〔4〕
そう言うなり、亜紀はドレスを脱ぎ棄てようとする。そんな彼女の姿にちょっと焦ったような顔でアンジーが声をかけてきていた。
「亜紀ちゃん、それはやめてよ。今さら、別のモデルさんを手配できるはずないんだから」
「そんなことないじゃない。だって、ここには何人もモデルさんがいるわよ。その中の誰かが着ればいいじゃない」
「そんなに簡単にできないんだよ。だって、このドレスって亜紀ちゃんのサイズに合わせてるんだよ? だとしたら、モデルさんたちには小さいじゃないか」
その言葉に亜紀は脱ごうとしていた手を止めている。このドレスは彼女の為に作られたマリエ。だとしたら、これを着る権利は彼女だけのものであるともいえる。
そのことが分かってはいても、こればかりは簡単に頷くことができない。しかし、アンジーは亜紀を説得しようと必死になっている。
「亜紀ちゃん、このドレスが君のマリエだってこと、分かってるんでしょう? だとしたら、君以外の人が着るってこと考えられないじゃない」
「それはそうだけど……」
「それに、さっきも言ったけど、君以外のモデルさんがこれ着るのって無理だよ。だって、身長が違うんだよ? それに手が空いているモデルさんもいないしね。そこのところ分かってよ」
そこまで言われると、これ以上の拒否ができないというのも人としての道理だろうか。それでも、なんとかして惟とのツーショットから逃れたい。そう思う亜紀はどこか逃げ道はないかと必死になって頭をひねっている。
「でもね、アンジー。やっぱり、これだけ大勢の人の前だと恥ずかしいの。アンジーの言いたいこと分かるけど、私の気持ちも分かってよ」
「亜紀ちゃんの言いたいことも分からないでもないよ。でもね。そう思うなら、やっぱり本番前に経験しておくことって必要なんじゃないかな?」
「そんなことないわよ! こんなこと、一度で十分だもの。何回も経験したら、その度に死んじゃうじゃない」
「亜紀ちゃん、大袈裟」
今にも死にそうというような表情で叫ぶ亜紀の姿に、アンジーは苦笑を浮かべることしかできない。だが、これ以上の言い争いも不毛だと感じたのだろう。諦めたような声がその口から漏れる。
「分かったよ、亜紀ちゃん。じゃあ、亜紀ちゃんだけでいいからステージに上がってよ。もうすぐ出番だし、穴あけたりしたらこのショーが台無しになっちゃうから」
「う、うん……」
アンジーの言葉に、今の現実というものが分かったのだろう。亜紀の顔が先ほどとは別の意味で赤くなる。そのままいたたまれない思いで俯いてしまう彼女の頭をアンジーは優しくポンと叩いていた。
「亜紀ちゃんの気持ちも分からないでもないから。そりゃ、惟と並んでいる姿ってみたいって思うよ。絶対に似合うと思うから。でも、亜紀ちゃんにすれば恥ずかしいっていう気持ちになるのもなんとなく分かったかな?」
そう言うと彼はクルリと後ろを振り返る。そこには白いタキシードを着た惟がどこか不機嫌です、というような表情を浮かべて立っていた。そんな彼に、アンジーが笑いながら声をかけていく。
「惟、そんな顔してもダメ。お姫様が恥ずかしいって言ってるの分かってあげないと」
「ここでそう言うの? たしかこれってアンジーも乗り気だったじゃない」
「それはそうだけどね。でも、僕としてはこのまま亜紀ちゃんに完全拒否されてショーのラストに穴をあけられる方が嫌なわけ。ついでに、そうなったら困るのは惟もでしょう?」
アンジーにそう言われると、さしもの惟もそれ以上のことは言えなくなっているようだった。それでも、どこか不満気な表情のまま、渋々といった顔で頷いている。
「アンジーの言いたいことって分かるよ。たしかに、僕も失敗はしたくないしね。分かったよ。今回は亜紀の言うことをきくから。でも、今回だけだよ?」
そう言いながら亜紀の顔を覗き込んでくる惟。突然、至近距離に彼の顔がやってきたことで、亜紀は顔から湯気が出そうになっている。なんといっても、今の彼の姿は目の毒としか言いようがないからだ。
もともと何を着ても似合うと思っていた相手だが、白いタキシードが嫌味なほど似合っている。そして、彼のこの姿を見ると、嫌でも結婚式という言葉が頭の中をよぎっていく。
なによりも、恋に恋する女子高生の亜紀にとって、結婚式という単語は魅力的。しかし、衆人環視ともいえそうなこの状況では絶対に嫌だ。そう思う亜紀は倒れそうになるのを必死になって堪えながら、惟の言葉に頷いている。
「た、惟……分かったから……だから、ちょっと離れてよ!」
「どうして? 一番近くで君のマリエ姿見るのって、僕の当然の権利でしょう?」
「ち、近すぎるの! は、恥ずかしいんだから! みんな、見てるし、分かってよ!」
「誰も気にしてないと思うけど? でも、今は亜紀の言うこと聞いておいてあげる。それより、アンジー。ちょっと頼みたいことあるんだけど、いい?」
そう言いながら、惟は亜紀のそばをすっと離れるとアンジーに何事かを耳打ちする。彼が何を頼んでいるのかは気になるが、そばを離れてくれたのはありがたい。そう思い、大きく息を吐く亜紀にアンジーが優しく声をかけてきていた。
「亜紀ちゃん、そろそろ出番だよ。大丈夫?」
「う、うん……でも、上手く歩けるかな?」
「大丈夫。スカートの中のパニエ、遠慮なく蹴っ飛ばせばつまずかないからね。頑張って」
アンジーのその声に亜紀はかすかに微笑を浮かべる。その姿を見た彼は彼女の背中をグイッと押していた。
「うん、やっぱり亜紀ちゃんは笑っていた方がいいよね。その顔でステージを歩いてきてね。何があってもニッコリ笑って、ちゃんと前を見て歩いてきて」
「それでいいの?」
「うん、それでいいの。亜紀ちゃんはプロのモデルさんじゃないんだから。それに、マリエなんだし初々しい方が見ている人たちも幸せになれるからね」
その声にどこか複雑そうな表情をみせる亜紀。しかし、彼女がプロのモデルと同じように歩けるはずもない。今はきちんとランウェイを堂々と歩かないといけない。そんなことを思いながら、彼女はステージへと視線をやっている。
「亜紀ちゃん、緊張してる?」
「う、うん……やっぱり、怖いかな?」
「だよね。でも、亜紀ちゃんならできるから。急いで歩かなくてもいいよ。曲もゆっくりしたものにしてあるから、焦る必要もないからね」
「いろいろありがとう。私、できる限り頑張るから」
アンジーの言葉に、彼が細かいところまで気を配ってくれていることに気がついたのだろう。まだ不安そうな表情は残っているが、少しずつ落ちついたような雰囲気にもなっている。そんな彼女をアンジーはしっかりとステージへと押し出していた。
「さ、亜紀ちゃん。出番だよ。今は何も考えずに楽しんでおいで」
彼のその声に頷いた亜紀はゆっくりとステージへと足を踏み出している。
そこはキラキラとした光に溢れる場所。それまでのきらびやかな照明が落ちついたものになり、音楽もゆったりしたものになっている。それが、こういう場所に慣れていない自分に対する配慮なのだ。そう思った亜紀は、しゃんと背筋を伸ばすと、一歩ずつステージを歩いていく。
まだその顔には緊張の色が残っている。だが、それが初々しさを醸し出しているのも間違いない。ステージを見守る観客はそんな彼女を温かく見守っている。
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