第1話
始めましての方は、初めまして。
常連さんはこんにちわ!どうもHekutoです。
今回の新作は完全ローファンタジー、押し付けの善意に翻弄される主人公たちの変わっていく日常をお楽しみください。
白い奴までの距離は5メートルくらい、一息で走り抜ける程度の距離だが俺にはこのくらい近くないと戦えない。A級やB級ハンターの中にはもっと遠距離から一方的に戦える奴や、正面から殴り合える奴らがごろごろいるらしいけど、俺にはそんなトンデモ人間の様な力はないらしい。
そんな事を考えている間に白い奴はゆっくりこちらに近付きながら、手に持ったボロボロの短刀を両手で握り顔の横に構えて振り上げ始める。動きは緩慢でふらついているが、その一撃が思いのほか重い事を知っている俺は左腕を振りかぶった。
「くらええ!! おっしゃもういっちょっ!」
左手に握っていた大きな石が弱々しく白い骨の化物に飛んでいく、利き手じゃないからこんなものだが、化物は石を短刀で払い落す。この化物は一度短刀を振るえばすぐには態勢を戻せない、その隙に俺は右手に持った一回り大きな石を振り上げ駆け出し、中身の無い頭に向かって振り下ろす。
「はぁっはぁっ……ふぅ」
体と同じで骨しかない頭蓋骨は伽藍洞のはずなのに、真っ暗な目の奥に青白い灯りが揺れて見える化物の名前はスケルトン。協会が付けた名前だがヲタクにも優しく解りやすい名前だと思う。
「肩と腕が疲れてきたな、でもなんだ……結構いけるじゃん」
頭を殴り壊せば塵となって消えて行くので比較的楽に倒せる化物だが、C級ハンターの俺には素手で殴り倒すなんてできない。絶対に出来ないと言うことは無いが、あちこちに落ちている石で殴った方がずっと効率が良い。流石に何体も倒していると疲れてくるが、最初に比べたら随分と楽に倒せるようになった……と思う。
「骨キューブ、ちりつもちりつも」
塵となって消えた後に残るのはこっちも協会が名前を付けた現象であるドロップ、協会の人間には絶対ゲーム好きがいるに違いない、なぜなら俺でも理解できる名称が多いからだ。
地面に転がるドロップは掌に乗るサイズの骨キューブ、公営買取り所に持って行っても2円にしかならないが、リサイクルタワーに入れると5Eマネーになる。十個集めればおにぎり一個にはなるんだが、高いのか安いのか良く分からない。
「お、今度はお前だな」
日本円じゃ駄菓子も買えないがEマーケットを使えば何とか食いつなげる。だからお前も俺の為に糧となってくれスライム。
「行くぞ、えいや!」
武器はこの地下道にいくらでも転がっている石、もう少し大きければ漬物石にでも出来そうな物から小石まで、拾い上げたそれらが俺の武器だ。そして使い方は投げるか殴るか、スライム相手には離れた場所から投げる一択だ。
「はぁ、スライムけっこう強いよな」
倒すまでに投げた回数は5回、全部当たっているのだが中々塵に変わってくれない辺り結構頑丈な化物である。最初は目の前で殴ってみたが、軍手が溶けたので今は離れた場所から石を投げている。
こいつだいたい何でも溶かすらしいけど、それが無ければもっと良心的な化物なのに……。
「ん? なにか騒がしいな」
なにか騒がしいけど先にドロップを拾わないと、横取りもあるらしいからな。
こいつが落とすのはスライムキューブ、プルプルとしたゼリーみたいな何か、ただの水ではなくゼリーでもないとかで、今も研究中らしいこれは買取り所で買い取ってくれるが上限があって今は引き取ってもくれない。これも5Eマネーになるから拾い集めるのだが、塵が落ち着かないとドロップは現れない。
「にげろ!」
「こっちくるなよ!!」
「うるせえ! 雑魚はどけ」
なんだ? 奥から人がたくさん走って来るけど、この辺りはスケとスライムしか出ない筈なんだけどな? うわ最悪だ、あいつ武器振り回しながらこっち来るよ、薄暗い地下道は端が見えないくらい広いんだからこっちに来ないでほしいものだ。
「さっさと逃げ、あ」
こっちも最悪だ、いつの間にかスケルトンが近くまで来てる。こいつら何時もは遅いのにいつの間にか近くまで来てることがあるんだよ。異常者から逃げるにしてもこいつを連れてくと安全義務違反になっちまう。
「くそ、こんな時に」
武器振り回し男はまだ離れてるから今のうちに倒してしまおう。多少無理してでも倒さないと逃げるに逃げられない。
すぐに屈んで石を拾う。この江戸川大地下道にはあちこちに石が落ちているので武器には困らない。ただまぁ観光目的で来てる連中が躓いて怪我するからと、最近は入り口近くの石が撤去され始めて困る。
「たまに動きが早いのなんなんだ! おお!!」
先ず一投、すぐ目の前まで来ていたからすぐに短刀で切り払われる、まだ少し早いが急がないとまずいのでそのまま右手を大きく振り上げた。
