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〔2〕

千影に浴びせられる言葉には間違いなく棘と毒が含まれている。そのことに気がついた彼女が顔を真っ赤にして抗議するが、そのようなものを聞き入れるはずがない。あくまでも彼女のことを無視するような形で、マスターは惟と話し続けている。




「一條様が不安になっていらっしゃいますよ。どうしてかと思いましたが、このような女がそばにいれば、当然でしょうね。山県様でしたら、このようなことはないと思っておりましたが?」




その言葉に惟はどう返事をすればいいのか分かっていない。彼は千影とマスターの顔を交互に見るだけ。そんな彼の耳に、マスターはそっと囁きかけている。




「できるだけ早く、仲直りなさった方がいいですよ。お連れの方は、一條様に好意をお持ちのようでしたからね。たしかに、一條様は聡明な方ですが、やはりまだ子供です。不安になれば、そばにいる別の方に心が揺れますよ」




彼の声に惟の表情が一気に険しくなっていく。そして、腕に絡みつく千影を無理に引き離した彼は、胸ポケットから携帯を取り出すと、亜紀の番号をプッシュする。


しかし、彼女がそれに応えることはなく、空しく呼び出し音だけが耳に響く。そのことに嫌な予感を覚えたのだろう。彼は急いで別の番号をプッシュする。




「どうしたんだ……どうして出ないんだ……アンジーは戻っていないのか? だったら、二人ともどこに行ったんだ……」




焦りを含んだ声がその口からは漏れている。その眉間にはいつもの彼には似合わない深いしわが刻まれていく。そのまま、彼はマスターに詰め寄るように問いかけていた。




「亜紀と一緒にいたのが誰か分かる? それって、前に僕が連れてきたフランス人?」



「お連れの方の国籍は分かりませんが、ハニーブロンドの髪の若い男性でした。たしか、一條様は『グラントさん』とお呼びのようでしたが」




その声に、亜紀と一緒にいる相手がアンジーだと確信したのだろう。少し、惟の表情が緩くなっていく。それでも、まだ眉間のしわはなくなろうとしない。彼はまた先ほどと同じ番号をプッシュする。




「アンジーが一緒なら心配することはないけど……でも、どうして出ないんだ。あそこじゃないなら、一体、どこに亜紀を連れて行ったんだ……」



「惟様……」




すっかり存在を忘れられたと思ったのだろう。千影が惟の気を引くように袖を引き、声をかける。そんな彼女の手を冷たく振り払った彼は、キツイ視線を向けるだけ。




「南原。これ以上、君に付き合うつもりはないよ。車を呼ぶから、好きなところに行って。それから、当分の間、君の顔は見たくないから」



「どうしてですか?」



「理由を聞かないと分からないの? そこまで君は馬鹿だったの? そんな君を信頼していたなんてね。僕自身にも思いっきり腹が立ってくる」



「山県様、落ちつかれてください。少々、お言葉が過ぎるのでは?」




惟を宥めるようなマスターの声が流れてくる。だが、それに対して惟は否定の色をみせるだけ。




「そう? でも、前にも忠告を受けていたんだよ。それなのに、こんな事態を招いてしまった。そのことに僕自身にも腹が立っているから。でも、何よりも今はその元凶の君の顔は見たくないわけ。南原、分かった?」




惟の言葉に、千影はガタガタと震えだし、その場に崩れ落ちるだけ。しかし、そんな彼女に彼が目を向けるはずもない。今の惟は亜紀の居場所を探したいという思いだけに駆られている。だからこそ、彼はその場を慌ただしく後にすることしかできないのだった。




◇◆◇◆◇




そして、どこか焦ったような表情を浮かべた惟が向かった先。それは皮肉にも彼が元いた場所であるともいえる。そう、ファエロアのオフィス内、アンジーが自分の絶対領域として他者が踏み込むことを拒否している場所。その部屋の扉を前にして、惟はグッと拳を握りしめていた。


