十一話 『遭遇』
ぼんやりと空を眺めながら歩いていたら、人にぶつかってしまった。
「あ、すみません。」
「いえ。でも、もし他の人にぶつかってしまったら、私みたいに許す人なんてあまりいないですよ。例えば...」
「そうなんですね。肝に銘じておきます。」
俺はそう言って、颯爽とその場から逃げた。
なんか、話が長くなりそうだし。
それから俺は、また空を眺めながら歩いていたら、後ろから声をかけられた。
もしかしたら、あの人が追ってきたのかもしれないと勝手に思い込み、走り出した。
「ねぇー、浩人なんで逃げるの?」
その声を聞いて俺は立ち止まった。
ん?なんで、あの人が俺の名前を?
いや、待てよ。もしかして。
「もしかして、瑠夏か?」
「うん。君の元彼女の笹木瑠夏様です。」
瑠夏は微笑みながら言ってきた。
俺と瑠夏は高校の時に付き合っていたが、話が噛み合うこと自体があまりなかった。それから、喧嘩も増えて、お互い合意のもとで、俺たちは別れた。
昔の話ではあるが、今になって後悔は微塵も感じない。
それは、菜月との生活が楽しいし、一緒にいて、心地が良い。
それから、俺たちは近くの喫茶店へと入り、お互いの近況について話し合った。
「浩人は彼女とかできたの?」
突然瑠夏からこいう話を聞かれて思わず口に含んでいたオレンジジュースを噴き出すところだった。
「あー。彼女というか...結婚、したんだ。」
それを聞いた瞬間瑠夏は目を大きく見開いて、興味津々に俺の方に顔を近づけていた。
「そうなの!どんな子なの?」
瑠夏は目を輝かせながら聞いてきた。
「少し人見知りだけど、なんだかんだやってくれるところとか、ちょっと忙しないところとか、そいうところ全部を好きになったのかな。まぁ、最初はお互いあまり好きではなかったけど、一緒に暮らすうちに段々と好きになったんだと思う。」
瑠夏は、俺の話を真剣に聞いていた。瑠夏はどこか寂しげな、なんか昔のことを思い出しながら俺の話を聞いていたように思えた。
「そうなんだ。まぁ、ちょっと色々と疑問に思うところとかあるけど、でも、浩人が楽しそうに話しているのを見てたら、なんか幸せそうでいいなーって思った。」
瑠夏は、少しどこか吹っ切れたのような顔をしていたし、なにより、「私も、浩人みたいに幸せになってみせる。」と瑠夏はどこか、遠い空を見ながらそう言った。
それから、商店街で買い物をしていたら、もう辺りは夕焼けに染まっていた。
「じゃあ、もうここらで解散しますか」
「そうだな。じゃあな瑠夏。」
「うん。じゃあね浩人。」
お別れを告げ、俺らはお互い帰るべきところへと向かった。
なんだか、瑠夏といると俺の初恋を思い出してしまう。
しばらく歩いていると、後ろから声をかけられた。
「あのー。私達どこかで会いませんでしたか?」
唐突に後ろの人から声をかけられた。
俺は、後ろに向いて声をかけてきた女性に、人違いです。と言おうと思ったが、その女性を見て俺は、眉間に皺がよってしまった。
だって、その女性は...