「よしや「邪魔だどけ!!」ぐぇ!?」
その瞬間背中に痛みを感じて肺から空気が強制的に吐き出されると同時に、目の前の骨の頭が何かで吹き飛ぶ、そして地下道の土が口に入る。どうやら意識がとんでいる間に転倒してしまったようで、受け身なんて取れるわけも無くて体のあちこちが痛い。
「いてて、なんて奴らだ」
顔を動かせば地面の上に転がる骨の山、まだ塵に帰っていない様でドロップは無いようだ。体は動く、体を起こせば痛いが致命傷じゃないと思う、背中は焼けるように痛くてどのくらいの怪我か良く分からない。
「立て!! にげろ!!」
耳も聞こえるし目も見える、立って、逃げる? 何から? 頭がうまく回らない、足も震えて動きが悪い。声がたくさん聴こえる、いったい何が起きてるのか分からない、とにかく立って、立って、
「へ? ……ぁ」
<カーーン!!>
最後に見えたのは目の前に跳び上がった化物、足と手が生えた缶コーヒー、妙にひょろりとした足で跳び上がった缶コーヒーは自ら頭のプルタブ引きちぎる様に開き、反対の手に持った四角い何かに火を点す。
そして世界は真っ白に染まり、甲高い、ボールを打った野球のバットのような鳴き声と共に暗くどこまでも落ちて行く。
思い出す。
あの日、世界が変わってしまった日、あの日も似たような音が鳴り、場違いな音に呆れていたが、後から考えればその音はまるで大きな変調の前触れのようであった。
<打ったー! 大きい! これは大きい!>
「おっしゃー! いけ! いけ! ホームラーーン!!」
力いっぱい振ったのであろう、木のバットなのに随分と甲高い音が鳴った気がする。音の発生源は目の前の机に座る男が手に持つスマホ、どうやら野球、時間的にはナイターであろう。最近ではテレビでも見なくなった放送をそれ専用のアプリまで入れて見ているのは、一応同期となる柳沢 大輔だ。
名前なんてどうでもいい、取り合えず言いたい事は、
「働け」
この一言に尽きる。
「休憩中だ休憩中」
「だいぶ長いが?」
休憩だと言ってすでに1時間以上、もうそろそろ2時間だろうか? どうしても今日の試合が見たいんだと言って来たので許可した俺が間違っていたのかもしれない。だからと言って不平不満を言わないと言う理由にはならないし、そんな事を気にするような仲でもないのでジト目で睨んでおく。
「仕方ねぇじゃん延長入ったんだから」
大輔は気にした様子も無く、スマホから目を離さず理由にならない理由を吐いて欠伸を噛み殺している。スリッパ投げつけてやろうか。
「……早く帰りてぇ」
「あとどんだけ?」
ほんと早く帰りたい。大体が今やってる仕事は俺の仕事じゃなくて課長が頼まれた仕事をそのまま俺達に渡してきた物だ。自分のPCのパスワードと部長のPCパスワードまで勝手に渡してまで帰宅した理由は、推しのキャバ嬢の誕生日だからとかほんと死ねばいいと思う。
「あとおまえの分」
と言うか俺の分の仕事は終わっている。今弄ってるスプレッドシートは目の前の大輔がやる部分なので本当は帰っても良いのだ。
「……コーヒーお持ちしますね!」
「自分でやれや!」
だが俺が先に帰ったら絶対にこいつはやらない。誰かがいれば比較的働くこいつは、人の目が無いと無限にサボる。サボった結果怒られるのはなぜか俺なのだから理不尽極まりない、まぁこいつも減給祭りでこれ以上は法に触れるとかでどうしようもないらしいけど……。
「おこっちゃいやーん」
目の前で気持ち悪い科を作って変な声を垂れ流す動物に疲れを感じると、PCを指差し無言で働けと促す。そこまでやって、やっとこPCを立ち上げ始める。疲れた。
「はぁぁ……ん?」
肩も凝ったし腰も痛い、目も疲れたし頭も痛くなってきそうだ。そう思って背凭れに体重を預けていたのだが、妙に部屋が明るく感じる。省エネとか言われて部屋の照明は半分消しているのでこんなに明るくなるわけがないんだが、誰か来たのだろうか。
「ん? どうし……え?」
「「明るい?」」
しかし違った。明るいのは外だ。日は完全に落ちて真っ暗だった外はまるで昼間の様に明るくなっていく。いやそれ以上に明るくなってきている。まさに真っ白、社長の娘の写真集を作るとかで手伝いに行ったスタジオの照明のように眩しく照らされた外は真っ白に染まり、俺達がいる部屋の中も明るく照らされ白く染まっていく。
大輔が何か叫んでいるが、その声すら白く染まる様な、全ての意識が遠くに離れて行く。なんだこれは……。
「世界の安定度が当初の想定を大きく下回りました」
どこからか声が聞こえてくる。男の声で世界の安定度だかなんだかわからないが、下回ったって事はあまり良い事ではなさそうだ。
