第101話 『エピローグ ~チュートリアルは終わり~』
修正等完了しましたので投稿します。楽しんでいってね。
「流石店長、なんでも揃うねこの店」
本当に何でもそろうリサイクルショップである。
試しにお願いして見たら三日で届いたのは、自転車用大型カーゴトレーラー……と言うらしい。某猫の宅急便屋さんが使っている奴と言うだいぶ乱暴な説明で理解してくれた店長が特急で取り寄せて、今は店員さんが取り付けの最終チェックをしてくれている。
正直だいぶ厳つくなったけど、これで積載量も上がって新たなステージへと俺を連れて行ってくれるはずだ。
「まぁな、それは良いけどそいつにガソリン満載してくるなよ? 流石に捕まるからな」
「それは俺も怖い。どこかで一個くらい落としそうだ」
取り寄せてもらう時に条件としてガソリンの運搬には使わないと約束させられたけど、正直俺もこれにガソリンを満載して運ぶのは怖い。使い方次第では荷物を山のように載せて運べるそうだけど、その分不安定になるので十中八九警察のお世話になるだろうとのことである。
そのへんに関しては、異界の先でしか使わないので何の問題も無い。取り外しも簡単に出来るので至れり尽くせりである。
「連結終わったっす! どんなオフロードでも使える様に完璧に仕上げたっす! でもこれどうするっすか?」
「ちょっと異界の深淵に足を踏み入れようと思ってね」
そう、異界の深淵に俺は触れてしまったのだ。その先にいったい何が待っているのか、今からわくわくが止まらない。勝手に頬が緩んでしまう辺りは、たぶん両親から受け継いだ血によるものだろう。これでは今後二人に対してジト目なんて向けられそうにない。
と言うか、何をするのか姉ちゃんが知ったらジト目で見られそうである。
「中二か? 流石に精神疾患の薬はねぇぞ」
「中二は薬じゃ治らないっす」
どうやらこの二人に対しては今後考え方を変えなければいけない様だ。せっかく今感謝したばかりだと言うのに自ら評価を下げに来るとは便利な二人である。
そして俺はそっとスマホを取り出した。
「よし、今後ガソリンは別のところに売ろう」
「冗談、じょうだんだよぉ羅糸君、これまで通りうちに売りに来てくれるよね? んん?」
どこか別の売り先は無いかとねーちゃんに相談しようとした手が、店長に握りしめられて動きを止められる。俺の握力を知っているから握っているのは手首な辺り、かなり警戒しているようだけど、すぐ隣に寄せてくる店長の必死な顔が気持ち悪い。
「さぁね? 売って欲しかったらもう少し値上げしてほしいな」
「おお、それなら構わねぇぞ?」
「いいの?」
値上げは良い様だ。
「ガソリン価格が今じゃリッター400円だからな、もう少し上げても買い手は付く」
「たっか!?」
高過ぎである。
俺から離れた店長がほっとした顔で煙草に火を点けて大きく息を吐く。すかさず店員さんが小型の消火器を装備する。目の前には自転車から下ろしたばかりのガソリンが並んでいるのだ。当然の対応だけど、最初の頃を思い出して懐かしくなる。
それにしても1リットル400円は高い。消火器を持っている店員さん目を向けると頷いていた。
「最近じゃすっかり車が少なくなったっすけど、だからって必要は必要っすからね」
「ねーちゃん悲鳴上げてそう」
「上げてたっす」
もう上げてたか。最近会ってないけど大丈夫だろうか? そう言えば最近サステナブルマーケットに通いやすいと思っていたら、車が少なくなっていたのかな。
「……俺も頑張ってみるか」
俺に出来るのは、少しでも多くのガソリンをここに持ってくることくらいだ。日本円も稼がないといけないし、一石二鳥と言えなくもない。
「お、油田でも掘りに行くか?」
「それも面白そうだ」
油田か、何があるか分からない異界だから見つかったとしてもおかしくはない。でもそれ以上にあの先にはまだまだ何があるか分からない。すでにあの謎の場所には何度か行っているし、ゲートの外も確認して街の姿を確認済みだ。
シャッフルと言うものの所為か、詳細な場所は分からないけど、見知った化物の姿も確認できたので、調査の為の拠点をあの廃墟で作りつつ、今後はあの場所の調査を進めるつもりだ。
何より、あの廃墟のトイレはまだ生きていた。まさに文明開化である。素晴らしいの一言に尽きる。まだ時間はかかるが、未来は明るい。
「うーん……」
明るい未来に笑みがこぼれる羅糸が店長たちに心配されている一方で、辛気臭い唸り声を垂れ流すのは、の異界管理協会江戸川大地下道総括である西野。休憩室でスマホを見詰める彼女の前には、食べかけのサンドイッチが音も無く倒れ、カップの中の温くなったコーヒーに波紋を起こしている。