「あなたは、もしかして昼頃くらいに俺とぶつかった人ですか?」
「はい。その節は大変申し訳ありませんでした。初対面にも関わらず無礼な態度をとってしまいました。どうか許していただけないでしょうか。」
「いや、許すもなにもないよ。俺がよそ見をしてたのが原因ですし。」
「いえ、そうにもいきません。なんでもします。キスとか、エッチとかでも構いません。私は他と比べれば容姿に優れていますので。」
確かに、男としてはかなり魅力的な提案だが、俺には妻がいる。俺は彼女に、「世界一可愛い嫁がいるし、あなたよりもうちょっと胸あるから、そっちの方が断然良い。」と言いたかったが、流石に失礼すぎるし、普通に恥ずかしい。
「いや、そんなことはしませんし、あなたになんて一ミリも興味ありませんので。」
そう言われた彼女の長い艶やかな黒髪が風に揺られていた。
この人は魅力的な女性だ。
だが、名前も知らないしこの人はなんというか、少し厄介そうな気がする。
「そういえば、まだ自己紹介すらしてませんね。まぁ、名乗っても正直意味がない気もしますが...」
彼女は何かぶつぶつ言っていて、急に俺の顔を見つめて、彼女は自身の名前を言った。
「私の名前は、雨沢潤羽。多分聞いたことがあると思いますが、多分あなたの想像通りだと思います。」
雨沢潤羽。彼女の名前は誰しもが知っている。
なんて言ったて、雨沢財閥の令嬢だ。
まず、雨沢財閥とは、世界中のお偉いさん、否、世界の頂点とも言える庶民には恐れ多い貴族の一つ。
正直なところ、あんまし貴族などとは極力関わりたくないのだか、なぜか知らないが俺は昔から、どこかのお偉いさんに必ず会ってしまう体質らしい。
でも、そんな人たちとは比にならないくらい、彼女はすごい人なのだ。
俺は、少し失礼な態度をとってしまったと反省をする反面、雨沢さんは実は明るい可愛い人なのではないのか、と思った。
理由は、彼女のその、緑色の瞳の奥がすごく輝いて見えたからだ。
雨沢さんは少し呆れ気味に言った。
「やっぱり、あなたも私の名前を聞いて避けるんでしょ。」
雨沢さんの、瞳は少し潤んでいるように見えた。
「いや、その、多少は驚きましたけど、別にあなたが貴族だろうがなんだろうが、俺は別に避けたりなんかしませんよ。」
雨沢さんは、ため息をついて言った。
「そうですか。」と彼女は一言だけ言ってその場から後にした。
結局、雨沢潤羽という人物が何者なのかはよくわからなかった。
でも、少しだけ分かったことがある。
それは、雨沢さんは意外と可愛いところがあるという事だ。
だって、自分の名前を告げたら避けられると勘違いして、少し落ち込んでいるところが実に乙女らしいなと思った。
それから、俺は雨沢さんの背中を見届けてから、自分の家へと向かった。
浩人の帰りが遅い。
いつもなら、もう帰っている時間帯なのに一向に帰ってこない。
まさか、浮気...?
いや、浩人がそんなことをするはずがない。
でも、本当にしないのかしら。
そんなことを考えていると、扉が開く音がした。
いつもなら、玄関までいって、おかえりと言うのだが、今回は、浩人が浮気をしている可能性があるため、呑気にそんなことをしたら、浩人がずっと浮気をしてしまうかもしれない。
でも、もしかしたら私の勘違いなのかもしれない。
それでも、安易にいつもの態度をとるわけにはいかない。
もう、すっかりと日が暗くなり、そろそろ、可愛い嫁が激怒しそうなころだった。
俺は、玄関の扉を開けて、ただいまと言うと、いつもなら、菜月が俺のところまできて、お帰りと言ってくれるのだが、今日はどうやら、来ないらしい。
理由はなんとなく分かる。原因は俺自身なのだから。
そして、俺はリビングの扉を開けたら、菜月がテーブルに座っていた。
「浩人。今日は帰りが遅かったわね。」
「あ、ああ。なんか、変な人に声をかけられたり、久しぶりに同級生と会って、話してたら帰りが遅くなった。すまん。」
「その人たちは、もしかして全員女の子だったりする?」
「・・・」
俺は、黙っていた。沈黙をしたということは、それが本当だと言っているということ。
「そうなのね。全員女の子なのね。浩人が、どんな人に会おうと勝手だけど、少しは私とデ、デートとかしてよね。夫婦なんだから。」
菜月は頬を赤く染めていた。
俺は、そいう菜月が可愛くてしかたがなかった。
「お、おう。そうだよな。明日、遊園地に行かないか?」
「それって、デートのお誘いかしら?」
「もちろん」
俺たちは互いに微笑んで、明日デートをする約束をした。
「やっぱり、笑っている菜月が、世界一可愛いな。」
「か、かわ...」
菜月の顔が林檎のように赤く染まっていた。
やっぱり、照れてる菜月も可愛いなと俺は思った。