第52話
修正等完了しましたので投稿します。楽しんでいってね。
「てなことがあって」
真っ直ぐ異界に帰ると言ったな? あれは嘘だ。
まだサステナブルマーケットの閉店時間には早かったので、方向は逆だけど気になる事は先に終わらせることにした。
「トー横か? 変なことして捕まるなよ」
とりあえずこの失敬な事を言いやがる店長のもじゃもじゃ頭を剃り上げたいと思う。
「はっはっは、店長じゃないんすから!」
「そうそう、俺だったらぁんだとごら!!」
いつもチャラい感じの店員さんが頭を叩かれ呻く。なんだ店長のおっさん実はロリコンか? ねーちゃんに報告した方が良いのか? スマホの充電はまだ50%くらい残ってる……いけるな。
「いてて、でもこの間小学生に話しかけただけで通報されてたじゃないっすか」
「……息苦しい世の中だぜ」
……なんだろう。不憫すぎて通報する手に力が入らなくなっちまった。ねーちゃんに言ってもたぶん慰めの電話が来て、店長が余計に不憫な目に遭いそうだからやめといてあげよう。
なんなんだろうね、最近の風潮と言うか、親切が裏目に出る感じの空気。親切にすることに覚悟が必要な世界ってやだな……他人事じゃないから余計につらい。これならまだニヤニヤババアに見られるくらい平和なんだなと思える。
おっと、そんな事より今は重要なことがあるんだった。
「それで握力計とかあります」
「どれでだよ! ……まったくおちょくりやがって」
おちょくったつもりは無いんだけど、元々今日ここに来た理由は銭湯の愚痴を零しに来たわけでは無いんだ。そんな呆れた感じで溜息を吐かれても困る。
「握力計とか何に使うんすか?」
「握力測りたいから貸してもらおうかと」
「買わねぇのかよ!?」
今日の店長テンション高いな、今の俺は元からテンション低くいし銭湯でチルったから反応に困るんだけど、そこはサービスにしてほしい。正直握力計なんて買っても置き場に困る。安かったら買うかもしれないけど、下手に買うって言ったらまた吹っ掛けられそうだし、気を付けることにしたのだ。
「サービスサービス」
「おま……はぁ、いいけどよ」
良いんだ。
「言ってみるもんだな」
「そうっすね」
店員さんも少し驚いた様に頷いてるから珍しのだろう。何事も言ってみるものである。
これまでは石橋を叩いてちょっとでも不安だと渡らない人生だったけど、最近は結構気にせず歩いている気がするんだよな、その結果が今なんだけど、不安しかないけどこっちの方が楽しいと思っている俺が居るのも事実、うん……楽しいな。
ところで店長、奥から引っ張り出したその段ボール箱は何ですか? 大量の箱が山になってますけど。
「丁度小学校から買い取ったやつがあるから使ってみろ、ちゃんと動くかどうか調べるつもりだったんだがな」
「調べなかったんですか?」
小学校から買い取ったってことはスポーツテストとかに使われてたやつかな? あ、記憶の片隅にある握力計もこれだったかも、懐かしい。
「今日は午前中に修理の仕事で大変だったんすよ」
「おかげで手に力が入らねぇ……明日は筋肉痛だな」
「大変だなぁ」
確かに握力計の状態を確認するのに握力が死んでたら辛いだけだな。よく見ると店長の手が小刻みに震えてるし、腕も血管が浮き出てるのを見るに相当疲れてそうだ。
とりあえず段ボール箱の中から半分開けられた握力計の箱をとる。中身の確認をしたのか箱を傾ければ中から握力計が滑り出して来て、握るとひんやりと少し気持ちいい。冬場だと冷たくて一番最初に使いたくなかったことを思い出した。
懐かしい記憶だ。確か背筋を伸ばして真っ直ぐ腕を下ろして……ふん! そうそう、こんな感じだった。
「どのくらいっすか……? 動いてないっすよ?」
「あ? こわれ……おい、反対側じゃねぇか」
「あぁ俺も小学生の頃やったっすよその不正、すぐばれたっすけど」
おや? これはおかしいぞ? 確かに小学生の頃も中学生の頃も、手で簡単に回る針を動かして俺の握力すげーだろなんてやるやつはいたけど、流石にこの年になってそれをやる気はしない。当然普通に握っただけだ。
最大何キロなんだこれ? 古いからか塗装があちこち擦り切れて数字がよく分からない。
「……これ最大何キロ?」
「ん? 100だな。まて……おまえまさか」
測定限界が百キロってことは、この針を元のゼロに戻してもう一度真っ直ぐ……いや今度は良く見えるようにみんなの前に出して力を込めてみよう。力が入り辛いが予想が正しければ大して変わらないだろう。
「……ふん!」
「ひぇ!? 握力100越えって事っすか……」
「通りで」
俺の予想は正しかったし、これで違和感の理由が分かった。
覗き込んでいた店員さんが俺を化物でも見るような目で見てくる。ケモノではなくバケモノだっ……て誰がバケモノだよ失敬な、店長は店長で妙に深刻な顔をしてるな。まぁ気持ちは分からんでもないのだが、シュールバッタを受け止められた理由が分かったからいいか。
「おいおい、どんな筋肉してるんだ。いや、恩恵か?」
「当たらずともかなぁ……これ以上は?」
「そんな握力計測器なんてねぇよ」
「無いかぁ」
