第49話
修正等完了しましたので投稿します。楽しんでいってね。
「朝からコーヒー、文明の利器は素晴らしいな」
インスタントだけどね。
豆を挽くやつとかこだわりの豆とかTの動画のキャンプ系動画で見たりするけど、あれはお金に余裕がある人専用だと思っている。
そう言えばコーヒーの値段が爆上がりしているのだとか、一応日本でもコーヒーは栽培されているらしいけど、輸入品に該当する品は軒並み値段が上がっていて、Eマーケットでコーヒーを買える人は転売で儲かっているとか、このインスタントは異変前の貴重な品である。
「惜しむらくは空が見えないので朝なのか時計でしか分からないところか」
今はLEDランプで明るいが消したら薄暗いので朝と言った気分にならないのだ。時計を見れば時間は6時、たっぷり寝て起きたら職場、最高の環境なんだけど物足りない。
「プロジェクターで壁に外の映像でも映そうかな」
何かそんなのをどこかで見たような気がする。朝目が覚めると自然音の目覚ましと共に壁一面に大草原の映像が映し出されるのだ。ホールは薄暗いし壁も白っぽいので行けそうな気もする。
気もするが、
「いかん、そんな思考は散財の思考だ。散財は悪」
どう考えてもまた店長に金を巻き上げられる未来しか想像できない。
「今日はもう少し進む予定だけど……うん、銭湯に入ったからか体が軽いな」
散財を諦めて立ち上がれば軽い体、良い事もしたし体も暖めたし寝起きも良い、今日は良いことがありそうな気がする。一斗缶エリアを越えてまた美味い化物が出てくるかもしれない、ただしドラム缶だった場合は今後ガソリンタンクを集める機械になる所存、正直まだドラム缶をホールの効果なしに狩れる気はしない。
「次の銭湯はいつにしようか、毎日通うのはちょっとなぁ?」
本当は毎日お風呂に浸かって体を癒したい。しかし銭湯に行くと何だかんだと千円以上使ってしまう。風呂に入る前の一杯と入った後の一杯は大事、レンタルも楽だしなんだったらシュワシュワした黄金色のアレを飲んでも……だめだ飲酒運転になる。
いや待てよ? 異界内部は日本の法律の外になるからワンチャン飲酒運転も、いやいやいや? それ以前に危険地帯なんだよ。どう考えても慢心だ。あほなことは考えずさっさと狩りに行こう。
「ここまで問題なし、一斗缶エリアもそろそろ終わりだと思うけど」
今日も順調にガソリンタンクが集まっている。一斗缶の姿が見えなくなって来たしそろそろ化物のエリアが変わるかもしれない。
「自転車は置いておこう」
何が出るか分からないので自転車を停めて、フライパンをカーゴから取り出して右手に、反対の手には足元の石を一つ拾う。この辺に落ちている石はホールの整った石と違う不揃いで角張った石である。投げるならこっちの方が指にしっかり引っかかって良いかもしれない。
「さて何が来るんだ」
石を投げる必要のある化物は今のところスライムだけだが、今度は何の化物が出るのか、少しだけ楽しみである。
「……っ!? この音は」
音がした。地面をひっかく様な音が複数、しかしそれは複数の化物の音ではなく一カ所からであり、こちらに近付いてくる。そしてしばらくすると弓を引き絞る様な軋む音、これは間違いなく。
「きっ!? ―――あがっ!」
フライパンを構えるタイミングに問題は無かったはずなのにとんでもない反動が左腕、いや全身を襲う。フライパンの取っ手を握る右手は大丈夫だが、石を持ちながらパンの部分を支えた左腕に掛かる重さは缶バッタの威力じゃない、確実に上位種だ。
「ぐっ……おも、う!?」
上に跳ね飛ばす重みに息が止まり、息を吸った瞬間衝撃。
「うううっ!!? おええええええ!!」
そして胃の中の物を全部吐き出す。抑えきれない吐き気、予想外の衝撃に脳が判断する前に体が拒否反応を起こす。衝撃を受けたのは鼻と咽、焼ける様な痛みにも似た衝撃は、いや激臭。
「な、なんらこ―――!?」
臭い臭い臭い臭い臭い臭い臭い臭い臭い臭い臭い臭い臭い臭い。
いや知っているこの汚泥のような臭い、甘く腐った様で酸っぱくもある発酵臭と言うにはあまりに強烈な臭い。
「まさか……」
気体と液体を噴き出しながら落ちてくるバッタの足が生えた缶、中身がみっちり詰まっているであろう赤と黄色のカラーリング、俺は知っている。何故なら食べたことがあるからだ。
「うそだろ、お前その姿! っうおおおえ!?」
