第69話 オトシマエ
「…………」
自分でも分かるくらい、不機嫌なまま病院を歩く。
今の私は、ルーゼンシュタイン家の者であり、レムリアの執事なのだから、もっと上品に歩くべきなのだろうが、今の私にそんな余裕はない。
(今回は譲る……今回は譲る……)
頭の中で何度も言葉を呟き、自分を納得させる。
――無事だったアオイに最初に何かするのは、半身である私であるべき。
でも、グリムを救うことを諦めた私に、感謝を伝えたいグリムの行動を止める資格はない。
――だからといって、最初にやるべきは私。
そうなる理由がない、物事には道理がある。
――納得いかない。
納得するべき、人としての通すべき筋を通せ。
――抱きつくのは聞いてない。
それは同感だけど、あそこに割って入るのは無粋。
――私も抱きつきた……
「……っ!? 」
脳内で、複数の感情が会議していたが、混乱のあまりよく分からない思考が紛れ込んだ。
別に私は、あの子に抱きつきたくなんてない。
ああいうのは、グリムや、スコールの部下の少女たちにやらせておけばいい。
あれは所詮、子どもが甘えているようなもの。
まあ、くっつきすぎはたまにイラっとくるが、私は大人、私は淑女。
全然気にしてはいない。
ええ、これっぽっちも、まったく。
「……ふう」
一呼吸置き、心を落ち着ける。
本心なのか、邪念なのか、理性なのか、とにかくよく分からない感情は全てカットだ。
「……さて、と」
そして私は、病室の中に入っていく。
「失礼いたします。」
「……え? アオイ、さん?」
生徒会書記、オリビエ・スーソンの病室に。
「お体の方はいかがですか、オリビエ様」
「そ、そんな! 敬語なんてやめてください!」
「そうは参りません。オリビエ様は、スーソン家のご令嬢なのですから」
「そ、そうではありますが……魔法学校の成績優秀者である、アオイさんにそんな喋り方されるのは……」
「それでは……オリビエさん、怪我の方は大丈夫ですか? これぐらいに」
「はい! それでお願いします」
そして私は、持ってきたバスケットを近くに置く。
「それにしても、オリビエさんのような貴族の方が、一般の病院、しかもこんな隔離病棟で治療を受けているとは思いませんでした」
「あはは……私の家は、ちょっと複雑でして」
困ったように笑う生徒会書記、オリビエ・スーソン。
『オリビエ・スーソン』と直接話すのは初めてだが、
「あ、でも、よく私がここに入院してるって分かりましたね?」
「今回の『集団昏倒事件』で、多くの怪我人が出ましたので、ルーゼンシュタイン家が支援しているんです。病院へ治癒術師の手配、そして怪我をした生徒ひとりひとりに、家の者全員でお見舞いをさせていただいております」
「そうだったのですか……全然知らなかった……」
「オリビエ様は特に怪我が酷かったと伺っています。個室ですし、情報が入ってこなかったのでしょう」
「たしかに、『ここ』では入ってこないでしょうね」
そう言いながら、辺りを見渡すオリビエ・スーソン。
窓には鉄格子、扉も金属製、もはや牢屋といってもいいだろう。
「ええ。私たちも、今回の援助で生徒全員の場所を把握するまで、貴女がここにいることを知れませんでした」
「知らなかった、ではなく知れなかった、ですか……?」
「ええ。ずっと貴女を探していたので」
バスケットにかかっていた布を取り、お見舞い品を出す。
「……オトシマエに来たわ、オリビエ・スーソン。いえ、魔王候補」
お見舞い品……魔導銃を手に取り、その銃口を向けた。




