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〔5〕

「そうなんだけどね。でも、ぐずぐずしていて彼女を取られるのが嫌だったからね。だから、ちょっと急いだかな? あ、これから彼女がここによく来ると思うから。そのつもりで応対してくれるね」




惟のその声に、千影の眉がピクリと跳ね上がる。どうして、そのようなことを言いだすのだろう。惟が婚約したのは事実だと認めよう。しかし、これは政略的なもののはず。相手の年齢と家の名前に気がついた彼女の頭にはそんな思いしかない。



私はあなたを愛しています。あなたも私のことを愛してくれているのではないのですか?



そう言いたげな表情が彼女の顔には宿っている。だが、惟はそのことに気がつかないようにゆっくりとコーヒーを啜るだけ。そんな時、軽いノックの音が聞こえたかと思うと、スタッフの一人がおずおずと顔を出してきた。




「どうかしたの?」




惟との時間を邪魔された。そう感じる千影の声はどこか厳しい。そんな彼女の怒りを感じるのか、入ってきたスタッフはキョロキョロするだけ。それでも、思い切ったように口を開いている。




「あの……惟様にお目にかかりたいとおっしゃっておられる方がおみえです」



「僕に? 珍しいね。それよりも、僕がここにいるってことを知っているんだ。誰だろう」




そう呟きながらも、惟は千影に『コーヒーもう一つ』と告げる。もっとも、その声に被さるように別の声が響いてきていた。




「山県様、お気遣いは不要です。少々、気になることがありましたのでお邪魔させていただいただけですので」



「客って竹原だったの? 珍しいね。亜紀のことで何かあったの?」




柔らかな笑みを浮かべたまま、惟がそう問いかけている。もっとも、それも当然だろう。なにしろ、相手の雅弥は一條家の執事であり亜紀の世話役でもあるのだから。


一方、声をかけられた方は静かに腰を折ると、その場にいた千影に鋭い視線を送っている。これは、先ほどラ・メールで遭遇した相手だ。そのことに気がついた千影は膝がガクガクなりそうなのを必死で隠していた。そんな彼女の様子に、惟が不思議そうな声を上げる。




「南原、どうかした? 顔色が悪いようだけど」



「い、いえ……何でもありません……それより、本当にご用意しなくてもよろしいのですか?」



「いいよ。彼って結構、頑固でね。ま、今の格好でのんびりコーヒーを飲もうとは思ってもいないだろう。時間もないんでしょう? 用件、きかせてもらえるかな?」




惟の声に、雅弥はどう話を切り出そうか、というような表情。そんな彼の視線が、千影の方へと向けられる。その視線に思わず息を飲んだ彼女の姿は、先ほどのものが嘘のようにもみえる。


その理由を察したのだろう。彼は誰にも気づかれないようにため息をつくと、鋭い視線を千影に向けている。その視線の厳しさに一層彼女の顔色が悪くなっていく。もっとも、そんなことを雅弥が気にするはずがない。彼は淡々とした調子で、惟に来訪の目的を告げている。




「お嬢様から伺いました。しかし、お嬢様がこちらに出入りなさるのは、少々問題があるのではございませんか?」



「どうして?」



「たしかにこちらには山県様がいらっしゃいます。そして、そうである以上、セキュリティーがしっかりしていることも承知しております。しかし、気がかりが一つございます」




そう言いながら、雅弥はもう一度千影の方を向く。どこか冷たい彼の視線に彼女の背筋が凍りつくようになっていく。



どうして、初対面ともいえる相手にこのように睨まれないといけないのか。



そのことを不思議に思う千影だが、疑問の声が出ることはない。その彼女の声を代弁するかのように、惟が口を開く。




「ねえ、竹原。何を気にしているの? ここは僕の領土ともいえる場所だ。君も気がついているように、セキュリティーには細心の注意を払っている。亜紀がここに出入りすることで、押し寄せる連中はいるだろう。だが、無茶はしないはずだ。そのことも分からないの?」



「そのことは十二分に承知しております。山県が一條のIT関連を担っている以上、そのお言葉を疑うはずがございません。私が懸念しておりますのは、それ以外の事柄です」




そう言いながら千影をみる雅弥の視線。それは先ほどまでとは違い、完全に彼女に敵意を向けている。そして、そんな視線を向けたまま、雅弥の言葉は続いていく。




「僭越とは存じております。それでもです。先ほど、こちらの女性とお嬢様がトラブルになりました。そのような方の居る場所に、お嬢様を出入りさせるわけには参りません」




そう告げる雅弥の声には冷たい響きしかない。そのことに惟は眉をひそめている。そして、この敵意まみれの言葉をぶつけられた千影は立っていることも難しい状態になっている。




「竹原、それは本当? それより、亜紀と南原がトラブル? どこで会ったの? 二人が会うような機会ってないだろう」



「これ以上のことを申し上げるのは、私の職権を越えておりますので、控えさせていただきます。ただ、お嬢様のことですので、このようなことがあったことはおっしゃらないでしょう。このことを山県様がご存知なく、いらぬトラブルを引き起こさないよう。それだけのために、お耳に入れただけのことですので」




そう言い切ると雅弥は優雅に腰を折り、部屋を後にしている。その彼の後姿を見送った千影は、ガチガチと震えることしかできない。だが、そんな中でもどうして、という思いだけが大きくなっていく。



どうして、あそこまで敵意を向けられないといけないのか。



自分はあの子供に当然のことを言っただけではないか。



身の程知らずとは、あちらのことを言うのではないか。



そんな思いだけがグルグルと渦を巻いている。そのせいだろう。彼女の手は固く握りしめられ、爪が食い込んでいく。そんな普段の千影とはまるで違う姿に、惟は不思議そうな様子で声をかけてきていた。




「南原、具合でも悪いの? それより、外出していた時に亜紀に会ったの? そんなこと、君は言わなかったじゃない」



「は、はい……ちょっと言いそびれておりました。それより、少し気分が悪いので、本日は上がらせていただいてもよろしいでしょうか?」



「うん? そういえば、顔色が悪いね。本当は竹原の話を確認したいんだけど、仕方がない。この話はまた後日ということで。ゆっくり休むように」




そう告げると惟はスッと立ち上がり、その場を後にする。その彼の様子に、千影の膝から一気に力が抜け、床にクタクタと崩れ落ちる。


今の彼女の頭を占めていること。それは惟が自分の言葉を信用していない。そのことだけ。


たしかに口ではそのようにハッキリとは言われていない。それでも、態度の端々から間違いなくそれがうかがえる。そのことに気がついた彼女は、自分の想いが叶わないのではないか、ということに今さらのように気がついていた。




「惟様……どうしてですか? もう、ダメなんですか? 私、ずっとあなたのことを……」




そう呟く彼女の頬を涙がとめどなく濡らしていく。だが、今の彼女はその涙をぬぐう気にもなれない。ただ、恋しい相手のことを考え、その名を呼び続けるだけ。


そんな時、彼女の脳裏に浮かぶある人物の影。多分、あの相手も自分と同じような思いを抱いているはず。そんなことがふと頭によぎる。となれば、このことを利用しない手はないではないか。


そう思った彼女は乱暴に涙をぬぐうとデスクの上の電話に手を伸ばしている。そこからある番号をプッシュした彼女は相手に繋がることを心から祈っていた。




「……ですか? 南原です。お話したいことがあるんです。よろしければ、お時間いただけませんか? はい。それでは今晩。ありがとうございます」


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