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〔2〕

なにしろ、この雅弥という相手が人目を引くということは間違いないからだ。いつも穏やかな表情を浮かべ、何事もそつなくこなす姿に好感を覚えない相手はいないだろう。実際、彼に送り迎えされているということで、クラスの面々からは羨ましがられている。


たしかに、そこらにいるアイドルにも負けないような容姿なら、それも当然かもしれない。そんなことをこの頃の彼女は思っている。そんな彼女の口からポツリと言葉が漏れている。




「竹原さんって、背も高いしカッコいいわよね。絶対、モデルか何かにスカウトされたことあるんじゃないの?」




その言葉に雅弥はクスリと笑うと「そんなこともあったかもしれませんね」と軽くかわしている。その声に思わず顔を赤くした亜紀が、ふいと視線を横にする。そんな彼女に「朝食が冷めますので急ぎましょう」と告げる雅弥。


その言葉に、さり気なく話を変えられた、と思った亜紀だが反論できるはずがない。そのまま彼女は朝食を済ませると、いつものように彼に送られて白稜へと向かうことしかできないのだった。




◇◆◇◆◇




「ねえ、ちゃんと用意できているの?」



「大丈夫だと思うけど……お茶の準備は竹原さんがしてくださってたでしょう?」



「ええ、そうよね。でも、落ち度があったらどうするのよ」



「心配しなくてもいいわよ。お嬢様を送ったら、すぐに戻ってこられるんだし。それに、まだ時間はあるわよ。なんて言ったって、お嬢様がいらっしゃらないと話にならないことでしょう?」

「そうよね。でも、どんな方なのかしら。なんだか、興味あるわよね」




一條家で働くメイドたちは、普段であれば仕事中にお喋りをするようなことはない。しかし、今日はそういうわけにはいかないようだった。


彼女たちはお互いに顔を突き合わせると、ヒソヒソ話を始めている。もっとも、仕事の手がとまっているわけではない。いつもと同じかそれ以上の手際の良さで、仕事は進められていく。


やがて、午後の早い時間に姿を見せた訪問客に、彼女たちは興奮を隠すことができなかった。




「そんなに気を使わなくてもいいのに」




訪問客がそう告げるのにも関わらず、一條家のメイドたちはあたふたとしている。それは相手が若くてイケメンだというのも関係しているだろう。


どこか色気のある表情で見つめられたことで、彼女たちは顔を赤くしている。そんなメイドたちの反応を楽しんでいるのか、一條家の当主である慎一は笑いながら相手に声をかけていた。




(タモツ)君、あんまりメイドたちをからかうものじゃないよ」



「からかってなんていませんよ、慎一さん。そんな風に思われていたんですか?」




慎一の声に軽く反論してくる相手。仕立てのいいスーツを着こなし、爽やかな笑顔を振りまいている彼に太刀打ちできる相手がいるのだろうか。そんなことを思いながら、慎一は惟と呼んだ相手の顔をみつめていた。




「それはそうと、どういう風の吹き回しなんだろうね。君がヨーロッパに行ったきり帰ってくる様子がないって玲子ちゃんが嘆いていたけど?」



「お母さんは心配性なんです。ちゃんと連絡は入れていたんですから。なにより、あちらの方が僕にはあっていたからですよ。それに、学校も向こうで卒業しましたしね」




ソファーに優雅に腰掛け、紅茶を手にしている姿は一幅の絵にもなるだろう。洗練されたといってもいい仕草は、間違いなく人の目を引く。その場で給仕の役をしているメイドの顔が赤くなるのも仕方がないことだろう。


もっとも惟はそのことを気にする様子もない。ただ相手に「ご苦労様」と声をかけ、紅茶に口をつける。その姿に声をかけられた方は、また一気に顔を赤くしているのだった。




「惟君、君にはプレイボーイの気があるのかね? そんなところを見ると、また玲子ちゃんがハラハラするだろうに。それに達也君もじゃないかな?」



「そんなことありませんよ。さっき、メイドに声をかけたのは当然でしょう。それに、お父さんもお母さんも僕のことは知っていますよ。だから、あれくらいのことでハラハラするようなことはないと思いますけどね」



「そういうものかね? なんだか、しばらく会わない間に印象が変わったように思うけれども」




そう言いながら、慎一は相手の顔をじっと見ている。そんな彼に惟は軽く肩をすくめるだけ。


今、一條邸にやってきているこの相手。山県惟(ヤマガタタモツ)という彼は、慎一からみれば従妹の子供になる。


だからだろう。慎一が惟を見る目は優しく愛情深いもの。そのままの表情で、彼は惟に声をかけていた。




「それはそうと、こうやって帰って来てくれたんだ。例の話は承諾してくれるんだろうね」



「そのつもりですよ。でも、それを聞いた時は僕の方が驚きましたよ。本当にいいんですか?」



「いいに決まっているだろう。何より、玲子ちゃんたちも安心するんじゃないのかな? 君が日本に帰ってこないことを本気で心配していたんだから」




慎一のその声に、惟はわざと大きくため息をついている。それは、『子供じゃないんですよ』と言っているかのよう。そのことに気がついている慎一は、どこか軽い口調で言葉を続ける。




「それだけ、玲子ちゃんも達也君も君のことを気にしているんだよ。だから、そんな顔をするもんじゃない。でも、こうやって帰国してくれて助かった。これで安心して話が進められる」




そう告げると、慎一は心底安心したというような表情で目の前のカップに手を出している。その姿を見ながら、惟は不安そうな声を上げていた。




「先ほども訊ねましたけど、本当に僕でいいんですか? たしか、最初は別の相手を考えていたんじゃありませんでしたか?」



「たしかにそうだけどね。でも、いろいろと状況も変わっただろう? それに、間違いなく君の方が何事においても上だと思っている。実際、親族会もそう思うからこそ、この決定に至ったんだろうし」



「親族会、ですか……」




慎一が口にした『親族会』という言葉に、惟が傍目にも分かるくらい不機嫌な顔になる。それを横目で見ながら、慎一は「仕方がないだろう」と宥めるような声をだす。


今、話題になっている親族会というものは、この一條という一族の最終意思決定機関。なにしろ、慎一が代表を務める一條コーポレーションが政財界に絶大な影響力があることは間違いない。それだけに、どう動くことが最善かということを決めるブレーン的な存在も必要になってくる。


つまり、ここの決定が一族の最終的なものであり、それには現当主である慎一も逆らい難い。もっとも、この慎一という相手が簡単に手玉に取られるはずがない。飄々とした雰囲気ながらも、彼自身が己の思っていることを貫き通すだけの実力は持っている。


その彼と親族会という二つの意思決定機関が下した結論。それが簡単に覆されるはずがない。そのことを一條の縁戚でもある惟はよく知っている。だが、どうやら『親族会』という単語が彼にとっては鬼門なのだろう。なかなか表情が晴れてこない。


そんな惟の表情をじっとみつめた慎一は、その場の雰囲気を変えようと思ったのだろう。わざと別の話を始めている。




「それはそうと、竹原を迎えに行かせているから、もう少ししたら帰ってくるよ。当然、会ってくれるよね」



「慎一さん、その質問って愚問じゃないですか? 僕が今日、ここに来ているのはそれが目的なんですし」



「だよね。だったら、いつまでもそんな顔をしない。変わったと思ったけど、君自身の本質って変わってないのかな? 久しぶりに会った時は雰囲気が変わったと思ってたけど、さっきの顔は昔のままの君だしね」


◆読んでいただいてありがとうございます!




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