〔4〕
「惟さん、これって?」
結局、亜紀は同じことを惟に問いかけることしかできない。そんな彼女に柔らかな笑みを向けた彼は、真剣な表情で語りかけていた。
「亜紀、初めて会った時にこれを言ったら断られたよね。でも、今度は別の答えを期待してもいいかな?」
「な、なんでしょう?」
惟の言いたいことが分かったような、分からないような状態。それでも、今の雰囲気から何が言いたいのかは分かるのだろう。少しずつ頬の色が紅潮してくる。そんな彼女に惟はこれ以上のものはない、というほど甘い声で囁きかけていた。
「亜紀、僕と結婚してください」
その声に思わず亜紀は俯いてしまっている。その顔が火のように熱くなっていることが彼女にはハッキリと分かっている。こんな顔を見られたくない。そう思って俯いたままの彼女に、彼の甘い声が途切れることなくかけられる。
「亜紀、返事はくれないの? 黙っていたら分からないよ」
「わ、私……惟さんよりずっと年下です。まだまだ子供です。それでも、いいんですか?」
今の亜紀はそう応えることしかできない。惟のことを好きなのは間違いない。だが、そのたびに考えるのが彼との年の差。
たしかに、彼は亜紀のことを好きだと言ってくれた。彼女が両親と死に別れたその時に救ってくれた。だが、だからといって結婚という言葉で縛ってもいいのだろうか。
そんな思いが彼女の中にあるのも事実。そして、その思いがあるからだろう。彼女は素直に惟の言葉に頷くことができない。そんな彼女に彼の甘い言葉が続いていく。
「前にも言ったよね? 僕は亜紀だから結婚したいって思っている。あの時、一目で好きになった君を二度と離したくない。それとも、あーちゃんは僕のこと嫌いになった?」
「そ、そんなこと、ないです……でも、私……」
「うん。亜紀がまだ高校生だってこと分かっているよ。だから、今すぐ結婚しようなんて思わない。そりゃ、本音は今すぐにでも結婚したい。君が欲しい。でも、それは無理だろう? だから、亜紀が高校を卒業してからでいい。その約束だけでもしてもらえないの?」
「惟さん……私……」
惟が囁きかける声は限りなく甘い。それを耳にした亜紀が抵抗できるはずもない。なにしろ、今の彼女は間違いなく彼のことを好きなのだと意識している。そして、今のこのシチュエーションにドキドキしないはずもない。
そんな中、じっとみつめてくる惟の視線を感じる。返事をしなければいけないのは分かっているが、みつめられていることに対する羞恥心も間違いなくある。今の彼女はどうすればいいのか分からない状態で、耳まで真っ赤になってしまっている。
そんな彼女に、彼は優しく『返事は?』と問いかけてくる。この声に抵抗できるはずがない。そう思った亜紀は真っ赤になったまま、小刻みに体を震わせると『はい』と応えるだけ。
「よかった……今回も亜紀に振られたらどうしようと思ってた。承知してくれてありがとう」
亜紀の返事の声は微かなものだったはず。それでも、間違いなく惟の耳はそれを拾っている。そのまま彼女にかけられる優しい声。今の彼女の耳に響くのは甘いテノール。その声に酔ったように顔を上げる亜紀。その潤んだ目が惟をみつめている。
「ほんとに? ほんとに、私でいいの?」
亜紀の口から漏れるのは、不安気な声でしかない。そんな彼女の思いを吹き飛ばすように隣に座り直した惟は、彼女の小さい手に指輪をはめている。
「亜紀じゃないとダメ。君以外はいらない。だから、これはちゃんとはめていて」
「これって、ピンクダイヤでしょう? こんな高価なものもらえない」
「あのね。これって婚約指輪だよ? だったら、これくらい当然。でも、僕にすれば、これでも足りないと思ってる。これくらいのもので、君を僕のものだって言えるのなら安いものだよ」
蕩けそうな甘い言葉と一緒に、左手の薬指に感じる重量感。その重みが、彼女にこれが現実なのだということをハッキリと伝えていく。そんな彼女に囁きかけられる声。
