第47話
修正等完了しましたので投稿します。楽しんでいってね。
「はい、サイン確認しました。またのご利用よろしくお願いします。」
トラックに同乗して移動すると作業はあっと言う間に終わり、サインを書けば帽子を脱いでにこやかにお辞儀するおじさん。家の前に停めていたトラックに駆け乗ると、おじさんは勢いよくに走りだす。
「おつかれさまでーす」
手を振ると窓から身を乗り出して手を上げて返答してくれるおじさん、なんでも今日はこの後三件ほど荷物の運搬予定らしい、まだまだ暑いのに運送屋さんも大変である。
「いやぁまさか玄関の中まで運んでくれるとは思わなかった」
引っ越しの時に一度お願いしたくらいで荷物の運搬とかで頼んだこと無かったけど、思ったよりずっと親切だった。玄関先に適当に荷物を積んで終わりだとばかり思っていたら玄関の中まで運んでくれるし、ちゃんと玄関の養生までしてくれる良対応。以前会社の工事に来た人たちに見習わせたい。
まぁあれは終始日本語が通用しない相手だから仕方ないとも言えるが、まさか正面のガラス扉をぶち破るとは思わなかった。流石に上役総出でブチギレてたな、職人は日本語分からなくて首傾げてたけど、嫌な思い出だ。
「……うん、面倒だからここに積んどくか」
玄関入ってそこそこ広い廊下、広いのに全く広さを感じさせない壁の装飾品の圧に奥まで荷物を入れる気にならない。やはりこの家に帰ると気分が落ち込むと言うか、変に重くなると言うか、たぶんイライラしていても強制的に落ち着かされる何か、重圧のようなものがある。
特にあの笑ってる木のお面とか、運送屋のおじさんも顔引き攣ってたし、飲み物買ってくると言っても即座に断られたし、良いのか悪いのかほんと困った実家だ。
「あとは姉ちゃんに伝言を張っておけばいいだろ、生きてるみたいだし」
実の姉は生きているようだし、日本にも帰って来ているみたいである。
家の玄関には入ってすぐに大きな掲示板が置かれているのだが、そこにB5くらいのノートを破って書かれたメモが張られていた。名前、時間、要件の順番で書かれるいつものメモ、異変後しばらくして姉ちゃんが帰って来て貼って行ったみたいだ。
このメモに被る様にメモを書いて貼っとくのが家の情報交換方法である。父さんも母さんも発掘に出かけると連絡がつかないし、いつ帰ってくるかわからないので、この連絡手段は優秀なのだ。玄関にはメモ用の紙とペンもある。
「書置きが簡潔すぎるんだよなぁ」
姉からは自分が無事である事、いつの間にか羽田空港に居た事、会社の方で住居を用意してくれるようなので落ち着いたらまた帰ってくると書いてある。他は特に何も書いてない。実に短く要点だけの余白が多いメモだ。
これを見たら普通の家だと仲が悪いのだと誤解されるが、至って普通の関係だと思う。喧嘩した事も無いし、普通に挨拶も交わすし、無視することもされることもない。至って良好なのだが、俺はあまり率先して話す方でもなかったし、姉は物静かで清楚だと評判であった。家でもそんな騒ぐタイプじゃなかった気がする。
「えーっと、生きてる。賃貸を追い出された。適当に野宿してる。あとハンターやってるっと」
うん、こんなものだな……こうやって文字にして壁に張ってみると、不穏以外のなにものでもない内容だな。うーん、流石の姉ちゃんもこれでは心配するかもしれない。するよね? しないかな? ……分からん。
「うーん、心配無用っと」
うん、念の為に書き足してみたけど大丈夫だろう。
「これでええやろ、大して心配してないだろうし」
またそのうち落ち着いたら帰ってメモ残しておくか……父さんと母さんは戻ってないか、ちょっとは寂しいかな? 二人の事だから元気にやってるとは思うけど、遭難しても太って帰ってくるくらい元気な人達だからな。
「どこで何をしてるんだか……帰ろ」
一番可能性があるとしたらエジプト、他は分からないな。
「不動産もあっさりだったな、まぁいいか」
退去届けは言われるがままに名前書いたら終わった。実にあっさり流れ作業である。しかも終わったらさっさと出て行けと言わんばかりに立たされ追い出された。
あの不動産屋に呪いあれである。茶の一杯くらい出しやがれってんだ。
「住所を実家にしたからこれからは偶に帰らないとな」
他にも住所変更やらなんやらでさらに数日が潰れたわけだが、おかげですべての準備は整った。会社から必要なものは粗方持ってきたし、あとは異界のホールで住環境を整えればいい。
「さて、ねーちゃんに会う前にさっさと行こう。説明が面倒だ」
なにも無くなった部屋を出て鍵を掛ける。鍵は玄関の郵便受けに入れてお行けばいいらしい。楽であるが、少しでもこちらと会話したくないと言うのが見え見えであった。
