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〔5〕

それでも、今の亜紀は彼の言葉に素直に頷くことができない。おそらく、『結婚は契約』と言われたことがその大きな原因なのだろう。だが、そんなことを彼女は気がついていない。そして、今の彼女の脳裏には、かつての光景がはっきりと浮かび上がっている。


あの時も今と同じようにしっかりと抱きしめられていた。夢の中の記憶しかないが、それに違いないという確信が今の亜紀にはある。そして、その時に感じたのは本当に温かい気持ち。きっと、あの時の相手なら今の惟のようなことは言わないだろう。そう思う亜紀の口から、ポロリと言葉が漏れてくる。




「私……あの人に、会いたい……」




その声は微かな風にもかき消されるくらい小さなもの。それでも、惟の耳はその声音を拾い上げたのだろう。ちょっと首を傾げると、亜紀の耳元で囁きかけてくる。




「どうかしたの? 僕の腕の中にいるのに、亜紀ちゃんは別の相手のこと考えてるの? それって、嫉妬しちゃうよ」




こんな甘い言葉をかけられて、冷静でいられる女の子がいるのだろうか。そんなことを思う亜紀は顔を真っ赤にしながら俯くことしかできない。そんな彼女に甘い声はかけられ続ける。




「これ以上苛めると嫌われるかな? でも、それくらい亜紀ちゃんのことが好きなの。分かってくれる?」




囁きかけられる言葉に、亜紀はどう返事をすればいいのかが分からない。先ほどまではどこか冷めた感じで『結婚は契約だ』と言っていたはず。それなのに、今の態度からは甘い雰囲気しか感じられない。


そんな相反する惟の態度に、亜紀の頭がついていけるはずがない。今の彼女は真っ赤になった顔のままで彼を見つめるだけ。そんな彼女をもう一度ギュッと抱きしめた惟は、蜜のように甘い声で語りかける。




「混乱しているよね? それは仕方がないと思うけど、さっきの返事くれないかな? 婚約はまだ無理だと思うけど、お付き合いはしてくれるよね?」



「え、えっと……それって、今、お返事しないといけませんか?」




冷静に考えればそうしなければならないことは明白。しかし、今の亜紀は思考回路がどこかぶっ飛んでしまっている。だからこそ、彼女は真っ赤になりながら、どこかずれた発言をすることしかできない。そんな彼女に惟は笑いながら応えている。




「うん、欲しいな。それに、今の状況で断るっていう選択があるとは思ってないし。だって、亜紀ちゃん、真っ赤になってるよ。それって、僕のこと意識してくれてるんでしょう? それなら、結婚を前提にして付き合ってくれてもいいよね?」




彼のそんな言葉に、俯いていた亜紀の顔がガバっと上げられる。もっとも、その顔は今にも湯気が出そうなほど真っ赤。そんな顔で「無理です!」と叫ぶ彼女の迫力に、思わず惟の手が緩む。

その隙に、脱兎のごとく亜紀は逃げ出す。そんな彼女の後姿を惟は見送っているだけ。それでも、その顔にはこれからのことを期待するような色が間違いなく浮かんでいるのだった。




◇◆◇◆◇




「信じられない! 本当に、信じられないったら!」




熱烈としか言いようのない惟のアピールからなんとか逃げ出した亜紀は、部屋でそう叫ぶことしかできない。今の彼女は、まだ顔を真っ赤にしたまま。そんな姿を部屋に入ってくるであろう雅弥に見られたくない彼女は、ベッドに勢いよくダイブする。


もっとも、そのために着ている制服がしわくちゃになるが、気にもしていない。今の彼女が気にしているのは、先ほどまで一緒にいた惟の言動でしかないからだ。


そして、落ちついて考えれば考えるほど、彼の考えていることが分からなくなってくる。こうなると、彼女の頭の中ではハテナマークだけが量産されていくが、この疑問に答えられる人物などいるはずがない。だからこそ、彼女はうつぶせになったままで独り言を繰り返す。




