〔2〕
そう言う拓実の声には拗ねた響きが混じっている。そのことに気がついた惟は、苦笑を浮かべるしかできないようだった。
「あのね、拓実君。その発言、他人の前でするんじゃないよ。もちろん、君がシスコンだってこと、周囲の誰もが知ってるよ。でも、さっきのを聞いたら、それ以上じゃないかって勘ぐられるんじゃないかな?」
「かもですよね。でも、仕方がないでしょう? 亜紀ちゃんと兄妹として生活始めてから半年も経ってないんですよ。おまけに、彼女はあの通り可愛らしくて魅力的なんだから。でも、心配しなくていいですよ。僕は彼女のこと、ちゃんと妹としてみていますから。なので、兄として妹が大人の階段のぼったことに寂しさを感じてるだけ。ついでに、相手の男に半分腹を立ててる?」
「分かったよ、拓実君。だから、これ以上、責めないでくれる? たしかに亜紀とはそういうことあったけど、君が心配しているみたいに強引じゃない。ちゃんと、亜紀の気持ちも確かめたうえでのことだよ。それでも、そんなに非難するの?」
拓実の言葉に反論する惟の声はどこか弱々しい。そんな彼の姿が珍しくて仕方がないのだろう。拓実は喉をクックと鳴らしながら応えている。
「別に非難しませんよ。いまどきの高校生がそういう経験しているっていうこと否定しませんし。うん、こういうところにいれば、いろいろと聞こえてきますよ?」
「だったね。じゃあ、拓実君は僕たちのこと、気にしないって思っていいのかな?」
「ですね。僕は大丈夫です。でも、雅弥はどう反応するかな。あいつって有能だけど、頭が固いっていうか、亜紀ちゃんのことほんとに大事にしていますからね」
拓実のその言葉に、惟は複雑な表情をみせている。そのことに気がついた拓実は、首を傾げながら問いかけるだけ。
「惟さん、どうかしました? ひょっとして亜紀ちゃんだけじゃなくて、雅弥とも何かあったんですか? いや、でも、それはあり得ないか。いくらなんでも、雅弥が惟さんに喧嘩吹っ掛けるはずないし……」
「いや、半分吹っ掛けられてるんじゃないかな? このところ、亜紀に取り次いでくれって頼んでも、竹原が断ってくるからね。ついでに、彼女の送り迎えも間違いなく彼がしてるんだろう?」
「ええ、そういえば、雅弥のヤツ、定期考査が近いし、勉強が気になるからとか言ってましたけどね。ま、あいつに任せておけば亜紀ちゃんの成績が悲惨になることないから気にしてなかったんだけどな。でも、惟さんが亜紀ちゃんに会うのを断るなんてこと、できるはずないのに……」
「でも、見事にやってくれてるんだよね。おかげで、先週から亜紀の声すら聞いてないんだよ」
そう言うと、惟は理事長室のソファーにぐったりと腰をおろしている。その様子はいつもの彼とはまるで違う。そのことに驚いたような表情をみせる拓実。
だが、こうやって惟が来たということは、何か頼みたいことがあるのではないか。そう思う頭の回転の良さも彼にはある。
もっとも、この状態の惟が頼みたいことなど一つだろう。そう思う拓実はどこか確信したような口調で、惟に問いかけていた。
「ねえ、惟さん。わざわざここに来たんです。目的があるんじゃないですか? 亜紀ちゃん、ここに呼びましょうか?」
その声に惟の表情が一気に明るくなる。普段であればみることのできない彼の姿に思わず驚く拓実だが、それだけ必死なのだろうと思うことにしている。
そして、おもむろにデスクの受話器を取ると、何かを告げている。そのまま、彼は惟の顔を正面からみつめていた。
「亜紀ちゃん、呼びましたよ。もうちょっとしたら来てくれると思うけど、落ちついて会えます?」
「どうして、そんなこと訊くの?」
「だって、ここのところ亜紀ちゃんに会ってないんでしょう? 勢い余って、僕の目の前で襲うなんてこと、しないでくださいよ」
拓実のその声に惟は心底嫌そうな表情をみせる。もっとも、拓実が危惧していることをやりかねないというのは、惟自身が一番よく知っている。だからなのか、彼は口元を隠すようにして拓実の声に応えている。
