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〔3〕

たしかに、それは間違っていない選択。しかし、由紀子のバイタリティーは亜紀の想像をはるかに超えている。彼女は亜紀との約束がキャンセルになった事情をそれとなく分かっていたのだろう。そして、それを確信させたのが週刊誌の記事。


それらを踏まえて確信を込めてぶつけた言葉が彼女と会った時の第一声。『婚約したんだ』という言葉に対して、真っ赤になってしまう友人。


これは絶対に面白い話が聞ける。そのことを確信した由紀子の目に映る微かな赤い痕。それを見たとたん、彼女はニンマリとしかいいようのない表情を浮かべていた。




「これ何? ひょっとしなくてもキスマーク? わ、愛されてるんだ~」




そう言いながら、由紀子は遠慮なく亜紀の服の中を覗き込んでいる。その視線の先には紛れもなく無数のキスマークがある。もっとも、その中の幾つかがつけられてから時間が経っていない。そう思った由紀子はますます顔をニンマリさせていく。




「ここまで痕をつけさせるなんて、相当辛抱させてたわね。よく、抱き殺されなかったことで」



「ゆ、由紀子!」




思ってもいなかったことを言われたことで亜紀の顔は赤くなるのを越えて青くなっていく。そんな彼女の姿に、由紀子はコロコロと笑い転げるだけ。その様子に、亜紀はここがどこかということを思い出すと、キッと睨みつけていた。


たしかに今いるラ・メールは安心して話ができる場所。だが、昼間っからこんなきわどい話をしてもいいのだろうか。そんな思いが亜紀の中では大きくなっていく。なにしろ、今いるのはカウンター席。どうしてここに座ったのだろうとうなだれる彼女にそっと差し出されるものがある。




「あ、あの?」



「一條様、この度はご婚約おめでとうございます。お祝いということでお受け取りください。山県様とお幸せになれますように」




にこやかな笑顔とともに差し出される紅茶のカップ。それは、このところ何度も出入りしている間に顔なじみとなったマスターからの心遣い。それを感じた亜紀はコクリと頷くと、カップに手を伸ばす。




「美味しいです。いつもありがとうございます」




亜紀の精神状態を落ち着かせようと思っているのだろう。差し出された紅茶はいつもより甘めのミルクティー。豊かな茶葉の香りが体を包み込むことに、亜紀はホッとした思いになっている。


そんな彼女の左手薬指に光るもの。それに目をやった由紀子は、指輪のきらめきにも負けないほど顔をキラキラさせていた。




「ねえ、亜紀。それって婚約指輪よね? 見せてよ」




そう言いながら由紀子は強引に亜紀の手をとっている。そのまま、間近で指輪を眺めた彼女はため息をつくことしかできなかった。




「素敵な指輪よね。でも、これってダイヤ? 色がついているような気がするけど……ピンク色? ダイヤって透明じゃなかったっけ?」



「佐藤様、一條様の指輪はピンクダイヤですよ。もっとも、ここまで色の濃いものも珍しいですね。流石と申しましょうか。これだけのものを用意なさったというわけですね。たしかに、一條様に相応しいといえば、このランクのものしかないでしょうし」




亜紀の指輪に目をやったラ・メールのマスターが当然のような顔をして呟いている。それを耳にした由紀子は興奮した様子を隠すことができなかった。




「あんたってほんとに溺愛されているのね。マスター、みてやってよ。亜紀ったら、そこらじゅうにキスマークつけてるのよ。おまけにそんなに凄い指輪でしょう? もう、どこまで溺愛されてるのかって話だと思いません?」




鼻息も荒くそう告げる由紀子に亜紀の顔が引きつっていく。一方、話を振られた方は、当然ではないですか、というような表情。その時、女性のキツイ声が二人の背後から聞こえてきていた。




「ほんと、常識のない子ね。ここってそうやって騒ぐ場所じゃないと思うけれども? だから、女子高生って品位がないって思われるのよ」




突然の声に亜紀と由紀子は恐る恐る振り返っている。そこには苛立ちを隠そうともしない千影が二人を睨みつけて立っていた。




「あ、あの……煩くして申し訳ありませんでした」




由紀子が何かを言いたそうにするのを抑えて、亜紀がペコリと頭を下げて謝罪する。その姿に千影はフンと鼻を鳴らすと、完全に見下した表情を彼女に向けていた。




「一応、謝る口はついているのね。よかったわ。それより、あなたに言いたいことがあるのよ」



「なんでしょう?」




たしか、この相手とは一度会ったことがある。そんなことを亜紀は頭の片隅でぼんやりと考えている。だが、接点はその一度きりのはず。だというのに、ここまで見下されたような調子で言葉をぶつけられないといけないのだろうか。


そんな疑問が膨らんでくるが、相手の方がどうみても年上。となれば、素直に話を聞いた方がいい。そう判断した彼女は、千影が口を開くのをじっと待っている。そんな亜紀の反応に腹が立ったのだろうか。千影は刺々しい声を彼女にぶつけていた。




「分からない? そうね、子供だものね。じゃあ、はっきり言うわ。さっさとその指輪を外しなさい。それ、あなたの物じゃないはずよ。それとこの前着ていたドレス。あれ、うちの最新作の一点物なの。それをあなたみたいな女子高生が着てもいいと思ってたの?」



「で、でも、これは私の物だって惟が……」




左手の指輪を守るように右手で隠した亜紀がそう呟いている。だが、彼女が『惟』と呼んだことが千影の逆鱗に触れたことは間違いない。一気に彼女の表情が険しくなったかと思うと、グイッと亜紀の左手を狙って手を伸ばしてくる。




「聞き分けのない子って嫌われるのよ。これはあなたみたいな子供がつけていいものじゃないの。それくらい価値があるものだってこと分からないの?」



「これがどれくらいの価値があるものかってこと、私にだって分かっています。でも、これは外しません。約束したもの。学校以外ではちゃんとつけるって約束したもの!」




亜紀の叫び声が静かなラ・メールの店内に響いている。その声に、その場にいた人々の視線が一気にカウンターに集まってくる。だが、そんなことも千影には関係ない。彼女はギリッと唇を噛みしめると、亜紀のはめている指輪を奪おうとする。




「あなたなんかに相応しくないの。どうやって、惟様をたぶらかしたのよ。あの人が、あなたみたいな子供を相手にするはずないでしょう。そんなことも分からないの?」




今の千影は半ばヒステリーの発作を起こしているのだろう。自分の思っていることだけを必死になってぶつけている。そんな彼女に由紀子がのんびりとした口調で言葉をぶつけていた。




「おばさん、勘違いしてる。亜紀の首筋みてごらんなさいな。あんなに沢山、キスマークついてるのよ。おばさんなら大人だし、あのマークの意味、分かるわよね?」




その声に千影はキッと亜紀の顔を睨みつけている。その視線が彼女の首筋に向けられているのは間違いない。そして、そこにある痕は一つや二つではない。そのことに気がついた彼女は、怒り狂った表情で、亜紀の洋服に手をかけようとしていた。その手がガシッと止められている。




「竹原さん……」

「何するのよ!」

「お嬢様、お怪我はございませんか?」




今の状況が理解できない亜紀は呆然としている。一方、しっかりと手首を掴まれている千影は狂ったように叫ぶだけ。そして、その彼女を背後から拘束しているともいえる雅弥。


そのまま彼は反転しながら亜紀をかばうようにして立つと、千影の手首にグッと力を入れている。そのことに思わず苦痛の声をもらし、顔をゆがめる千影。しかし、雅弥の力が緩むことはない。彼は冷たい声で千影に対峙している。


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