「よく似合ってる。それにサイズもちょうどだね。これは外さないでよ。もちろん、学校の時はそんなこと言わない。でも、それ以外の時はずっとつけていて」
「惟さん……」
「そんな顔しない。これは君のものなんだよ。明日はこれに合う結婚指輪、買いに行こうね」
柔らかい声が亜紀の耳を揺さぶっていく。そこに含まれる甘い響きは間違いなく彼女の思考回路を蕩かしていく。アルコールを飲んでいないはずなのに酔ったような表情になっている亜紀。そんな彼女を惟は愛おしげな目でみつめている。
「ねえ、亜紀。その顔って誘ってるの? そんな顔されて、僕が我慢できると思ってる? うん、もう十分に我慢したよね。だったら、これ以上はしなくてもいいかな?」
「惟さん……」
「ダメ。惟。これからはそう呼んで。だって、僕たちは婚約者同士でしょう? 敬語は必要な部分あるけど、二人でいる時までは必要ないよ。そうでしょう? そのこと、ちゃんと分かってよね」
その声が聞こえると同時に、亜紀の口に触れるだけの優しいキスが落とされる。突然のことに、ビックリした顔をする彼女に何度もそれが繰り返される。
羽根で触れるような優しい感触の合間に囁かれる『愛している』という言葉。それが引き金になったかのように彼女の口から漏れる『惟……』と呼ぶ声。それを耳にしたとたん、惟は亜紀の体をしっかりと抱きしめていた。それと一緒に囁かれるのは限りなく甘い声。
「亜紀、ありがとう。君にそうやって名前を呼んでもらえるのがどれほど嬉しいか分かる? 僕、このまま死んでしまってもいいくらいだよ」
「惟……それって、大袈裟……」
「そんなことない。それくらい、僕にとって大事なことだってこと。亜紀、愛してる。君だけ。君以外の女なんていらない」
そう言いながら彼女を抱きしめる惟の力が強くなっていく。息もできないのではないかと思うくらいに強く抱きすくめられていることに、思わず亜紀が抵抗する。しかし、それすら許さないような強い力で彼は彼女の細い体を離そうとはしない。
「愛している。誰よりも君のこと愛している。君もちゃんと答えをくれたんだ。今日はこのまま別れるなんてことしたくない」
抱きしめてくる力の強さは、彼の感情を表しているのだろう。思ってもいなかったほど強い情熱をぶつけられることで、亜紀は頭がクラクラするような感じになっていく。そして、それに追い打ちをかけるかのように甘い囁きが聞こえてくる。
「今日は帰したくない。ううん、帰さない。ね、いいだろう?」
囁かれる甘い声にはどこか毒も混じっているように感じる。この毒に飲まれてしまったらどうなるのだろう。そんな思いがする亜紀は、必死になって首を横に振る。そんな彼女の抵抗を崩すようにキスの雨が降り注がれる。
「そんなこと言わない。今夜はこのまま一緒にいて。君が16歳になるまで我慢してたんだよ。僕にご褒美ちょうだい。亜紀のこと、大人にさせて」
囁かれる言葉の意味が分かったのだろう。亜紀の顔がカッと赤くなり、体中が熱くなるのを感じている。それでも、ここで頷いたらどうなってしまうのかは分かっているのだろう。何とかして逃げようと必死になって言葉を探している。
「で、でも……私……外泊、できない……」
「そんなこと気にしない。ちゃんと慎一さんには話してあるから。明日の夕方、ここで開かれるパーティーに間に合うように来ればいいって。そう言ってくれたよ」
亜紀が逃げ道を見つけて言葉を口にしても、惟はそれを容赦なく遮っていく。この調子では逃げ切ることはできないのではないだろうか。そんな思いが亜紀の中では大きくなっていく。
そんな中、絶え間なく降り注がれる『愛している』という言葉。その言葉が放つ甘い毒に囚われてしまったのだろうか。いつの間にか亜紀の首が微かに頷いている。
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