「多分、大丈夫だと思うよ。うん。ここで襲ったりしたら間違いなく亜紀に愛想を尽かされる。でも、ハグしてキスくらいは許してくれるだろう?」
「ま、それくらいなら。って、何を言わせるんです。それより、本気で僕の目の前でやろうなんて思ってるんじゃないでしょうね」
惟の言葉に、今度は拓実が顔色を変えている。だが、ようやく亜紀と会える。そう思った惟がいつもの平静さを取り戻しているのは間違いない。
となると、先ほどまでの力関係は完全に逆転する。そのことを身にしみて感じている拓実は、肩をすくめて叫ぶことしかできない。
「ほんとに惟さんには負けますよ! とにかく、亜紀ちゃんが来た時には、落ちついていてください! ほんとにこの場で襲うなんてこと、しないでくださいよ!」
そんな拓実の叫び声が響く中、遠慮がちに理事長室の扉が叩かれる。それと同時にガチャリと開いたかと思うと、一人の生徒が中に入ってこようとしていた。
しかし、その足が途中で止り、くるりと踵を返そうとする。もっとも、そのようなことはさせないというように惟が駆け寄ると、相手を室内へと引きずりこんでいる。
この行動はどう見ても危ない。そんなことを言いたげな色を拓実は浮かべているが、その視線を向けられている惟が気にするはずもない。
なにしろ、やってきた相手は彼が会いたくて仕方のない亜紀だからだ。おまけに、ここで彼女に逃げられたら、またしばらく会うことはできない。
そのことも本能的に察しているのだろう。惟の行動は迅速としかいいようがない。そして、彼に引きずり込まれたことで室内に入ってきた亜紀の表情はどこか憮然としたもの。
だが、それも仕方がないだろう。彼女にすれば、まだ惟に会うだけの心の準備ができていないと言えるからだ。だからだろう。彼女は惟を無視するように、拓実に向かって怒りの声を上げる。
「お兄ちゃん! 急に呼び出したりして何の用があるのよ! こんなこと止めてって前から言ってるでしょう? それなのに、どうして分かってくれないのよ!」
「う〜ん。今日はどうしてもっていう用事だったし。だから、辛抱してよ。帰りに亜紀ちゃんの好きなチョコパフェ食べに行こう。ね、それで機嫌直して」
「そんなもので釣られないわよ。お兄ちゃんの非常識!」
そう叫ぶ亜紀は、完全に惟のことを無視している。その姿に拓実は思わずため息をつくことしかできない。そして、一方の惟は彼女の首筋にうっすらと残る痕を目ざとく見つけていた。
この痕をつけたのは、自分ではない。では、これがいつ、誰につけられたものであるのか。
その答えを惟は知っていると思っている。そして、これが彼女から拒絶された原因であるだろうとも感じている。だからこそ、惟は亜紀に確かめるような声で問いかけていた。
「亜紀。その首筋にある痕つけたのって、アンジーでしょう?」
思いもよらぬことを告げられたことで、亜紀の体がピクンとなる。そのまま、首筋を隠すようにした彼女の体が小刻みに震えている。そんな亜紀の肩にそっと手を置いた惟は、優しい声で彼女に囁きかける。
「気にしなくてもいいの。僕は知っていたから。それに、これが亜紀のせいじゃないってことも分かってる。だから、こんなことで僕に会えないなんて言わないで」
「でも……」
「そうでしょう? それとも、アンジーと何かあったの? だから、僕に会えないって言ったの?」
惟の声に亜紀はふるふると首を横に振る。それでも、アンジーから告げられた言葉は頭から離れないのだろう。なかなか惟の顔をみることができない。そんな彼女に、彼の声はどこまでも甘く響いていく。
◆読んでいただいてありがとうございます!
もし、少しでも【面白かった】【続きが気になる】などと思っていただけましたら
↓にある広告下の【☆☆☆☆☆】→【★★★★★】をタップまたはクリックして【評価】をしていただけると嬉しいです!
もちろん、合わなかったという方も【☆☆☆☆★】とか【☆☆☆★★】とかゲーム感覚で採点していただければなーっと(^_^;)
評価やブックマークは本当に力になります!
今後のモチベーションにも関わりますので、よろしくお願いいたしますm(_ _)m