あれはある夏の日、上司が土産に持ってきた缶詰め、食ってみろと言われて渡された缶を開けようと缶切りを取り出した瞬間に大輔が飛び上がって俺を止め、渡してきた上司もすっ転びながら逃げ出した。お前の名は、
「おまえシュールストレミングだろ! ふざけんな、最臭兵器じゃないか!?」
最臭兵器シュールストレミング! 好きな人には申し訳ないがこんな人を選ぶ缶詰めは後にも先にもお前しかいない。それが、それがお前、足まで生えて砲弾みたいに飛び掛かってきちゃだめだろ!! そんなの、世界の終わりみたいな化物が、こんな場所に居て良いわけがないんだよ。
「うおえっ!」
やばい、興奮して息を吸ったからまた吐き気が、いやほんときつい、しかも用意して開けたわけじゃないから周囲に匂いが満遍なく拡散されて逃げ場がない。
「はぁはぁ……いやいやいや、危険すぎる」
まさに地獄、頭が理解する前に体が拒絶して吐き気が込み上げてくる。理性でどうにかなるものじゃない。
「シュール缶バッタてか? マジかよ」
離れれば臭いも薄れるが、鼻の奥に匂いが残ったままで薄れても臭い。
「いや、覚悟してれば何とか我慢できるけど、不意には無理だよ」
臭いと覚悟したら何とか耐えられるが、こんなもの突然嗅がされたら寝ていても飛び起きるか寝たまま吐いているだろう。これに比べたら納豆なんてまだ良い香りだよ。
「…………臭いは消えてる気はするけど、鼻から匂いが取れない」
周囲に黒い塵が発生して臭いが薄れる。どうやらシュールバッタは死んだようだけど、駄目だガソリンと同じで鼻から匂いが抜けない。ガソリンと同じなら体から匂いはしていないと思うけど、これは危険すぎる。
「今日はもう戻ろう」
ツカレタ……。
今の一戦だけでドラム缶以上に疲弊した。これは間違いなく上位種だ。しかもドラム缶よりある意味危険かもしれない。もし攻撃を真面に食らえばあの重い一撃だ、行動不能になるのは明らか、そこで吹き出す汁、直撃する臭い、嗚咽嘔吐、呼吸困難、呼吸が出来なければ人は死ぬ。
「あ、ドロップ」
ふらつく足を止めてシュールバッタが倒れていた場所に目を向けると何かが落ちている。手のひらサイズの何かだが、もしかしてこれも割れメタルなんだろうか? シュールバッタで割れメタルなら金確定じゃないと割に合わない。
「これは……缶詰? まさかシュール!?」
落ちていたのはシュールストレミング!? ……ではなさそうで、ちゃんと重みを感じる変形せず密閉された缶詰めだ。
「……イワシの醤油煮だ」
顔を近づけてみればそこには『イワシの醤油煮』と日本語で書かれている。それ以外は賞味期限とチープなデザイン、このドロップは……どうなんだろう。割に合わない、それとも割に合う? 何とも判断に困る。缶詰としては少し大きめの部類に入るだろうドロップ、一食のおかずにはなるので、これまでの中でも割と価値自体はある。
これで鯖缶とかなら高級な缶詰なら500円くらいは平気でするだろう。最近だと値上げされているだろうから、そう言う意味ではガソリンタンク一個と同じくらいには価値があるかもしれない。
「……空き缶は中身が入ってないから割れメタルで、シュールは中身が入ってるから食べれる缶詰ってことか?」
そう言う事なのだろうか、現在の日本は食料の供給状況が非常によろしくない。お店は潰れ、残った店も仕入れに問題が出ている。Eマーケットがあるからこそ餓死者が出ていない様だが、それも一時しのぎ、何らかの打開策が無ければ遠くない未来そう言った人も増え始めるだろう。
そう言う意味では価値あるドロップである。賞味期限も5年以上あるみたいだし、
「しかし何故イワシ」
イワシが嫌いなわけじゃないが、何故と言った感想の方が大きい。これでシュール缶が出たならまぁ理解出来る。理解出来るけどいらないからイワシでよかったとは思う。
ここでぐだぐだしていても仕方ないので帰ろうかな、正直嘔吐した所為でかなり体力を削られた。次回はここから始めよう、石は……積み上げなくていいや、色々汚くなってるし、そのうち砂と洗剤買って来よう。
「……ちょっと今日は止めとこう、食べる勇気が出ない」
ホールのマイホームに帰って来て椅子に座り、今日の収穫である缶詰を見詰める。味の確認とも思ったが、まだ鼻の奥にあの汚泥のような臭いが残っているので食欲が沸かない。それにシュールから出たからな、あの匂いがしたらどうしようかと躊躇してしまう。
