〔4〕
この状態の彼に何を言っても無駄だ。そのことを知っている拓実はもう一つため息をつくと頭をガシガシとかきむしっている。
「分かりました。今の惟さんに何を言っても無駄ですよね。じゃあ、これだけは約束してくださいよ。亜紀ちゃんに無理だけはさせないでください。お願いしましたよ」
「う〜ん。自信はないけど、約束する。僕も亜紀に無理させたいとは思ってないし。ところで、亜紀、歩ける? 無理だったら……」
「だ、大丈夫。歩けるわよ。でも、カバンは?」
ここで歩けないなどと口にしたらどうなるか。間違いなく、抱きかかえられての移動になる。校内でそんなことをやった日にはどうなるか考えるまでもない。
絶対に、次の登校時にはもみくちゃにされる。
それだけは断固、拒否したい。そう思う亜紀は、まだ足がガクガクなっているのを隠すようにそう告げることしかできない。もっとも、亜紀のそんな強がりを惟は分かっているのだろう。フッと笑みを浮かべると彼女の腰をグイッと引き寄せている。
「亜紀がそう言うなら、そういうことにしておこうね。じゃあ、拓実君。後のことは頼んだよ。亜紀のカバン、持って帰ってくれたら嬉しいな」
「分かりましたよ。亜紀ちゃん、惟さんが無理矢理しようなんてことしたら、思いっきり蹴り飛ばしていいからね。それくらいの反撃は許されると思うから」
拓実の言葉の意味が分かったのだろう。亜紀は目を白黒させることしかできない。そんな彼女をしっかりと抱きよせた惟は「そんなことしないよね」と囁きかけてくる。
この場合、どちらの言葉に頷けばいいのだろう。そんなことを思う亜紀は、惟の袖をクイっと引っ張ると、彼の胸に顔を隠すようにすることしかできなかった。
◇◆◇◆◇
「ねえ、惟。今からどこへ行くの? それに、みんな見てる。もうちょっと離れて? お願い」
理事長室から出ても、惟が亜紀を抱き寄せる手を離すことはない。たしかに今は放課後。だが、それだけに下校しようとする生徒の目もある。だからこそ、亜紀は手を離してくれるようにと可愛らしくお願いする。だが、そんな彼女のお願いを惟が聞き入れるつもりはないようだった。
「どうして? 僕たち婚約しているんでしょう? だったら、恥ずかしがる必要ない。それに、僕はまだ亜紀が不足してるの。だから、ちょっとでも亜紀に触れて、亜紀を充電しないとね」
そう言うなり、惟はますます亜紀をしっかりと抱きよせる。そんな二人の姿を目にした生徒、特に女生徒の黄色い悲鳴が聞こえてくる。
こうなったら、もう言い訳はできない。そんなことを思うのだろう。亜紀はうなだれたような表情で惟に連れられて歩くことしかできない。そんな彼女に惟が甘い声で囁きかけてくる。
「亜紀、そろそろ竹原が迎えに来るんだろう? その前に移動したいんだけど構わない?」
「う、うん……」
たしかにこのままゆっくりしていれば、雅弥が迎えに来るだろう。そして、惟を避けるために雅弥に協力してもらっていたという自覚が亜紀にはある。となると、この場でこの二人が顔を合わせるのはまずい。そう思った亜紀はクイっと惟の袖を引っ張っていた。
「でも、惟。さっきも聞いたわ。どこに行くつもりなの? それくらい教えて欲しいわ」
「知りたい? 教えてあげてもいいけど、亜紀をビックリさせたいから。だから、今は教えない」
「惟の意地悪。どうして、そんなこと言うの?」
「だって、さっきまで君に会いたくないって拒否されたんだよ。少しくらい意地悪したっていいんじゃないかな?」
惟のその言葉に亜紀はバツの悪い顔をすることしかできない。たしかに、彼を無視していたのは間違いない。だが、それとこれとは違う。そう言いたいのだが、言うことができない。結局、彼女は惟の隣を歩くことしかできないようだった。
「わかったわよ。惟がそんなに意地悪言うなんて、思ってもいなかったわ。でも、あれって惟も悪いのよ。他の女の人と仲良くしてたんだもの」
「それって嫉妬してくれてるの? だったら、嬉しいな。それって、僕のこと本当に好きだって思ってくれてるからでしょう?」
「別に惟が他の女の人と一緒にいたからって妬いたんじゃないわよ。ただ、胸が痛くなっただけ」
拗ねたような口調で亜紀はそう告げている。もっとも、それを耳にした惟の表情が一気に崩れて行く。亜紀は『妬いていない』というが、彼女の反応が間違いなく嫉妬だということに気がついているからだ。だからこそ、彼は人目も気にしないように彼女のことをギュッと抱きしめている。
「本当に亜紀って可愛らしいよ。でも、亜紀にそんな思いをさせたのは悪かったよね。そんな時にアンジーに告白されたら、気持ちも揺れるよね」
亜紀が自分と一緒にいた千影に対して嫉妬してくれたことは嬉しい。だが、そのことでアンジーが亜紀に思いを告げたという事実もある。
そのことが惟の中でもこだわりになっているのだろう。思ってもいない言葉が彼の口からは飛び出している。そして、それを耳にした亜紀が一気に顔色を悪くする。
「惟、誤解しないで。私、グラントさんのこと好きだけど、惟と同じ好きじゃないから。だから、心配しないで」
惟の口調から、アンジーとのことを誤解されているのではないか。そう思った亜紀が焦ったように言葉を紡いでいく。そんな彼女に惟は優しい笑みを向けるだけ。
「亜紀がそう言うのなら、そうなんだろうね。うん、心配なんてしていないよ。だから、そんな顔をしない」
「惟……」
惟は心配していない、という言葉を口にする。だが、そこに宿る響きがいつもの彼ではない。そのことを亜紀は敏感に感じ取っている。そして、その原因が自分の行動にあるのだ。
そう思う亜紀は惟の名前を呼ぶことしかできない。その時、亜紀の声とは別に惟を呼ぶ声がその場に響いていた。
「惟様。やっぱり、ここにいらしたんですね」
「南原、君こそどうしてここに? それより、よくここに入れたね。ここのセキュリティーはしっかりしていると思ってたんだけども?」
「ご心配なく。ちゃんと、許可をとって入ってきましたから。でも、どうしてなんですか? どうして、こんな子供……」
惟に向かって嘆願するような声を出す千影。だが、その視線はしっかりと亜紀の姿をとらえている。その様子に何か嫌なものを感じたのだろう。惟は校内に戻るようにと告げるように亜紀の背をグッと押している。
「惟、どうしたの?」
「亜紀、ちょっと中に入っていて。すぐに迎えに行くから」
「どういうことなの? やっぱり、あの人の方がいいんじゃないの?」
「どうして、そんなことを考えるの? そんなことはないってさっきも言ったよ。それよりも、早く中に入って」
「嫌! そんなことする理由が分からない!」
「亜紀! お願いだから、言うことをきいて」
惟がどこか必死になって頼んでいる。そのことを感じている亜紀だが、どうしても首を縦に振ることができない。
それはこの場で自分が離れたら、惟を失ってしまうのではないかという思いがあるからだろう。なにしろ、目の前にいるのは、先日も彼と一緒にいた相手。
たしかに、惟の口から関係ないとハッキリと告げられた。それでも、ここまでやってきているということに亜紀の中で一抹の不安が生まれている。
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