「総括どうしました?」
「え? あ、ごめんなさいね」
ずいぶんと長い事スマホとにらめっこしていた様で、心配になって声を掛けるのは羅糸とも顔なじみとなった警備担当の女性。彼女の声に気が付くと慌てて顔を上げる西野は、パイプ椅子に座り直して少し照れたように微笑む。
「いえいえ、休憩中ですから……何か悩みでも?」
「そんなんじゃないですよ。最近ら、望月さんの動画が更新してなくて」
「ああ、最前線の……確かにあの人の動画は貴重ですからね」
よく見ると西野が手に持つスマホには、大輔によって編集された羅糸の異界動画が流れており、しかしそのチャンネルはスライム爆殺シリーズ以降更新がストップしているようだ。
しかし、ストップしているとは言っても、貴重な化物の映像だけあって日々再生数は伸びており、それに伴い最初の頃の動画もじわじわ人気が出始めている。ただ、どうしても日本以外の国が無くなった事でその伸びは異変以前よりは落ち着いた伸びであった。
「ええ、少しでも異界の奥の状況が分かると良いのですが、この動画のおかげでここの探索状況も信用してもらえましたし」
「本部も頭硬いですよね」
また、この動画が決定打となって、異界を管理する協会における江戸川大地下道の待遇が改善された様だ。その対応の遅さに溜息を洩らす警備の女性であるが、その言葉に同意する様に笑みを浮かべながらも困った様に眉を寄せる西野。
警備の女性が言う事も確かにそのとおりであるが、ありのまま事実だけを書いた報告書ではとても信用されないのもしょうがない。
「ふふふ、でも信用しろと言うのも難しくて」
「C級ですもんね」
なにせ羅糸は異変や異界関連の行政から全く期待されていないC級のハンターである。そんなハンター(笑)とまで揶揄される人間が最前線を突き進んでいるなど、プライドの高い人間には理解出来なかったのだ。
「どうしてそんな判定になったのか……」
そもそも、羅糸のC級判定に問題があったのではないかと言う声も出ているようだが、その話を認めればどこかで責任問題が発生してしまうと心配した者達の手によって、そういった話は握りつぶされているのが実態であった。
「なんでも最初は恩恵が使えなかったそうですよ?」
「それは聞きましたが、判定があまりに流れ作業過ぎます。事前に注意が必要と分かっていてこれでは」
恩恵が使えないからC級、その判定は一見問題ない様に見えるものの、西野としてはあってはならない判定らしく、ぶつぶつと不満を呟き続ける。
その言葉からは、異変が起きて早期に立ち上げられた恩恵を調べる組織が、事前にしっかりとした計画の下で立ち上げられたかのようで、しかしそんなわけがなく、酷な事を言うと警備の女性は小さく肩を竦め、真剣な表情を浮かべる西野を見詰める。
「大変そうですね」
羅糸の前とでは全く印象の違う西野を見て、思わず呟いてしまう警備の女性。
「手伝ってもらっても構わないのですよ?」
「お昼いってきますぅ!」
その言葉の他意に気が付いたのか、険しい笑みを浮かべたに西野に女性は慌てて声を上げるとその場から急いで立ち去る。
「ふふふ……日本人は、どれだけ生き残ったのでしょうか」
慌てて立ち去る警備の女性を見送った西野は可笑しそうに笑うと、休憩室の窓から見える夏らしい空を見上げ小さな声で呟く。その声は同じく休憩室で昼食を摂る者達の耳には届かなかった。
時刻は昼食時、大人がお昼を食べているのであれば当然学生も昼食の時間である。とある高校の学食には多くの利用者が集まり、それぞれ好きなテーブルで輪を作っていた。
「なんで!? 危険すぎる!」
しかし、仲の良い人同士で集まり昼食を摂っていたであろう学生たちの輪から大きな声が上がり、いくつかのグループはその大きな声に驚き振り返る。そこには好青年を絵にかいたような男子が立ち上がり、まるで睨む様にしかし心から心配するような目で女子生徒を見詰めていた。
「正義には関係ないでしょ」
好青年はよく見ると、何かと羅糸と縁がある高校生であり、彼が見詰める先に居る女生徒もまた、羅糸と多少の縁が出来た少女のようである。
「美麗……」
心配そうに声を掛けるのは黒髪ロングな薫子、その視線は真剣であるが、何かを否定しようと言う意思は感じられず、幼馴染であり高校の後輩でもある美麗が心配で仕方ないと言った様子だ。その気持ちは美麗にも伝わっているのか、しかしその気持ちに答えることは出来ないと言った様子で困った様にその視線を見詰め返す。
「ごめんね薫子ちゃん、でもこれは絶対なの」
じっと見詰め合う二人に思わず息を飲む周囲であったが、おずおずと、しかし意思の一本通った声で話す美麗に薫子は微笑む。