ここに辿りつく前に、彼は駐車場も確認している。そこにアンジーの車があることは確認済み。となると、惟の中では疑問だけが膨らんでくる。



どうして彼は電話に出なかったのだろう。



亜紀はまだ一緒にいるのだろうか。



それらの答えは扉の向こうにある。そのことを知っている惟は、軽く扉を叩いていた。だが、なかなか返事がかえってこない。


しかし、アンジーがここにいるのは間違いない。そう確信している惟は何度も扉を叩き続ける。

そうやって何度も扉を叩き続けるうちに、ようやく微かな声が部屋の中から聞こえてきていた。




「惟? 開いてるよ。入ってきて」




その声にようやく、惟の表情が落ちついたものになっていく。しかし、聞こえてくるのはアンジーの声だけ。


そこに一抹の不安が残るのか、ガチャリと音を立てながら扉を開く表情はどこか不安気。そして、入った室内にいるのがアンジーだけだということに気がついた惟は、思わず声を荒げていた。




「アンジー、亜紀はどこ? 一緒だったんでしょう?」




そう叫ぶ惟の目が室内を見渡している。そこには亜紀のカバンだけがポンと置かれている。


ということは、間違いなく彼女はここにいた。それなのに、今は姿がない。


そのことに不安と焦りを感じるのだろう。惟の声がどんどんと険しさを増していく。その声に対して、アンジーは腰を直角に折ると、ガバっと惟に向かって頭を下げていた。




「惟、ゴメン!」



「だから、何に対してそう言うの? ちゃんと分かるように説明して」




今の惟は苛立ちを隠すことができない。だからだろう。アンジーに対してもどこか冷たい印象を与える声しかかけることができない。


だが、アンジーはそんな惟の反応も分かっていたのだろう。俯いたままの姿勢で、ボソボソと喋り始めている。




「ラ・メールで惟を待っている時、千影さんと一緒にいるところをみかけたんだ」



「うん、そのことは聞いたよ。まったく、彼女には困ったよ。どうやら、前にも亜紀とトラブル起こしていたようだしね。竹原にも言われてたんだけど、亜紀に確認しなかった僕が悪かった」



「そうなんだ……で、あれを見た亜紀ちゃんが完全に興奮しちゃって……あのままあそこにいて、惟や千影さんに会っちゃいけないって思ったんだ」




アンジーの声に惟はフッとため息をついている。そのまま、彼は部屋にあったソファーにどんと腰を下ろすと、足を組んでアンジーの顔を見る。その気配を察したのだろう。彼はゆっくりと言葉を探しながら話し続ける。




「で、ここに連れてきた。その時、泣きそうな顔をしていた亜紀ちゃんをほっておけなかった」



「そうなんだ。で、亜紀に何かしたの?」




惟の声がどんどんと冷たくなっていく。そう感じたアンジーは背中に冷たいものが流れるのを止めることができない。


今の季節は夏。そして、外は蒸し暑く、室内はクーラーが欠かせない。


だというのに、今のこの場はどんどんと温度が下がり、凍りつくような感じさえする。だが、これも自分が播いた種。そう思っているのだろう。アンジーは言葉を続けるしかないと思っている。




「あの時の亜紀ちゃんが可哀想で、なんとかしたいと思ったんだ。で、気が付いたら抱きしめてキスしてた」



「それだけ?」




アンジーの声に惟の眉がピクリと跳ね上がる。ギリッと唇を噛みしめるような音がするのではないか。そんなことを思うアンジーは話を続けたくない、と思っている。だが、惟の無言の圧力はそれを許そうとはしない。結局、彼はあったことの全てを話すしかないと気づかされていた。




「惟、ゴメン。抱きしめて、キスして、気が付いたら亜紀ちゃんを押し倒してた」




アンジーのこの告白は、惟にとって思いもよらぬものだったのだろう。叫びだしそうになるのをグッと堪えている。


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