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〔2〕

今の彼に逆らうだけ無駄だ。二人ともそんなことを感じたのだろう。抵抗するのを諦めたように大人しく連れていかれている。そうやって案内された場所は、白綾から少し離れた場所にあるこじんまりとした店。『ラ・メール』という店名が、洒落た看板に掲げられている。その扉を開けた惟は、当然のように亜紀を引き寄せると、店内に足を踏み入れていた。




「亜紀ちゃん、どう? ここなら、ゆっくり話せそうでしょう?」




耳元で惟がそう囁きかけるのに、亜紀は首筋まで赤くしてしまっている。昨日も思ったが、彼の過剰ともいえるスキンシップは心臓に悪い。


このような態度を取ってくるのに、昨日は契約として付き合おうとか言ってきたのだ。それならば、こんなにベタベタする必要はないはず! そう叫びたいのが亜紀の本心。


しかし、相手は年が上という余裕だろうか。彼女が反論する隙を与えるつもりはないようだった。




「亜紀ちゃん、どう? それとも、ここだと気に入らない?」



「そんなこと、ないです。雰囲気も素敵だし、ここならゆっくりできると思う」




このままでは雰囲気にのまれてしまう。そう思っている亜紀は、なんとかしてそうならないようにと一言ずつ区切るようにして言葉を紡ぐ。そんな彼女の様子を楽しそうな表情で眺めている由紀子。


その顔には、この分では面白い話がきけそうだと、楽しみにしているような気配がないではない。もっとも、今の亜紀にはそこまでを感じるゆとりがない。


惟の行動にすっかりドギマギしてしまっている彼女は顔を真っ赤にしたまま、なんとかして彼の腕から逃れようとジタバタしている。その時、店の奥にいた人物が惟を認めると、ゆっくりと声をかけてきていた。




「山県様ではありませんか。本当にお久しぶりですね。ようやく、日本に落ちつかれるおつもりになられましたか?」



「マスター、久しぶり。うん、そのつもり。あ、彼女たちにマスターの紅茶お願い」



「かしこまりました。ところで、そちらのお二方は? 妹さんではありませんよね?」




惟が高校の制服を着ている女の子を二人も連れていることに驚いたのだろう。ラ・メールのマスターはそんなことを問いかけている。それに対して、惟はサラリと切り返していた。




「妹じゃないよ。それに、僕に妹がいないことはよく知っているでしょう。彼女たちは僕の大事な人とその友人。だから、二人もこの店に出入りしても問題ないよね」




そう言いながら、惟はグイッと亜紀の体を引き寄せている。今のこの状況はヤバい。そう思う亜紀は自由になろうとバタバタするが、それが叶うはずもない。一方、そんな二人を見たマスターは一人で納得したように頷き、由紀子は目をキラキラさせて頬を手で挟んでいる。




「ゆ、由紀子! 見てないで助けてよ!」



「え~、邪魔しちゃ悪いじゃない」




今の由紀子は絶対に今の状況を楽しんでいる。そんな確信が亜紀の中には生まれてきていた。そのせいだろう。彼女はキッと友人の顔を睨みつけるが、由紀子がそれに動じるはずもない。そんな二人を見ていた惟は、フッと笑顔になると由紀子に声をかけている。




「由紀子ちゃん、でいいかな? 本当に君ってよく分かってくれているね」



「ありがとうございます。えっと、お名前、伺ってもいいですか? あ、私、佐藤由紀子っていいます。亜紀とは幼なじみで中学まで一緒でした」




その声に、惟は昨日の亜紀の言葉を思い出したのだろう。納得したような表情が浮かんでいる。




「じゃあ、亜紀ちゃんが上洛に一緒に行こうって思っていた友だちが君なんだね。そうでしょう? 君が着ている制服って、上洛高校のものだよね?」




その問いかけに、由紀子は「はい、そうです」と頷く。それだけではなく、彼女の目はキラキラしている。そういえば、由紀子はイケメンが好きだった。そんなことを思い出して亜紀は肩をガックリとさせている。友人同士ではありながら反応のまるで違う二人の姿に、惟は笑いながら話し続けている。