「そう、それじゃ私も手伝う」
「「「ええ!?」」」
そして爆弾を投下した事でその場はさらに騒がしくなるのであった。
それから時はしばらく流れ、涼しく乾いた風が流れるどこか。
「準備出来ました!」
なんでこんなことになったのか、いや強く出れなかった自分が悪いんだけど、まさかこんな展開になるなんて誰が想像できただろうか? 俺には出来ない。
思わず背中が丸まってしまう俺の隣でやる気に満ちている牛乳少女。
「本当に来るのかい?」
「はい!」
もう何度目かになる質問に対して変わらぬ返事を返す牛乳少女、普通なら何度も同じ問いをされれば嫌そうな顔の一つもしようものだが、変わらずやる気に満ちた表情で短く返事を返す彼女に思わず目を細める。
おじさんには眩しすぎる生き物なので、帰りませんか? ……そうですか帰らないですね。目で語り掛けるのやめてください。
「……こんなはずではなかったんだけど」
「良いんです! それに一人より二人の方が楽しいですよ」
こんなつもりで助けたわけじゃないんだけど、なんでこの子はここにいるのか、この場に銭湯ババア共が居たらなにか教えてくれるだろうか? 俺には若い女の子の考えなんてわからないよ。
この先に進めば真面な生活とは無縁だろう。頑張りようによってはそれも分からないけど、普通なら不安と不満しかないと思う。
「真面な生活にはならないと思うぞ?」
「望むところです!」
望むんだ……。
それに女の子なら身嗜みとか気にすると思うんだ。俺は男だから、一人なら多少臭くても構わないけど、女の子と一緒だとちょっと気になるな。
「銭湯も中々は入れないぞ?」
「作ればいいんです!」
作るんだ……。たくましいね。
てか、それって俺が作る流れかな? 君大分不器用だよね? いや、この顔は何も考えて無い顔だ。ノープランでやる気だけあるタイプだ。仲間にするには一番危ないタイプの様な気もするけど、不器用なところ以外はスペック良いから考えものである。
「牛乳も飲めないぞ?」
「……どういう意味ですか」
こわ!?
他意はないよ!? 無いから胸を手で押さえながら睨むのはやめなされ、その辺に関しては健康的な生活が一番大事だから、まだ成長期だから大丈夫。だぶん、きっと、めいびー……。
「他意はない」
睨むのはやめてくれたがジト目である。まぁ女の子にそんな目で見られても可愛いね? としか思わないんだけどさ。実際この子かなり可愛い側の人間だろうし、ほんと何でここに居るの貴女? おじさんには解りません。
「そんなのはEマーケットをレベルアップさせればいいんです!」
「先は長いなぁ……」
それは長いよ、俺でもまだ達成できてないのに、Eマーケットで牛乳を売ってもらえるようになんてどうやったらいいんだか、今の東京じゃ牛乳って貴重品らしいからね。グリーンタワーに大量投入と言うわけにもいかないだろう。
「良いじゃないですか、長い方がいっぱい楽しめます」
楽しいかな? 楽しいの? そうなの? ……ならそうかもね。なんでそんなに良い笑顔なんだ。
「うーん、それじゃ良いか。トレーラーに乗ってくれ、落ちるなよ」
「はい!」
何が楽しいんだろうねぇ? ハンターランクを考えたら俺なんかに付いてくるより東京周辺でブイブイ言わせた方が楽に稼げるだろうに、若い女の子の考えは分からん。
ただまぁ、トレーラーに乗るだけで燥いでいる姿は、目の保養にはなるので、もうこれ以上何も言うまい。作業服も存外似合ってるぞ、美少女と言う生き物は大概なんでも着こなすものだ。
「さて、チュートリアルは終わり……本番と行きますか」
自転車のバッテリーよし! カーゴの蓋よし! フライパンよし! 各部駆動部及び連結よし! 俺の気持ち、まぁまぁだけどとりあえずよし! ……ペダルも重くはないな。
漕ぎ出せばコンクリートの壁とゲートが近づいてくる。この日の為に刈り取った草の山が萎れて来ている。今日はお昼過ぎには一度戻って廃墟の拠点を掃除の予定だ。
それまでに街の様子と化物の調査、わくわくが止まらないな。父さん母さん、今頃どこで何をしていますか? 俺は危険なフロンティアに足を踏み入れています。
きっと二人なら笑顔で送り出してくれるだろうな、孫の顔? 煩いよ! 親の理想を押し付けないでくれ、俺のそう言う青春物語はこれからなんだ。
いかがでしたでしょうか?
これにて第一部完となります。先は細々と書いていくつもりですが、早く!先が気になって眠れないの!って子が多いようなら前倒しになる事もあるかもしれなせん。そんなわけで。
目指せ書籍化、応援してもらえたら幸いです。それでは次回はどこか別のお話で!さようならー