「なんだろう、今までで一番疲れた気がする」
突然の衝撃と嘔吐、それ以外に疲労は無いけど精神的に疲れている。銭湯にも行きたいけど今は一歩も動きたくない。でも銭湯に行きたい、銭湯が来いと言うやつだ。
「ある意味大輔のおかげか」
あの異臭の中で正気を保てたのはある意味大輔のおかげでもある。あの時上司が持ってきたシュールを食べようと言ったのは大輔なのだ。食べ方も一通り知っていたので一度経験してみたかったのだとか、そのおかげであの匂いも知っていたし、すぐに気持ちも切り替えられた。
だからと言って吐かないわけでは無い。もし知らなかったら毒ガスだと思って気を失っていたかもしれないし、今後一切近付かないと言う選択肢を選んだかもしれないのだ。そう考えればまぁ大輔のおかげとも言えるが、釈然としないのは何故だろう。
「あとでメールしておこう」
聞きたい事もあるしな。
「銭湯……」
行きたいけど、だめだまったく体が動かない。完全にテンションが下がった。朝はあんなに気分が良かったのに、まだ昼前だと言うのに残業明けの様に体の隅々まで動かない。
あとこのアウトドア用の椅子が中々に全身サポートしてくれて、想像以上にリラックス出来るのがいけないな。もう少し休んでからなら行けるだろう。
「あ、でも臭いとか言われないかな?」
匂いが付いてないと思うけど鼻が馬鹿になっていて全く分からない。最悪匂いが付いたままなら、このキャンプ用品や椅子もダメになっている可能性まであって鬱だ。
「背に腹は替えられん。出禁食らったらその時はその時」
それを知る為にも銭湯だ。今度は着替えを持って行こう。
「たぶん臭いは消えてると思う、結局ガソリンも鼻に残った臭いみたいだからな」
周囲から湧き出るように現れた黒い塵、あれはたぶん吹き出した汁が霧状に滞留していたからあんな出方になったんだと思う。なので匂いも消えているはずなのだ。ガソリンの時も撒かれた範囲で必ず黒い塵が出ているので、そう間違ってはいない筈だ。
「だが今の俺には癒しが必要だ……でも念のために少し時間を置いとこう」
前向きに考えても一度負ったダメージはそう早く回復なんてしない。あと少しでも時間を置けば万が一の可能性があっても、とは思うが舐めちゃいけない。シュールストレミングの汁はたった一滴でも服に付けばもうその服は隔離して捨てるしかない。俺は詳しいんだ、何故ならそれを会社で経験しているから……嫌な思い出だ。
「今日はガソリン3本か、あと缶詰」
今日の収穫は以上、とても少ない。とても少ないが全くないよりかはマシである。
「イワシ、醤油煮、カロリー400」
なんとなしに缶詰を手に取ると名前と賞味期限以外にもカロリーが書かれていた。400カロリーと言うとどのくらいだろうか、おにぎりなら1個2個くらいかな? 結構な量だと思う。
「…………ここで暮らす上ではありがたいが、シュールかぁ」
おにぎりとお茶を付ければ十分一食として成り立つが、問題はあのシュールストレミングバッタだ。倒せない事は無いが臭い、とにかく臭い、あの匂いをどうにかしないと連戦はきつい。
「どうやって倒そう」
いや、でも、何か引っかかる。最悪防毒マスクでも用意すりゃいんだろうけど、なるべく軽装備で倒したい。今後の事を考えるとなるべくコストは掛けたくない、なぜなら物価が異常な事になっているからだ。
缶詰めの値段が気になって調べたら倍になっているらしい、これならEマーケットでおにぎりの毎日でも良いと言う人が増えるくらいには物価が上がっていると聞けば、コストを気にもする。
……気になると言えば
「……そう言えば俺、よくあの衝撃でフライパン手放さなかったな?」
あの一撃はかなり重かった。ほんと左腕を起点に体全体がしびれるくらいには強力な一撃をあのシュールバッタは放ってきたが、まったく体に異常がない。一番ダメージが入っていそうな手も全く問題なく、あの時フライパンを手放さなかったのは、所謂火事場の馬鹿力と言うやつなのだろか。
馬鹿とは失敬な言い方である。
いかがでしたでしょうか?
最臭兵器が現れた!羅糸の胃は空っぽになった!食道が胃酸で焼かれた!体力が激減した!ストレス値が急上昇した。羅糸は椅子から立ち上がれない!!
目指せ書籍化、応援してもらえたら幸いです。それでは次回もお楽しみに!さようならー