「本当に、あの人って何を考えてるのよ。結婚が契約だっていうんなら、そのままクールにしていてよ。それなのに、あんなに甘い顔してくるなんて、反則じゃない」




今の亜紀は惟の言葉の数々に過剰に反応している状態。しかし、それも仕方がない。なんといっても、相手は王子様といってもいいほどに整った容姿をしていたのだ。そんな相手に抱きしめられて、甘い言葉を囁かれる。これで意識しない方がおかしい。そんなことを彼女は思っている。


もっとも、そんな中でも彼女の思考の一部では別の相手のことも考えている。それは、先ほども思っていた、彼女の夢の中にだけ存在する相手。もっとも、これも現実にあったことかもしれない。その証拠に、夢の中の場所は先ほどまで惟といたバラのアーチのそばなのだから。




「どうして、惟さんと一緒にいると、あのこと思い出すんだろう。今まで、そんなことなかったのに……どうして、あの時、あの人に会いたいなんて思ったんだろう?」




あの時、ポロリとこぼした言葉に、惟が反応するとは思ってもいなかった。今、思い出してもあの時の状況はヤバかった。よくぞ、何事もなく逃げ出すことができた。そんなことを亜紀はボンヤリと考えている。そんな時、彼女の頭上からどこか呆れたような声が降り注がれていた。




「お嬢様、制服のままで何をなさっていますか。明日、着ていける状態ではないではないですか。すぐに手入れをしますので、早くお召し変えをしてください」




その声に、亜紀はピクンと反応している。おそるおそるそちらを見た彼女の目には、困り果てたような雅弥の姿がある。それを目にしたとたん、彼女はベッドから跳ね起きると、慌ててクローゼットの中の服を取りだしていた。




「ゴメンなさい。すぐに着替えます。だから、部屋から出て行ってくれない?」



「今回はお断りいたします。もっとも、お嬢様がお着替えになられるところを見るつもりはございません。あちらの隅におりますので、お着替えが終わられましたら、制服をお持ちください」




雅弥のその言葉に、今回の亜紀は「はい」と応えることしかできない。なんといっても、今日は彼女が圧倒的に悪いのだ。そのことを分かっている亜紀は、不満を口にすることなく、手早く着替えている。




「はい、竹原さん。しわくちゃにしちゃったけど、手入れお願いします」



「かしこましりました。それより、旦那様とのお話はお済みになられたのですか?」




雅弥のその声に、亜紀はまた先ほどまでのことを思い出したのだろう。一気に顔が赤くなってくるのを止めることができない。そんな彼女の様子に、雅弥は「お嬢様?」と不思議そうな声を上げるだけ。その声に、亜紀は先ほどまでのことを白状するしかないと思っているようだった。




「お父さんとの話は終わったような、終わらなかったような……」



「左様でございますか?」



「うん……ちょっと、ビックリすること言われちゃったから」




そう呟く亜紀の姿がどこか放心状態のようにもみえる。そう思った雅弥だが、ここで彼女の言葉を切ってはいけないことも分かっているのだろう。静かに話の続きを待っている。




「あのね。私って婚約者がいたんだって。竹原さん、知っていた?」



「婚約者、ですか? いえ、存じ上げてはおりませんでしたが、そういうお方がいらっしゃってもおかしいとは思いません。そうですか。では、本日の山県様のご訪問はそれが理由でしたか」




知らなかったと言いながらも、その口調は当然というようなものが含まれている。そのことに気がついた亜紀は、むしゃくしゃする気持ちを抑えることができない。こうなったら、どこかでストレスを発散させないといけない。そう思った彼女は雅弥に向かってキッパリと言い切っている。




「竹原さん、明日、由紀子と会うから。言っとくけど、迎えに来たりして、邪魔しないでよ」




ビシッと指差しながらそう告げられる言葉。それに対して、雅弥は目を白黒させながら「かしこまりました」と告げることしかできないようだった。

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