〔3〕
「ひょっとして、惚気でも聞かせようっていうの? 今まで男っ気0だったあんたにあんないい男がついたら、自慢もしたくなるだろうけど……」
「違うってば! どこをどう見れば、そんな話になるのよ!」
このままでは激しい誤解のエンドレスを招いてしまう。そう思う亜紀は、必死になって誤解を訂正しようとする。しかし、その顔が真っ赤になっているあたり、説得力がかけらもあるはずがない。今にも噴火しそうになっている彼女の頬をチョンと突いた由紀子は、呆れたような口調で声をかけている。
「あんた、真っ赤よ。鏡、見てごらん。さっきの人のこと、思いっきり意識してるんでしょう。ほんと、分かりやすいんだから。やっぱり、恋愛経験値0っていうのは大きいわよね」
「だから、意識も何もしてないって! 惟さんとは昨日、初めて会ったんだから。それなのに、お父さんったら彼のこと婚約者だなんて言い出すんだもの。どうしろっていうのよ」
「え? 婚約者!? それって、本当?」
亜紀が口にした『婚約者』という言葉に、由紀子が一気に食いついてくる。彼女がこうなったら止めることはできない。今までの付き合いでそのことを知っている彼女は諦めたような声を出す。
「嘘ついてどうするのよ。でも、思い出しただけで腹が立つ!」
「どこが? だって、どう見たって極上のイケメンじゃない。そんな人が婚約者だなんて贅沢すぎる! なんで、あんたばっかりそういう美味しい思いをするの?」
「だって、昨日まで顔も知らなかった人よ? それなのに、突然そう言われて納得できるはずないじゃない。おまけに、なんて言ったと思うの?」
さすがに亜紀のその問いかけに由紀子が応えることはできない。その代わり、彼女は『分かるはずないでしょう』というような抗議の色を見せるだけ。その姿に、亜紀はしぶしぶ昨日のことを話し始めていた。
「あの人、お互いの利益になるからパートナーとして契約しようとか言いだすのよ。結婚は契約だとか言うし。そのくせ、ああやって引っ付いてくるでしょう? もう、ホントに訳が分からない!」
由紀子に対して言いたいことを言いきった。そんな思いがある亜紀は肩をゼーハーさせると、出された紅茶に手をつけている。そんな彼女の姿をみた由紀子は、どこか納得したような表情を浮かべていた。
「でもさ、それって亜紀が悪いと思うな」
「だから、どこが」
「だって、私が見て思っただけなんだけど、さっきの人って亜紀にベタ惚れじゃない。違う?」
そう告げると、由紀子は涼しい顔をして紅茶を飲み始める。一方、彼女の言葉に飲みかけていた紅茶を吹いた亜紀は、顔を真っ赤にして怒鳴っていた。
「どこがベタ惚れよ! どこを見て、そうなるの?」
「全部。だって、校門であんたをみつけて近寄って来た時もそう。さっき、携帯に番号登録していた時も。ほんとにあんたのことが大事って顔してたもん。あんな顔されて、平気でいられるのも信じられない。ま、亜紀だし、仕方がないか」
「なんだか、意味の分からないことばかり言われてる。でも、それならどうして、契約だとか言うのよ。そんなこと言われてるのに、ベタ惚れなんて信じられるはずないでしょう」
半ば自棄になったように亜紀は叫んでいる。その彼女の姿を由紀子は呆れたように見つめるだけ。やがて、彼女は思っていることをポツリと呟いていた。
「なんだか、さっきの人が気の毒になるわ」
「どうしてよ」
「だって、ここまであんたに拒否されてるんだもんね。それでも、あちらはあんたのこと本気みたいだし」
「どこを見て、そういう結論になるのよ」
由紀子の言葉に苛立ちしか感じない亜紀はそう応えることしかできない。そんな彼女の頬をツンと突いた由紀子はもう一度「全部」というと大きくため息をついていた。
「亜紀、一つ訊いてもいい? あんた、さっきの人、惟さんだったっけ。その人が婚約者だって言われて、思いっきり拒否ったんじゃないの?」
「う……それはそうだけど……でも……」