ふわふわする。お尻に感じていた固い椅子の感触も無い。なんだか胸の辺りが軽く気持ちよく、このままでは寝てしまいそうだ。
「滅びの未来が決定しました」
いやそれは困る。いくら気持ち良いからとは言え、滅びとか聞こえてきたら目が覚めてしまうだろ。男の声は平坦だが少し悲しそうにも聞こえる。
「システムは世界に対して救済プログラムの使用を決定しました」
今度は女の声だ。少し甘い感じの声で、声優とかVとかやったら人気が出そうだ。と言うかいったい今の状況は何だろう、不安はあまり感じないけど聞こえてくる声の内容が不穏過ぎる。どうやら世界は救済されないとやばいらしいと言う事くらいしか分からんが、何か決まったらしい。
「重大問題事項確認」
むむむ? 何が問題なのか教えてくれるようだ。親切だな、うちの上司は何が問題かも教えないくせに問題を解決しろと紙束を渡してくるだけだぞ、せめてデータで渡してほしい、無駄に書類を増やすけどあれ紙の無駄なんだよ、頭の髪少ないくせに節約しやがれ。
「飢え」
うえ? いや飢えか、日本に住んでるとあまり感じないけど、世界的に見れば飢えは問題かもしれない。いや、日本人もある意味飢えてるのかもしれない、高カロリーで栄養の乏しい食べ物を馬鹿みたいに食って、肥え太って動けなくなって、そのくせ栄養不足で体を悪くする。俺も、もう少し自分の体を大事にした方が良いんだろうなぁ……。
「貧困」
あ、これは俺に理解出来るぞ? まぁ本当の貧困を経験してるわけじゃないけど、薄給で働く身としては重大な問題だよ。昇給なんてほぼしない、そのくせ上司は毎日キャバ通い、どこからそんな金が出てるんだか……いや、出てる場所は知ってるんだけどさ。
「格差」
あぁまさにこれだよ格差、うちの会社は役職が付かない社員は奴隷と同じ、といって日本の労働者なんて奴隷と同じってたまに聞くけどな、ピラミッドを作っていた労働者の方がまだ幸せだっただろうとか言われた日にゃ、何のために働いているのか分からなくなったものだ。悩んだからと言って労働が無くなるわけじゃないので考えるのを止めたけど……。
「搾取」
……うちの会社の上層部だな、会社の儲けの9割はあいつらが懐に入れているらしい。らしい程度の話だが、十中八九事実だろうなとは思っている。力や権力を持った人間が弱い立場の人間から搾取して行く、百歩譲って搾取されて良いとしても、還元されなきゃ残るのは不毛の地だろうにな。
「死」
死か、重大な問題だろうか? 死は誰にでも平等にやってくるのだから、問題と言われてもな? あぁでも死にたくないのに理不尽に死を迎えるのはやるせないし、日本は自殺大国だからな、そう言う意味では問題ではあるんだろう。なんで死を選ぶか、俺には解らんが、そっちの道選ぶ前に相談してほしかったよ……。
「環境破壊」
あぁ、これはわかりやすく重大問題ですわ。最近も森林破壊が問題になってるし、地球温暖化なんかはずっと言ってるよな、冬はクッソ寒かったけど。あぁでも、人が外に出なくなった時期は空気が綺麗だった気がするから、環境破壊の原因は人間なんだろうな。
「これらに対して救済プログラムを実行」
なるほど、良く分からないけど今の重大問題から救ってもらえるのか、それは助かると言えば助かるな、出来れば今の状況からも助けてほしい。ふっかふかのお布団に沈み込んでいくような気持ちよさで動けない、助けてもらう必要あるかな? ないな。
「書き換え完了」
え……はや、今日日スマホのゲームでももう少し時間かかるぞ? 今の一瞬、いや十秒くらいかな、それで世界の重大問題ベスト6みたいなのが改善されたんだろうか、真っ白な世界じゃ何もわからん。
「一部問題が発生」
あ、やっぱり流石に早く終わりすぎたか。
「修正開始」
早速修正か、まだまだこの真っ白な世界でゆっくりする必要がありそうだな、ふぅ……。
「………………修正完了」
そうでもなかった。
修正早いよ、うちのシステム管理部門に見習わせたい。おかしくなったPCの点検お願いしたら一か月後にデータ消えたって言われてどうしようかと思ったのは記憶に新しい。
「整合性確保」
何を確保したのか知らないけど、何か色々と終わったみたいだな、まぁ俺の日常はそんなに変わらないだろ、今まで変わらなかったんだし、天変地異でも起きなきゃそんなに変わらない。……いやまて、この考えは危険だ。
「これより新しい世界を始めます。世界の成長を願います」
新しい世界? 少しわくわくする気持ちもあるけど恐怖しかねぇよ、でもなんだ、綺麗な女性の声で言われると少し不安も和らぐ辺り、男ってちょろいよな。
いかがでしたでしょうか?
世界が変わり新たな始まり、果たして主人公にはどんな人生が待ち受けているのか、お楽しみに。