どうやら百キロ以上の握力を測定する器具は無いらしい。出来れば正確な握力が知りたいところだったけど、とりあえず百キロ以上あるとわかればいい。あとは実地で確認して行けばいいのだ。正直気は乗らないが、奥に進まないといつ追いつかれて稼げなくなるか分からない不安がある。
「どう言うこった」
「それが」
不安は少ない方が良い。家賃と言う不安は最悪の形で解消したし、入院費と言う借金も返済した。代わりに貯金は無くなったし今は異界で野宿、楽しくはあるも不安が無いわけでは無い。特にトイレに関しては今も問題あり、大事だよトイレ、もようしたら自転車で化物の中を突っ切らないといけないんだから。
とりあえず大輔から聞いた内容と検証した結果から先は見えた。おてての異常な握力についても説明が付く。二人も俺の説明に驚きながらも納得はしてくれているのか頷いている。気になるのはその呆れてますよと言いたげな店長の顔だ。俺にそんな顔を向けられても困るのだが。
「そんなことがあるっすか!」
「まだ検証中の情報らしいけどね? 俺もまだ良く分からないし……」
自分自身のことながらまだ完全に把握しているわけでは無いこの手の恩恵、交換魔法しかない俺にとっては非常にありがたい力になるだろう。惜しむらくはこの力を十全に扱うための武器がフライパンしかないと言う事、耐久力はあるけど色んな意味で使い辛い。
「握力100キロ越えなんてそう簡単になれるもんじゃねぇさ」
それはそう、俺の腕はそんなに太いわけじゃない。仕事をしていれば自然とつく程度の筋肉しかない。最近は異界に行くようになって体付きが良くなってきた気もしないでもないかなぁと言った程度、とても握力が百キロもある様には見えないだろう。
「良く分からない力はちょっと怖いけど、これならあの化物も何とかなりそうだ」
シュールストレミングバッタを怪我せず倒す事が出来る目が出て来たのはありがたい。別に怪我したわけじゃないけど、少しでも安心できる要素が増えた事で戦いやすくなるのは確かだ。
そうなると充実してくるのが食料だろう、若干不安な缶詰でも食料は食料、衣食住の充実は現在の俺にとって急務でもある。そのうち洋服をドロップする化物も現れたり、家をドロップする化物も出てこないだろうか……いや、家をドロップってなんだ。どう考えても家よりでかいだろそいつ、怖いわ。
「化物? 江戸川大地下道の奥か? また新しい化物見つけたのか」
「うん、限界まで発酵して高速で跳んでくるシュールストレミング」
そう言えば話してなかった。簡単に言ってしまえばそれだけなんだけど、あまりに恐ろしい化物だ。直接的な危険性で言えば一斗缶の方が怖いけど、あのバッタは精神的なダメージと物理的なダメージを同時に攻めて来るし、一対多の状況でもハンター達に対して少なくないダメージが蓄積させるだろう。
そう考えると、このシュールバッタと言うのはデバフ系の化物と言ってもいい。こんなのが集団やチームを組んで来たら……考えるだけで恐ろしい。
「こわ!? なんだその最臭兵器」
店長もその恐ろしさを瞬時に理解したのか驚き叫び、戦った場合の状況を理解したのか口元を歪めて嫌そうな顔を浮かべる。
最臭兵器、そう言う結論に至るよね。
「みんなそう言うよね。実際吐いた」
「何すか? そのシューなんとかって」
俺の吐いたと言う言葉に、そうなるだろうなとでも言いたげな表情で頷く店長、その隣では何もわからないと言った表情で首を傾げる店員さん。彼はシュールストレミングを知らない様だ。いや、日本人なら知らない方が多いんじゃないだろうか? 日本で一般に売ってあるようなものじゃないし、偶然テレビの罰ゲームか何かで知るくらいだろう。
知らない事は恥ずかしい事ではない。決して君が小さく手で丸を作り想像する様な甘い食べ物ではありません。
あんなにおいがするしゅーくりーむなんてたべたくない。
「世界一臭い発酵食品だ、納豆の10倍以上臭いとか聞いたな」
「うわぁ……想像できねぇ」
店長の説明に一瞬キョトンとした表情を浮かべた店員さんは、俺の説明と店長の説明を合わせた化物を想像したのだろう。じわじわと顔を険しく歪めて行くと心底嫌そうに呟いた。その臭いを想像は出来なくても、実際に化物と対峙した際の危険性は感じられたようだ。
なのでより想像しやすいように俺の体験を伝えようと思う。決して嫌がらせではない、少しでも知り合いにその危険性を伝え、万が一に備えてもらいたいだけだ。なんせ異界から化物が出て来ることはないと言う事になっているけど、どこで似た様な化物が現れるか分からないからな。
「パンパンに膨らんだ大きめの缶詰がピッチングマシーンみたいな速度で飛んできて、ぶつかった瞬間強烈な衝撃とともに爆発、くっさい液体が噴出、逃げ場はない……」
「うへぇ……」
逃げ場はない。
本当に逃げ場がないのだ。一瞬で匂いが拡散するのは、割れた缶詰めから細かい霧状になって汁が吹き出す所為だろう。しかし戦い方によってはその臭いもある程度軽減できると思う。それを調べるためにも再戦が必要だが、その心構えにはちょっと時間が欲しい。
いかがでしたでしょうか?
逃げ場がない恐ろしさ。
目指せ書籍化、応援してもらえたら幸いです。それでは次回もお楽しみに!さようならー




