〔3〕
亜紀が羞恥心で身悶えていることに気がついている。それでも、惟は容赦なく言葉をぶつけていく。そんな彼の声に目をギュッとつぶり、体を固くしている亜紀。今の彼女に、彼が要求していることをクリアするのは不可能ともいえる。
先ほどは惟が眠っていると思って口にできた言葉。それを本人の目を見ながらもう一度言うことができるはずもない。そう言いたげに視線を落としている亜紀。そんな彼女の顎を惟はグイッと持ち上げていた。
「ね、亜紀。ちゃんと聞かせて」
「惟……」
先ほどまで眠っていたはず。だというのに、今は上半身を起こした状態。その彼に顎をつかまれている。この状態はハッキリ言って恥ずかしいの一言に尽きる。
ところが、惟が亜紀を離すはずがない。それどころか顎にかけていた手が彼女の髪へと移動する。そのまま、彼女の顔を隠すようにしている髪をそっと耳にかけながら、優しい声をかけてくる。
「ねえ、亜紀。さっきのは僕の聞き間違いじゃないよね?」
ここまで言われて黙っていることはできない。そう思った彼女はコクリと頷くと惟の目を正面からみつめていた。
「……惟、私、あなたのことが誰よりも好きです」
そう告げるなり、彼女は惟にグッと近づくと頬にそっと唇を寄せる。それはいつもの亜紀からは考えられないほど大胆な行動。そのことに惟自身もすっかり照れたように顔を赤くしてしまっている。
「亜紀……ずいぶん、積極的になったんだね。いや、そのこと悪いとは言わないけど……」
そう言われたことで、亜紀も自分の行動というものに思いが至ったのだろう。一気に顔を赤くすると、惟の体から離れようとする。しかし、そんな彼女の体をしっかりと掴まえた惟が甘い言葉を囁きかける。
「ねえ、亜紀。君の誕生日に結婚してくださいって言ったよね。覚えてる?」
「お、覚えてるわ」
「よかった。じゃあ、こう言ったら亜紀はどうするかな? 亜紀、結婚しよう」
「そ、それって今すぐに?」
惟の言葉に亜紀はドキドキすることしかできない。まさか、そのような言葉をこの場で言われるとは思ってもいなかったのだ。
たしかに彼とは結婚してもいいと思っている。だが、それは彼女が高校を卒業してからという話ではなかったか。それなのに、今すぐという言葉が彼の口から出る。
この彼の再プロポーズともいえそうな言葉にどのような返事をすればいいのか。
彼のことは間違いなく好きだ。しかし、まだ高校生の自分が結婚というハードルを越えてしまってもいいのだろうか。そんな思いが彼女の中には渦巻いているのだろう。なかなか返事ができずに俯いてしまっている。
「亜紀、そんなに難しく考えなくてもいいの。亜紀の本心を教えて。僕と結婚するのって嫌?」
その言葉に反発するように亜紀はガバっと顔を上げる。その顔は、ここで否定しないと誤解されると思うのか、どこか必死な色がある。
「そ、そんなことない。惟のお嫁さんになれるのを断るはず、ないでしょう!」
「だったら、そんなに悩むことないじゃない。亜紀はもう16歳なんだし、法律的には問題ない。保護者の許可がいるけど、その点は心配していないしね」
そう言いながら、惟は優しく亜紀の髪を撫でている。その手に安心したのだろう。亜紀の表情が少しずつ穏やかなものになっていく。そんな中、彼女も心を決めたようにしっかりとした調子で口を開いていた。
「惟……私、まだまだ子供よ。惟に似合うような大人の女の人になれるかどうかわからない。でも、私、惟のことが大好きなの。ずっと一緒にいたいの。だから、お嫁さんにしてください」
そう言ったとたん、唇に触れる柔らかい感触。
あ、キスされたんだ。