「あ、僕の名前だよね。僕は山県惟。亜紀ちゃんの親戚になるんだよ」




そう言いながら握手をしようと差し出される手を由紀子は慌てて握り返している。そんな彼女に、彼はニッコリと笑いかけると、言葉を続けていた。




「じゃあ、僕は車を取ってくるから。由紀子ちゃんは亜紀ちゃんとゆっくり話していてね。そうだ、亜紀ちゃん。ちょっと携帯貸して」




そう言うなり、惟はサッサと亜紀から携帯を取り上げている。そのことに思わず抗議の声を上げようとする亜紀だが、それが聞き入れられることはない。そのまま慣れた手つきで携帯を弄っていた惟が、スッと彼女の目の前に差し出してくる。




「はい、亜紀ちゃん。僕の番号、登録しておいたから。話が終わったら連絡して」



「どうして、そうなりますか?」



「だって、僕も亜紀ちゃんとゆっくり話したいし、連絡をいつでも取れるようにしておきたい。この番号、僕のプライベートのものだから、いつでも連絡が取れるしね」




さり気なく告げられたその言葉に、亜紀はどう返事をしていいのか分からない。結局、彼女は俯いてしまうことしかできないようだった。そんな彼女の頭を惟はポンと叩いている。




「そんなに深刻に考えないの。番号やメルアドを交換するのって、普通にすることでしょう? どうして、僕の番号だっていうだけで、そんな顔をするの?」



「だ、だって……」



「う~ん、亜紀ちゃんの言いたいことって分からないでもないけど、それは拒否。あ、マスター、二人は話をゆっくりしたいんだよ。だから、誰にも邪魔されないようにしてあげてくれるかな?」




その声にマスターは大きく頷くと、亜紀たちを手招きしている。その姿に首を傾げる二人だが、惟が「行っておいで」というのに安心したような顔になっている。そのまま、二人はマスターに案内されるまま、ラ・メールの店の奥へと案内されているのだった。




◇◆◇◆◇




「ねえ、亜紀。ここはちゃんと説明してくれない?」




案内された部屋は、内緒話ができるこじんまりとした部屋。向かい合うように置かれているソファーの一つに腰掛けた由紀子は、そう言いながら亜紀に詰め寄っている。


そんな友人の気迫に押されてしまった亜紀は、「え、えっと……」と言いながら、視線をあちこちに泳がせることしかできない。そんな彼女の姿に、由紀子はため息をつきながら、容赦なく言葉をぶつけていく。




「ねえ、亜紀。私たち友だちよね? だったら、ちゃんと説明してくれなきゃ。逃げちゃダメよ」



「に、逃げるって……わ、私だって、由紀子に話したいことあったんだもん!」



「だったら、さっさと話しなさい。で、あんたが話したいことってなんだったの?」




そう言い切られると、亜紀はグッと言葉に詰まってしまっている。その時、扉を叩く音がしたかと思うと、ラ・メールのマスターが姿をみせる。さすがにこの状況で問い詰めることもできない、と思った由紀子の口が止る。そのことに、亜紀はホッと息をつくことしかできなかった。




「お嬢様方、これをどうぞ」


「え? でも、注文って何もしてませんよね?」



「ええ。これはわたしからのサービスです。今までも山県様が女性とご一緒だったことはあります。しかし、あのようにおっしゃったことはございませんでしたからね。ですので、わたしからのささやかなお祝い、ということで」




そう言うと、彼は持ってきた紅茶をサーブする。そのマスターの告げた言葉に、由紀子が異様に反応しているのが分かるのだろう。亜紀の表情が一気に強張っていく。そして、「ごゆっくりどうぞ」という言葉とともに彼が姿を消したとたん、由紀子の容赦ない言葉の雨が降り注がれてきた。




「亜紀、これってどういうことなの? 久しぶりに会ったあんたにイケメンがくっついているっていうのも想定外だったんだけどね。ひょっとして付き合ってる? ずい分、年上のように見えたけど? うん、あれって大人の男よね。白綾の校門で人待ち顔でいる姿を見た時、悶えたもの」



「ゆ、由紀子。待って……一つずつ、説明するから。うん、話したいことってそれが関係してるんだから」


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