自転車には大量のキャンプ用品、その中に最後の荷物を入れて蓋をする。実に少ないがまぁ十分だろう、これが女子なら色々と必要なのだろうけど男は着替えが何枚かあればなんとかなるし、化粧品も髭剃り後の化粧水くらいだ。あまり使わないからずいぶん昔に買ったきりだけど、買い直さなくても大丈夫だろう。
自転車を押して門を出て振り返った先には、もう戻って来ることはないだろう3万円も値上げした賃貸マンション、気持ちと違って自転車の漕ぎ出しは電動のおかげで実に軽やかである。
「到着! ここをキャンプ地とする!」
キャンプ地までの到着時間は一時間ちょっと、地下道も慣れたのでスピードを出してもなんともない。化物も追いつけないし追いかけてこないので実に楽であった。
「会社にまだキャンプ用具が残っていてよかったなぁ」
ホールの端っこに置いていたガソリンにはまったく変化もなく、ホールは前回来た時と変わらず静かなものだ。
ガソリンの横に自転車を停めて荷物をどんどん出していく。最初に組み立てるのは簡単に組み立てられる自立式のテント、外だとペグで固定しないと風でどこまでも吹っ飛ばされるがここは室内、風も少し気流を感じるくらいだから荷物を入れれば問題ない。
「タープに緊急時用の組み立てベッドにLEDランプ」
問題があるとしたら荷物を入れると狭くて寝られないと言う事ぐらいだ。大問題である。
しかしその問題を解決するのがタープ、伸縮足つきポールを伸ばし、水入りペットボトルをペグ代わりの重りにして広げればあっと言う間に安心の空間が出来上がる。ポールの広げた足の上に荷物を置けば……意外とがっちり固定されるな、風が無いからだろうけど十分だ。
タープの中には組み立て型のベッド、布張りで通気性が良く夏場のレジャーに最適と書いてあったが、寝袋を敷けば江戸川大地下道の気温でも何ら問題はない。タープのポールにLEDランタンを引っ掛けてやればあっと言う間にお洒落空間である。
「うーん……なんか不安定だな、重りが足りないかな? 下が石畳だからペグ打てないし、仕方ないか」
二リットルのペットボトル一本では重りが足りないみたいでタープが弛む、これは要改善だな、どうしても必要ならEマーケットでお茶でも買えばいい、2リットルのお茶が出た実績もあるしな……。
「あとの荷物は折り畳みコンテナに入れて」
これも会社から持ってきたプラスチック製の折り畳みコンテナ、書類とか色々入れて便利に使えるやつだ。倉庫管理の人に聞けばもっと大きな物もあっただろうけど、ここに持ってくるには段ボール箱ぐらいのサイズが丁度良い。
「コレクションは纏めて入れてっと」
積み重ねればまぁ箪笥とかの代わりにはなる。
入れる物も少ないので一箱はコレクション入れになった。最初のスライムキューブに骨キューブ、割れメタル各種に手に入れたばかりのライター。
このライターは燃料が無いのだが、中に綺麗な赤い石が入っているのでこれが燃料代わりなのではないかと推測、構造はオイルライターに似ているけど頭を横に捻るとスライドして青い火が付く。反対の時計回りに捩じれば蓋が締まって火も消えると言う片手で使えるお洒落構造であった。
「良いんじゃないか?」
テントを張り始めてから30分ほどかかっただろうか、テントにタープ、ベッドに椅子に折り畳みの小さなテーブルが二つ、その上にはIHの調理器具。その他キッチン用品はクーラーボックスに突っ込んで有り、傍から見たら完全にアウトドアに来た人である。
椅子の座り心地がとてもグッドだ。
「落ちつくな……惜しむらくは大きなテーブルが無かったことか」
テーブル二つの理由は小さいから、小さいのだ、おひとり様用にしてもちょっと足りない。調理器具を置いたらもう他が置けなくなるのだからその小ささが分かるだろう。
尚、大きなテーブルは大輔が全部持って行っていたのでSNSでバーカバーカと送っておいたのだが、返信は? マークで溢れていた。
「発電機動かしてみるか」
そんな事より今回のメインディッシュである発電機、小型ポータブルガソリン発電機と言う素敵アイテムを見つけた時は運命だと思った。それとIH調理器具を合わせたら最高の野宿ライフが送れると小躍りしたものだ。
まぁ結構重くて腰に結構な負荷がかかったんだけどね? もう少し大きかったら再起不能になるところだった。椅子で休んでいたのもこいつの所為である。
「ガソリンを入れるのは、ここか」
ガソリンを入れるための手動ポンプは百均から買ってきたので、タープの裏においてある発電機の給油口に先端を差し込む。当然だが中身は入っていないからたっぷり入れないといけない。
「よいしょっと」