そんなことを思う中にも何度も重ねられる唇。大切に愛おしげに繰り返されるそれに亜紀も必死になって応えようとする。いつの間にかそこには甘い空気だけがたちこめている。そんな中、惟は甘い声で亜紀に囁きかけていた。
「愛しているよ。誰よりも君のこと愛している」
「ほんとう?」
何度その言葉を耳にしても信じることができないのだろう。亜紀が不安そうな瞳で訴えかける。そんな彼女の不安を払うように、惟は言葉を続けている。
「僕のこと信じて。僕の全ては君のもの。君はその小さな手に僕の命を握っているんだよ。だから、そんな顔をしない」
「うん……」
彼の言葉は熱烈な愛の言葉に他ならない。そのことを感じたのだろう。亜紀は彼の胸に頭をコツンと預けるとじっと顔を見上げている。そのどこか無防備にもみえる姿に、惟は思わず苦笑をもらすことしかできなかった。
「亜紀、そんな顔を他の男に見せるんじゃないよ。絶対に誤解されるからね。もっとも、そんなこと僕がさせるつもりないけどね」
そう言いながらも少し、苦しくなったのだろうか。惟がまた体を横にしようとする。だが、その手は亜紀の体を離そうとはしていない。彼は誰よりも愛おしいという視線を彼女に向けている。
「ねえ、このままここにいて。亜紀がそばにいるってことを実感させて。ちょっとだけ眠るけど、目が覚めたら一番に君に言いたいことがあるから。だから、ここにいてくれるよね?」
「うん……私も一緒にいたいから……じゃあ、手を握っていてもいい?」
そう言いながらも、亜紀は惟の返事を待つことなく、彼の手を握っている。そのまま彼の胸にもたれるようにして目を瞑る姿に、惟もすっかり安心したような表情になっている。
穏やかな午後の日差しが差し込む中。ようやく、互いの気持ちが通じ合ったことを実感しているのだろう。幸せそうな微笑みを浮かべて、二人はまどろみの中に旅立っているのだった。
◇◆◇◆◇
「いや! 絶対にいや! 話が違うもの。そうじゃないの?」
どこか悲壮な響きを帯びた亜紀の声が響く。その声に周囲の人々はどうしたのか、というような表情を向ける。だが、その理由に納得したのだろう。何も言うことなく、それぞれの用事をこなそうとする。そんな中、亜紀の悲鳴だけがいつまでも響き渡っていた。
「でも、亜紀ちゃん。これを着て、ショーに出てくれるって約束したじゃない」
「それはしたわよ。でも、惟と一緒っていうのは聞いてないもの」
「そんなことないよ。僕、ちゃんと最初に言ったもの。本番に慣れとくためにも、惟と一緒にショーに出てって」
アンジーのその言葉に、亜紀は必死になって記憶の扉をこじ開けている。その結果は、彼の言葉が正しいのだということを認めざるを得ない状況。しかし、彼女がそのことを了承するつもりもさらさらない。だからこそ、亜紀は必死になって抗議の声を上げていた。
「アンジー、これ以上、馬鹿なこと言わないで! こんなに素敵なドレス作ってもらったんだもの。ショーに出演するのは問題ないわ。でも、惟と一緒はいや!」
「亜紀ちゃん、どうして? なにも惟が嫌いっていうわけじゃないんだろう?」
アンジーのその声に亜紀はウっとうめき声を上げている。たしかに彼の言葉にも一理ある。しかし、彼女自身はどうしてもそれを受け入れることができない。だからこそ、どこか必死になって彼女は言葉を紡いでいく。
「惟のこと、嫌いじゃないわよ。でも、何回も言うけど、彼と一緒にショーに出るのが嫌なだけ」
「だから、その理由が分からないんだよね。嫌いじゃないんなら、一緒に出てよ」
「いや! あんまり言うんなら、ショーに出るのを止める。このドレス、別の人が着ればいいじゃない!」
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