なので異界の中で寝泊まりしていただいてもこちらとしては問題ありません。むしろ積極的に異界の調査を進めて貰えていると言う事なので助かっています。それに自衛隊も調査する時は中で寝泊まりするんですから、ハンターの行動を禁止できないとも言えますね」
確かに、確かに? うん、よく考えれば日帰りで異界調査にも限界があるか。大半のハンターは外をメインにして稼いでるだろうし、異界も小遣い稼ぎとストレス発散の場となっているのが実情だから、調査してもらえるのは助かるのだろう。
現実で思いっきり他人を殴れる機会なんて早々ないし、あり余る暴力性を発散したい人には打って付けの危険なアミューズメントパークなんて呼ばれる事もある異界、西野さん曰く、異界に入る人間が急増しているが一方で、調査自体はほとんど進んでいないそうだ。
困った表情の女性に男は弱い、男が弱いのであって俺が特別弱いわけではない。断じてないのである。だから俺は俺の用事を優先しているのであって、その後伺う約束をしてもしょうがないのだ。
いかがでしたでしょうか?
羅糸は美人に約束を取り付けられた!果たして何があるのか、お楽しみに。
目指せ書籍化、応援してもらえたら幸いです。それでは次回もお楽しみに!さようならー