「でも、じゃない。彼が契約だって言いだしたのは、間違いなくそれが原因だわ」
由紀子のその声に、亜紀は「どうしてよ!」と叫ぶことしかできない。そんな彼女に、由紀子は呆れたような調子で話し続ける。
「私にすれば、分からないっていう亜紀の心理の方が分からない。ま、これは亜紀に恋愛経験がないからだと思いたいんだけどね」
「そういう由紀子だってそうじゃない。あなただって、今まで彼氏いなかったでしょう?」
「そんなことないって言いたいけど、無理よね。でも、見ていれば分かるっていうこともあるの。あの人、絶対に亜紀のことが好きなの。で、そんな相手から完全に拒否られたもんだから、契約だなんて言い出したんだわ」
由紀子の言葉の意味が亜紀にはどうしても理解できない。結局、彼女は膨れた顔で友人の顔を見つめるだけ。それを見た由紀子は大きくため息をついている。
「ほら、婚約は無理でも契約だとあんたが割り切れば、そばにいられると思ったんでしょう。でも、口ではそう言ってはいても、あんたにベタ惚れなもんだから、ああやってかまってくるのよ。愛されちゃってるのね~」
「そ、そんなこと、ないと思うわよ?」
そう言う亜紀の顔がどことなく赤くなっている。そのことに気がついた由紀子はクスクスと笑いだすだけ。その姿にからかわれていると思ったのだろう。亜紀はキッと由紀子を睨みつける。
だが、彼女が無意識にしているその姿はヤバい。男がこれを見たら、どんな反応を示すか分かったものではない。そう思った由紀子は、ため息をつくことしかできなかった。
「亜紀が睨んだって、怖くないわよ。ついでに、その顔を男に見せたら、絶対に誤解されるから」
そう言いながら、由紀子は亜紀の頬を引っ張っている。彼女の言葉の意味が分からない亜紀は突然の行動にジタバタするだけ。そんな彼女の期待を裏切らない行動に、由紀子のスキンシップがますます激しくなっていく。
「もう、ホントに亜紀って可愛い! ほっとけないってこのことよね。そうそう、これから何があったのか絶対に教えるのよ。分かってる?」
「だから、何を教えろっていうのよ」
「決まってるじゃない。惟さんとどうなったかってこと。あんなイケメンに溺愛されてるんだもの。惚気の一つや二つ、聞かせてくれてもいいんじゃない?」
由紀子の言葉は亜紀の羞恥心を完全に刺激しているのだろう。その顔がポッポと赤くなっていく。この調子なら、そのうちお湯が沸かせるんじゃないだろうか。そんなことを由紀子は思わないでもない。だが、そんなことを言い出したら間違いなく亜紀が怒る。そのことを知っている彼女はふんぞり返るようにしながら、亜紀に言葉をぶつけていた。
「分かってるの? こういうことってホウ(報告)レン(連絡)ソウ(相談)なの。つまり、あんたは私に逐一、報告する義務があるってこと」
「で、でも……由紀子が思っているような展開にならないかも、よ?」
このまま流されたらどうなるか。そのことが分かっている亜紀は必死になって抵抗する。そんな彼女の努力をあざ笑うかのように、由紀子はチッチと指を振っていた。
「なるに決まってるでしょう。それに、前から話してたじゃない。王子様がいればいいねって。もう、完璧な王子様が目の前にいるじゃない。ちゃんと現実をみなさい」
「現実って……惟さん、お父さんが言ったから私と婚約するって決めたんだと思うんだけどな。だから、私が嫌な顔した時、あっさりと恋愛感情を含まない契約、みたいなこと言ったんだと思うし……」
亜紀のその声に由紀子も不安そうな表情をみせる。ここまで友人が言い張る以上、それもありえるのだろうか。だが、彼女が目にした惟の姿からは、亜紀に好意以上のものを向けていることが感じられる。だからこそ、彼女は確かめるように亜紀に問いかけていた。
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