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第51話

 修正等完了しましたので投稿します。楽しんでいってね。



「遅くなっちまったな」


 何だかんだ大輔と話してダラダラしていた動きたくなくなって気が付けば夕方、体の匂いを気にしながら自転車を漕いでやって来たのは例のお洒落な銭湯。今日も女性客が多い。


「昨日と変わらない時間か」


 スマホの時計を確認すると昨日と同じ時間である。俺は一日何をしていたのだろうか、この意味なく無駄に一日過ごした感、久しぶりの休日がいつの間にか終わっていた時のあの虚無感と似ている気がした。


 そんな虚無感を払うべく、券売機にお札を飲み込ませる。


 それから三十分ほど、ゆっくり暖まったが特に俺のことを睨む人はいなかったので匂いはしていなかったと思う。


「手が起点なら握力かなぁ……握力計、サステナブルマーケット行ってみようか」


 ソファーに沈み混みながら俯き手を握ったり開いたり、大輔から聞いた異変を確認する手っ取り早い方法は握力計が一番、あの何でもあるサステナブルマーケットに無ければ少し遠出してホームセンターかスポーツ用品店か……買うの怠いな。


「はぁ……臭いは消えたな」


 何度目になるだろうか、体の匂いを嗅ぐ。お風呂に入った事でずっと鼻について回っていた匂いも消えて、体からもボディーソープの匂いしかしない。


「あの」


 色々すっきりはしたけどしっくりこないのがこの体についた石鹸の香り。妙に良い慣れない香りの所為か、自分の体から香り立つことに違和感が半端ない。


「しかしアレをどう倒すか、でも驚いただけで受けきれないわけじゃいよな?」


 そのうち消えるだろう香りを嗅ぐのを止めて俯いたままスリッパを履いた足を見詰める。


 足が付いていると言う事死んでないと言う事だろう。今日は最悪死んでいた可能性もある。しかも死に方が悪臭による気絶からの、さらにシュールが殺到して全身打撲のショック死だろうか、人の死に方として最悪の部類の様な気がするんだが、死因シュールストレミングとか書かれたくない。


「あの!」


「んん?」


 ん? 俺のスリッパを履いた足の間に誰かの足が見える。ずいぶんと白くて細い脚だがスリッパの大きさが合ってないな。


 ……ん? 足が何故そこに。


「あの、これ……」


 顔を上げたらおじさんが居た。


 千円札って毎回おじさんなんだが偶には美少女とかにならないかな、おすすめはバーチャルアイドルなんだけど配信が出来なくなった子が多いとかで久しく見てないんだけど、この千円札可愛い女の子になってない? ん? あぁこの子か。


「あぁっと、ありがとう」


「こちらこそありがとうございました」


 千円札を受け取って立ち上がると慌てて後退る財布忘れた女の子、わりと際どい立ち位置だったので助かる。俺はまだ社会的に死にたくない。


 しかし声を掛けられたのに気が付かないとはボケてるな? 水分が足りなかったか、丁度目の前に券売機があるのでこの千円札で何か飲もう。


「何か飲む?」


「あ、いえ」


 ついでだお前も飲んでいくのだ財布忘れ少女、何が良い? ここには定番の瓶牛乳からお茶やスポドリ、果ては多種多様なエナドリまで置いてある。何? ビールだと? 未成年には飲ませられないよ! ……いや、ワンチャン少女にしか見えない成人男性と言う線も……だめだやっぱり水分が足りない。


「お茶と牛乳どっちがいい?」


「え! えっと、あぁと……牛乳で」


「あいよ」


 断られて面倒な時は逃げ道を塞ぐような選択肢を与えると効果的だ。この場合飲むか飲まないかを選択肢にすると断る可能性が高い。なので二択の選択肢には飲む以外のものを選んではいけない。


 大体なんだその顔は? 風呂上りなんだろうけど顔を赤くして、どう見ても熱中症一歩手前な顔だ。牛乳で水分補給になるかは微妙なところだが、キンキンに冷えていれば多少効果はあるだろう。


