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〔2〕

そんな中、開店前の準備に追われていた店内から、奥の事務室に飛び込んだ千影。その場で彼女は声を押し殺して泣くことしかできなかった。




「どうして……どうして、あんな子供が惟様の隣にいるの?」




嗚咽の間に漏れるのはそんな言葉だけ。今の彼女は、先ほど目にした週刊誌の写真だけが頭から離れない。これは信じたくない。否定したい。そんな思いだけが彼女の中には膨れ上がる。しかし、そうすることができないということも、彼女は頭のどこかで理解している。


先ほどの週刊誌を彩っていた男女。その男性側である惟に、彼女は激しい恋愛感情を抱いている。しかし、何度かそれらしいことを口にはしたが、その度に上手くかわされてきたのだ。


もっとも、それは彼なりの照れ隠し。惟にすれば、女である自分からの言葉であるということで抵抗があるのだ。いずれ、彼の口から同じ言葉を言ってくれる。


そんな確信が彼女の中にあった。それだけ、彼女は彼に信頼され信用されているという自信がある。そして、そのことは同じブランドで働く部下たちも認めていること。


そんな中、ブランドのメインデザイナーであり、彼の親友でもあるアンジーが一枚のドレスを仕上げていた。他のスタッフの手を通さず、最初から仕上げまでの全てをアンジー自身が行っている。ということは、このドレスは特別なものだ。そのことは誰の目にもハッキリと分かる。


だからこそ、スタッフの中で、これが誰の手に渡るのか、ということが取り沙汰されていたのだ。そんな中、千影はこのドレスを自分のものにする。そんな思いを抱いていた。


なんといっても、それは今までのファエロアのテイストとは微妙に違う。どちらかというと、大人の女性を意識したもの。となると、年齢的にも自分が相応しいのではないか。



ようやく、想いが叶う。今まで惟に対して抱いていた愛情を隠す必要がなくなる。



そんなことを思っていた彼女は、期待に満ちてその日を待っていた。なにしろ、先日までトルソーにかけてあったドレスがなくなっている。それは、依頼主の元に届けられたということを示している。では、いつ自分の元に届くのか。


そんなことを楽しみにしていた千影の目に飛び込んできた週刊誌。その誌面と表紙を飾っているカップルの姿。少々、年の差を感じさせる二人だが、間違いなく美男美女のカップル。


だが、その男性の顔と女性が纏っているドレス。それらに気がついた千影は、息をすることも忘れるくらいの衝撃に襲われたのだ。



どうして、惟が自分以外の女性と並んでいるのか?



どうして、その相手が彼女のものになるはずのドレスを纏っている?



写真を目にした時の千影の思いはそれしかない。そして、それ以上の衝撃が彼女を待っていた。

それは、写真に写っている女性の左手薬指。そこに輝いているのは、ダイヤの指輪。


それが婚約指輪であることは間違いない。ましてや記事の中では『熱愛発覚』・『婚約者は一條家のご令嬢』という言葉が躍っている。


この事実は受け入れることができない。だが、ここまで大々的にニュースになっていることが偽りであるとは思えない。なにしろ、相手は『一條』なのだから。


千影にしても一條コーポレーションという企業の名は耳にしたことがある。というより、ファエロアの入っているファッションビルのオーナー企業でもある。そこの令嬢とファエロアの代表である惟との婚約は年の差という障害はあったとしても、あり得ない話ではない。


しかし、そのことを千影は認められない。いや、認めたくない。それをすると、彼女のこれまでの想いの全てを否定してしまうことになるから。


だからこそ、彼女は相手が高校生ではないかとアンジーに食ってかかった。しかし、そんな彼女の抗議は見事に打ち破られている。


それどころか、彼はその女子高生のことを『自分のミューズ』とまで言ったのだ。この言葉の意味を理解した時、千影は何があっても勝てないのだ、ということを思い知らされた。だが、それでも諦めることができるはずもない。




「どうして……どうしてあんな子供が……どうして、私じゃないの? 私の方が絶対に相応しいのに……あんな子供よりも私の方が彼のこと愛しているのに……」




もう店の開店時間は過ぎている。本来ならば、フロアに出て接客しなければならないことは分かっている。


だが、今の状態でそれができるはずもない。そして、スタッフも事務室から漂う気配に何かを感じたのだろう。千影を呼びにくるということもしてこない。


そのことに半ば安心したように、彼女は声を殺して泣き続けることしかしていないのだった。




◇◆◇◆◇




「1週間遅くなったけど、誕生日おめでとう!」



「ありがとう、由紀子。先週は急にキャンセルしてゴメンね。ちょっと、事情があって……」




そう告げる亜紀の顔が赤くなっている。そんな友人の顔を横目で見ている由紀子。その彼女は、これだけは先に言っておこうというように、口を開いていた。




「それはそうと、マジで婚約したんだ。ビックリしたわ」



「う、うん……やっぱり、驚いた? 私もまさかあの場で発表するって思ってなくって……司会の人に突然言われた時は、どうしようって思っちゃった」



「そうよね~。で、そのショックで私とのデート、ドタキャンしたわけ?」




そう訊ねられたとたん、亜紀の顔がますます赤くなる。それと同時に酸欠状態の金魚のように口をパクパクさせる。それを見たとたん、由紀子の目が三日月のように細くなり、口角が半円に上がる。


それは彼女がこの事態を楽しんでいる証拠。そのままの顔で、由紀子は亜紀にグイッと体を近づけている。




「何かいいことあったのね。ほら、報告しなさい。婚約しただけじゃなくて、食べられちゃったのかしら?」




由紀子の言葉は亜紀にとって、不意打ちとしかいいようがない。たしかに、彼女がいうような事態になったことは間違いない。だが、そのことを口にするのは気恥ずかしい。そう思って俯く亜紀に、友人の容赦のない追及の手が迫ってくる。




「ねえ、亜紀。約束したわよね。あんたのこと溺愛している惟さんと何があったのか、逐一報告するって。そのこと、もう忘れちゃったの?」



「そ、そんなことない……で、でも、恥ずかしいんだもん!」




そう叫ぶ亜紀の顔は、火を吹いたようになっている。しかし、それも仕方がない。なにしろ、惟と体を重ねたのは誕生日の夜だけではないからだ。


彼と離れたくないという思いに駆られた彼女は、次の日の夜も彼の誘いを断れなかったのだ。由紀子との約束をキャンセルしたのは、そのせいもある。


二晩続けて過ごした甘い夜。日曜日に由紀子と約束していることを知っていたはずなのに、なかなかベッドから出してもらえない。ようやく彼の腕から解放されたのが、日曜日のお昼前。


それだけ長い時間かけてつけられた赤い痕は、彼女の全身にある。おまけに、どう足掻いても隠すことのできない位置につけられたものも多数。こんな状態で由紀子と会えば、どれだけ妄想のオカズにされるか分かったものではない。


それだけではない。プロポーズと初体験、パーティーでの緊張感。そんな様々なことで疲労困憊していたのだ。


こんな状態で会っても楽しめるはずがない。そう思った亜紀は由紀子に約束のキャンセルをするということを選ぶことしかできない。当然、そのことで追及をうけるのは分かっている。しかし、先週の状態で会うということの方が危険。


◆読んでいただいてありがとうございます!




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