ガソリンは当然ドロップのガソリン。キャップを開けてポンプの反対側を入れたら頑張って赤い頭のポンプを揉む。このなんとも言えない感触が癖になるのだが、最近はモーターが付いた電動式のものもあるそうだ。
しかし俺はこっちの方が好き。
「蓋を閉めて、スイッチを入れて、念の為にチョーク入れて、引っ張る」
ちょっとガソリンが床に零れたけどまぁすぐ揮発するやろ、かまへんかまへん。あとはロープを引っ張るだけなんだが、妙に硬いな? ちょっと本気で引っ張る必要があるかな。
「ふん! ……ふん! ……ふん! ふん! ふん!」
ふおおおおおおお!!? 回らん、壊れてた? あ、でもちょっと軽くなってきた。ずっと仕舞ってたから硬くなってただけ? お、おお? 回り始めた。
「パワーが足りなかったか? いきなり爆発はするなよ?」
腰と肩にダメージが蓄積するなこの発電機、まぁこれで文明の利器が使えるから良いか。あとは延長コンセントを電源タップと繋いで、お湯沸かして、これでスマホも充電できる。
でも……
「結構うるさいな」
これを動かしたまま寝るのはちょっと無理があるな、快適な眠りには程遠い。
「やっぱあれ買ってくるか」
そうなると欲しくなるのがアレだな、アレならサステナブルマーケットにも売ってあると思うし、ガソリンを売った帰りにでも買って来よう。
「おお、充電できてる」
当たり前だけどちょっと感動、発電機なんて早々使う機会無いからな? まぁこれからは良き相棒になってもらおう、何せ燃料はいくらでもあるんだから。
「あれ? そう言えば電波入ってるな」
充電ケーブルを差して問題なく充電されていくスマホを見れば電波がしっかり入っている。どこにも不安定なところが見当たらないほどにしっかり受信できているし、タップしてみればネットにもつながるしTも見れた。
「今まで危ないからスマホはバックパックに入れてたけど、なんで電波が入るんだろ?」
どういう原理か知らないがスマホが普通に使えるらしい、これも後で調べておくか。
「便利だからいいけど」
異変以降は不思議現象が多発してるから、何かあってもあまり気にしなくなってきた。この間もTにアメリカ大陸発見と言う動画が上がっていたのを見て一回スルーしてしまった。
尚、アメリカ大陸は宇宙に浮かぶ多数の新惑星の中の一つで発見され、その事によりすべての国は無数に出現した惑星上にあると思われ現在観測作業が急がれているそうだ。しかも見つけたのは天体望遠鏡を新調した民間人で、アメリカ大陸からは光によるモールス信号が送られてきているらしい。
「うるさいな、止めよ」
何とも感慨深いが発電機の音で台無しである。
「……よし、一狩りしてガソリン売りに行こう」
今日やるべきことは決まった。色々と整理がついて一休みしたいところだが、変化著しい今の世の中で立ち止まっているのは良くない気がしてきた。焦っているのか分からないが、とりあえず耳が難聴になる前にアレを買って来よう。割とうるさいぞこの発電機、小型仕様だから静穏性が甘いのだろうか。
「一斗缶エリアは明日から攻略するとして、今日はドラム缶を少し狩っておこう」
発電機のスイッチを切ればすぐに止まる。とても静かだ。これだけうるさくしても化物が現れることがない平和なホール……何か音楽を流せる物も欲しいな、静かすぎるのも少し物悲しく感じる。
「なんだかベテランハンターになった気分だな、慢心はしないけど」
荷物を片付け自転車に乗る。狩るのはドラム缶、かなりの大物を狩りの相手にしているなんてちょっとベテランハンター感があってどうしても気分が上がる。気分が上がるのはたぶん良い事だろう、これからハンターとして生きていくことになりそうなのだから怖気付くよりはマシだ。
「安全第一、そのうち服もマシなのに替えたいな」
全体的にマシにしていきたい。とりあえずは衣食住の充実、ボディアーマーがあるとは言えもう少し見た目を何とかしといた方が良いだろう。この格好で自転車漕いでると結構見られるんだよね。ハンターの中には凄い装備の人も居るらしいが、Tで参考になる動画はあるだろうか。
そんなことを考えながら走ればあっと言う間に目的の南入り口、離れた場所に自転車を置いて歩けば少し煤けたような石畳が見え始める。
「さぁこい! ドラム缶!」
叫んでも来ないけど気分だ。気分は大事、何せ今日はある意味俺の人生の節目だからな、所謂分水嶺と言うやつである。キャンプで一休憩して始まるなんて中々優雅な始まりなのじゃないだろうか。
いかがでしたでしょうか?
落ちるとこまで落ちた感のある羅糸ですが、ずいぶんと前向きなようですね。
目指せ書籍化、応援してもらえたら幸いです。それでは次回もお楽しみに!さようならー