「ハイどうぞ」


「すみません……」


 受付のお姉さんに一番冷えている牛乳を頼んで持って来て貰うと、なぜかソファーの前に立ったままの少女に渡す。


 上目遣いは止めてほしい。純情な陰キャ童貞には火力が高すぎる。豆戦車にヤマトの主砲を撃つぐらいにはオーバーキルだ。俺を侮ってはいけない……死ぬぞ? おれがな。


「変なことしないから大丈夫だよ、こんなとこで変なことしたら社会的に死ぬからね!」


「……はい」


 俺がソファーに座ったらすぐ隣に座る財布忘れ少女から牛乳少女に変わった女の子、なんで少し距離をとって座ったのに隣に座るんですか? 貴女もしかして陽の者ですね。とても危険です。


「あぁ……コーヒー牛乳久しぶりだな」


 乾いた体にコーヒー牛乳が染み渡る。この、コーヒーはどこですかと疑問に思うくらいに甘い牛乳を飲むのは久しぶりだ。会社で働いていたころはエナドリかブラックコーヒーが定番で、それ以外は大輔が変な物買ってきた時くらいしか変わった物は飲んでない。


「そうなんですか?」


「銭湯なんてめったに来ないからねぇ」


 そうなんです。


 銭湯に来ていれば気まぐれで飲むこともあったかもしれないけど、実に久しぶりの喉越しである。最後に銭湯を利用したのは何時だろうか? 学生の頃に電気と水道とガスが止められた時以来だろうか? あの時は大変だった。


 両親が土下座して謝って来たのは後にも先にもあれだけの様な気がする。なんでも支払い用の通帳にお金を入れるの忘れていたとかで、普段静かな姉ちゃんもあれにはずいぶん怒っていた。


 あの後、なぜか両親は呪い払いの置物をいくつも職場から貰って来ていたな。


「……私も昨日が初めてで」


「そうなのか、どうだった?」


 ちょっとそこの奥様? 気になるセリフが聞こえたからって私をガン見しないでくれますぅ? 目が血走って怖いですよ? その手に持ったスマホを下ろしなさい。いけません、いけませんよそのタップする指をゆっくり下ろすのです。


 それにしても初めての銭湯か、俺もそんな時がありました。まぁ両親土下座事件の時なんですが、夜は暗いから早寝早起き、お風呂はしばらく銭湯だったからね。


「とても広くて、なんだか落ち着かなかったです」


「あぁ、俺も初めてはそんな感じだったな」


 初めての銭湯は姉に連れてきてもらった。当然一緒に入ったわけでは無い。あの頃はもう中学生一歩手前だったからね。姉が女湯に居るとは言え何とも心細かったのを覚えている。


「……なんで助けてくれたんですか?」


「ん? 銭湯なんて昔っからそんなもんさ、困ってたら誰か助けてくれるんだよ」


「はぁ?」


 その時助けてくれたのは誰だっただろうか? もう覚えていないがしばらく銭湯に通っていたので常連さんからは顔を覚えられ、ずいぶんと助けてもらったのを思い出す。ああいう不特定多数の人間が利用する施設は基本的に助け合いで成り立っていると思う。


 不思議そうに首を傾げてる牛乳少女はどこか不審そうにこっちを見ているが、そう言うものなのだ。銭湯に来ることになった理由を話したらそれはそれは皆さん心配してくれて、銭湯に行くたびに帰りの荷物が増えるので、姉はずいぶんと呆れた顔で俺を見下ろしていたのを思い出す。


 最終的に持ち帰られないほどの量のお土産を渡されるようになって、姉が常連さんを叱っていたのは今でも可笑しな光景である。しかめっ面で怒る姉に困った様に笑う常連の爺ちゃんやガテン系の筋肉マン、あの時はその成人男性が小さく見えたし、姉が大きく見えた。


「それになんか訳ありっぽかったし? 余計に助けないとね、若い子はすぐ変な方に道を踏み外すから」


 あの時あのままお菓子やらなんやら貰い続けていたら、俺の性格ももう少し変な方向に変化していたかもしれない。子供と言うか、人は楽を覚えるとあっと言う間に底へ転げ落ちてしまう。


