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〔5〕

そんな視線の中、ランウェイを端まで歩いた亜紀は、ようやく微笑みを浮かべるだけの余裕が生まれてきていた。


華のような笑顔が清楚なデザインのマリエを彩る。見ている人はその姿に見とれてしまうのだろう。それまで以上に大きな拍手が巻き起こる。それに包まれるように亜紀は大きくターンをする。


その瞬間、それまで流れていた曲が別のものに変わる。


印象的な冒頭のフレーズ。重ねられていく音。これってウェディング・マーチじゃないか。そう思った亜紀は一瞬、歩く足を止めてしまっている。


しかし、ここで止まってしまうわけにはいかない。そのことを知っている彼女は、ゆっくりとランウェイを歩き始めている。しかし、その胸の内がザワザワとしているのは間違いない。


どうして、ここでこの曲が流れるのだろう。アンジーはこんなこと言っていなかった。そんな思いだけが彼女の中では大きくなっていく。


しかし、だからといってキョロキョロできるはずがない。そんなことをすれば、ここまでやってきたことが台無しになる。そう思う亜紀は、真っ直ぐ前を向いて歩いていく。


そんな時である。明るいウェディング・マーチに被さるようにアンジーの声が流れてくる。




「ご観覧中の皆様。この場をお借りいたしましてご紹介いたします。ただ今、ステージ上を歩いております花嫁。その彼女を迎えに花婿が参っております。傍迷惑なくらいに幸せいっぱいなこの二人に盛大な拍手をお願いいたします」




その声と同時にピンスポットがステージ上に当てられる。その光を追って行った人々は互いに顔を見合わせると拍手を始めている。その様子に嫌なものを感じたのだろう。恐る恐る、そちらに視線をやった亜紀は思わず「ゲッ」と叫びだしそうになるのを必死になって抑えていた。



どうして、こんな風になってしまうのだろう。



今の彼女の中に溢れてくるのはそんな思いだけ。



このまま、この場から逃げ出してやろうか。



そんなことを本気で考えている彼女だが、ランウェイの位置は高く、逃げ出すことは不可能。というより、客席の人々の視線がどうみてもこの先にあることを期待しているようなもの。


そんな状況で逃げ出しても絶対に捕まる。そんなことを思う亜紀は歩く足を止めることができないことも分かっている。先ほどまでの笑顔が引きつったものになりながらも、彼女はゆっくりと先に進むだけ。




「アンジーの馬鹿。どうして、こんなことをするのよ」




思わず、口の中でアンジーに対する罵声が飛びだしている。だが、それをハッキリと外に出すことはできない。今の彼女はこの場の雰囲気を壊さないようにすることしかできないのだということを悟っている。しかし、これが居心地の悪いものであることも間違いない。




「これって絶対に惟よね……アンジーが勝手にこんなことするはずないし……」




アンジーのアナウンスを耳にした瞬間、カッと頭に血が上って何も考えられなくなっていた亜紀。だが、冷静になれば、これを仕組んだ犯人が誰かということは容易に見当がつく。



絶対に、一緒にステージに上がるのを拒否した腹いせにやっているんだ。



そう思う亜紀はため息を必死になって堪えようとしている。なにしろ、この場でため息などつこうものなら、後で何を言われるのか考えるまでもない。


間違いなく、そのことでいつまでもチクチクと嫌味を言われるに違いない。だが、そんな彼のことが好きになったのだ。そう思う亜紀の口元には、いつの間にか微笑みが浮かんでいる。


たしかに、彼と一緒に並ぶというのは恥ずかしいことには違いない。だが、ここまでオープンにされてしまっては拒絶するということすら不可能。ならば、彼の思惑に乗るしかないではないか。


なんとかそういう方向に気持ちをもっていくことのできた亜紀は、微笑みを浮かべたまま惟のそばに近寄ってく。そんな彼女の腰をグッと引き寄せ、顔を覗き込んでくる惟。その姿に会場にいた女性たちの黄色い悲鳴が上がっている。