「……そんな風に見えますか?」


「ん?」


 牛乳を飲み干した少女が俯きがちにこっちを見ている。いやまぁ何かしら訳があるじゃないかなとは思うよ? 服装もそんなに変わってないし、足元に置いてるバッグは昨日も見たけど色々入ってそうな大きなバッグ出し、学校帰りや家から来たって感じには見えないわな。


「訳ありって」


「まぁね?」


「……」


 うーん、これって俺が虐めてるように見えません。女の子の顔色悪くなってるし、さっきから牛乳瓶握る手に力は言ってますよ? 落ち着こうよ、ね? 君が落ち着いてくれないと奥様がまた怖い顔でスマホ手にしたから! 落ち着け奥様! 俺は無罪だ。


「警察に突き出したりとかそこまで世話焼かないから気にすんな」


 むしろ変なことしたら俺が警察に突き出されちゃう! 社会的に殺されちゃう! ……おや? 何かおばちゃん……お姉さんが奥様に耳打ちをしている。顔色が変わったんですが、なんですかその甘酸っぱい青春ドラマ見てそうな顔、ちょっと気持ちわ、何でもないです。


「お兄さんは」


「ん?」


「お兄さんは仕事してますか?」


「……働いている様には、見えないだと!?」


 なん、だと……!? おいそこ笑うなおばさんども、俺の心はプラスチック製なんだからすぐ傷つくし凹むんだ、ニマニマするんじゃないよ。


「そそ、そうじゃなくて!?」


 違うんか? 離れた場所にある畳エリアに集まるおばさん達は完全に家でドラマを見ているような表情だ。いつの間にか煎餅とお茶飲んでやがる。


「冗談だ。ちょっと前に会社が無くなってね、それからはハンターやってるよ」


 冗談と言う事にしておこう、それが大人の余裕と言うものだ。まったく傷ついてなんかいないぞ、今立ち上がったら膝が震えそうだからまだちょっと立てないとか無いぞ、だから慌てて体をこちらに向けてあわあわするんじゃないよ、萌えるだろ。


「はんたー……?」


「ネットで調べりゃ色々わかると思うけど、あんまお勧めはしないぞ? 危ないからな」


 まぁ働いてるか聞いて来たって事は、何か働いて稼がないといけない理由でもあるんだろう。運が良ければ恩恵で骨狩りで稼げるだろうけど、危ないからやめた方が良い。


「あ」


「ちゃんと帰るんだぞ」


 足が震えないように力みながら立ち上がると驚いた様に声を洩らす牛乳少女。別に叩いたりなんだりしないのだが、怖かったのだろうか? そんなことしたら確定で社会的死が待ってるのでやらないよ? 安心して帰るんだな。


「……ありがとうございます」


 何に対するお礼か分からんが、とりあえず手を軽く振って銭湯から出て行く。


 振り向かない。振り向いたらあのババア共がニマニマしていそうだったから、絶対に振り向かない。


「通報はされなかったみたいだな」


 ゆっくりとした足取りで自転車を取りに向かったのは、心のダメージが抜けなかったからである。働いてない様に見えた事もショックだったが、あのくらいの若い子と普通に話す事なんてめったにないので、少し緊張してしまったのかもしれない。


「と言うか毎回あのおばちゃんは何なんだ」


 自転車を漕ぎ出す俺の胸ポケットにはなぜか先回りしていたババア、もといお姉さんがニコニコ顔で渡してきた紙が入っている。


「ドリンク無料券……フルーツ牛乳は苦手なんだよなぁ」


 それは銭湯で使えるドリンク無料の優待チケット、フルーツ牛乳限定のチケットであるが、使う気はあんまりしない。次またあの牛乳少女に会ったら押し付けようと思う。そうなると牛乳少女はフルーツ牛乳少女にランクアップするわけか。


 ランクアップなのかレベルアップなのかクラスチェンジなのか……とりあえず異界管理施設のトイレ寄ったらさっさと帰ろうか。何だかんだ話してたからすっかり暗くなってしまった。暗くなっても異界の薄暗さはいつも通りなんだけどな。



 いかがでしたでしょうか?


 どんな時でもおばさんは強し。


 目指せ書籍化、応援してもらえたら幸いです。それでは次回もお楽しみに!さようならー

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