「ね、ねえ、惟……ちょっと、やりすぎなんじゃないの?」



「どうして? 亜紀が最初からOKしてくれていたら、こんなことしなかったんだよ。だから、これは亜紀の自業自得。これくらいは辛抱しないとね」




相変わらず極上の笑顔を振りまきながらそう告げる惟。こんな状態の彼に何を言っても無駄。そのことを亜紀はしっかりと学習している。それでも、まだ反論したいという気持ちもあるのだろう。観客の目には入らないように微かに頬を膨らませながら言葉を紡ぐ。




「でも、それって惟がそう思っているだけじゃない。私はちゃんと嫌だって言ったわよ。それなのに、こんなことするなんて、恥ずかしいじゃないの」



「亜紀がそう言う方が分からないよ。どうして、恥ずかしいって言うの? 僕たち、付き合ってるんでしょう? だったら、見せびらかしたって問題ないと思うんだけど?」




惟のその言葉に亜紀は頭を抱えたくなっている。たしかに、彼と付き合っているのは間違いない。それどころか、いずれは結婚しようとまで思っている。


だが、だからといって見せびらかすようなことをする必要があるんだろうか。それが今の亜紀の正直な気持ちだろう。だからこそ、彼女はコッソリと惟の耳元で囁きかけている。




「あのね。こういうことって見せびらかすことじゃないと思うのよ。絶対に、今度、学校に行ったら大変な目にあうわ。そうなったら、私が困るってこと、分かってくれないの?」



「別に困ることじゃないと思うよ。言いたい人には好きなこと言わせておけばいいの。僕たちのこと興味本位であれこれ言う人がいるのは間違いないんだし。それより、ちゃんと客席に挨拶しようね」




そう言うなり、惟は亜紀の体をクルリと客席側に向けている。ライトの光が並んでいる二人をしっかりととらえている。そのことに気がつき、顔から湯気が出ている亜紀だが、ここで卒倒してしまってはいけない。そう思って必死になって笑顔を浮かべている。


もっとも、観客たちはそんな彼女の葛藤には気がついていないのだろう。ウェディングドレスの亜紀と白いタキシードの惟。どう見てもお似合いとしか言いようのない二人の姿に盛大な拍手を送っている。その光景に満足気な表情を浮かべた惟は、亜紀の肩を軽くつついていた。




「惟、どうかしたの?」




何かがあったのだろうかと小首を傾げながら振り向く亜紀の唇にあたたかいものが触れる。何が起こったのか彼女が理解する前に、客席からはまた黄色い悲鳴が上がってくる。


さしもの彼女もこの反応で何があったのか理解できないはずがない。酸欠状態の金魚のように口をパクパクさせた亜紀は茹でダコのように真っ赤になってしまっていた。




「た、惟! こ、こんなところでキスするなんて!」



「問題ないでしょう? だって、こういう時には誓いのキスは必要じゃないの?」




必死になって抗議する亜紀の姿に惟は平然とした調子で応えるだけ。その姿には悪いことをしたというような色があるはずもない。もうこうなったら、彼の勢いを止めることはできない。そのことを知っている亜紀はこれ以上、この場にいられないとばかりに舞台裏へと飛び込んでいく。




「亜紀、待って」




そんな彼女の腕をしっかりと掴まえている惟。そのまま、彼女を抱きしめた彼は、何度もキスの雨を降らせてくる。




「た、惟……人が見てる。恥ずかしいから、やめて」



「人が見てたって関係ないよ。亜紀は僕のものだってこと、知っておいてもらわないと。亜紀、結婚しようね。絶対に君のこと幸せにするから」




キスの合間に囁かれる言葉は限りなく甘く、体を痺れさせるもの。それにいつの間にか応えるように彼の首に腕を絡めた亜紀は、彼女からも何度もキスをせがむようにしている。そんな二人の様子を誰もが微笑ましい表情で見守っているかのようだった。


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